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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

3-23 決めました……が


 ――が、魔王はびくともしなかった。
「知ってる。今更なんだ?」

「い、いまさらって、そりゃ……」
「お前が、俺を好きでないと言い、それを通せるだけの力を持っているから、俺は真面目に口説いているんだろうが。今更なんだ?」
 魔王から見れば、本当にいまさらである。

 面倒な女に惚れたもんだと思いつつも、せっせせっせと口説いている最中に、その当の女が宣言したところで……そんなもの双方了解していただろうというものだ。
 直球勝負の魔族は言う。
「いま、お前は俺を好きでないんだろう。だが、ひと月後、半年後はわからん。ちがうか?」

「う……」
「そしてその変化は、魔王城で突っ立って待っていたところであるはずがない。だから俺様はここにこうしている。何かおかしな点はあるか?」
 少女はがっくり肩を落として、白旗を振るしかなかった。
「…………アリマセン」

 が、すぐに頭を上げた。
「でも! あなたが努力しても、私はあなたを好きになるとは限らないんだけど?」
「お前は、失敗するかもしれないから、畑に種をまかんのか?」
「……まくけど、でも、その……」

 彼女の、ほとんど確信に近い勘は、「彼」が、進んで彼女へ接触してくると言っている。宿る器は変わっているだろうが、彼女は一目で見破るだろう。
 そこから交渉のテーブルに着き、彼らが望むものを聞きだしてこちらとの妥協の接点を見出して……、最低限、それが済むまでは、冒険者を辞めるつもりはないのだ。

「……いつになったら気持ちに応えられるかもわからないし、私は人族だし、王妃としての公務をぜんぶ放棄となるといろいろ……」
「クーリース。うるさいぞ」
 耳の上に手が差し込まれ、反応する間もなく唇が塞がれていた。

 抵抗しないでいると、体を引き寄せられ、より深いものに変わる。
 ――こまったことに。
 本当に困ったことに。
 魔王にこうしてキスされるのが嫌ではないのが、本当に困る。

 こうして抱きしめられていると、奇妙な感慨をおぼえる。
 ああ、自分も、女だったんだなあと。

 広い胸板に包まれてすっぽりと抱きしめられ、求められると、いつも気を張っていた心のどこかが緩むのだ。
 ――結局、私も、女だったってことか。
 認識は、苦みを伴っていた。

 男なんかに負けないと強がって、実際にほとんどの男より遥かに強くなって、――でも、自分よりずっと強い男に守られることに、安らぎを感じるなんて。

 魔王の手が下にずれたところで、少女は待ったをかけた。
「……まった。だめ」

 体を離した魔王は渋い顔である。
「……お前、俺様に感謝しろよ。この状況でやめてと言われて止める男は超希少だぞ」

 少女は賢明にも、
「あー、その場合は、私、股間を握り潰したり、無抵抗のふりして舌噛み切ったりしてるわー」
 とは言わずに、

「うん……ありがとう……」
 と、言うにとどめた。

 世の中、言わなくていいことと、言わない方がいいことはいっぱいあるのである。


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Date:2015/11/28
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