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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

3-24 数か、質か


 サンローランの町から、炎神の御座までは、三つの国を越えていく。
 そしてその三つとも、人族の国である。
 地上を行くならばしばしば関門に引っ掛かり、通行税やら入城税やらを取られて難儀するが、空を行く者はそれら一切合財を無視して通過できる。

 遥か上空を飛ぶ絨毯は、街ゆく人の目にも入る――はずだが、入らなかった。
 魔王さまがあっさりと、隠蔽魔法と同種の魔法で、絨毯全体を覆ったのだ。
 常ならば見られても別にいいが、魔王と、その側近までもが同道しているのである。
 後ろ暗い連中はその関係を騒ぎたてるだろうし、詮索されても困ることがないとはいえ、詮索されること自体が不快である。

 途中で何度か飛行型の珍しい魔物は出たものの、こちらには魔王もいれば、魔術師二名もいるのである。サックリと秒殺し、順調に旅は続いていた。
 十日目。
 旅程の半分以上を消化したその日、空飛ぶ絨毯の上で、何やらマーラと魔王が議論していた。

「――しかし、数は確かに力ではあるが、そのぶん連携がネックになるのではいか? 足を引っ張られるだろう?」
「ですが、数は確かに力ですよ。数がある限り、無限の耐久力があるに等しいですからね。たとえば、私が死んでも同じ能力を持つ別の人間がいれば、代用がきくわけです」
「それでもだ。人は己ひとりのことしか基本的には把握できないものだろう? 上手く連携がとれなければ、数があってもお互いに邪魔をするばかりで、密集地帯に攻撃魔法の一発で薙ぎ倒されるんじゃないか?」
「何してるの?」
 少女が覗きこむ。

 二人は本格的に、紙をひろげて議論していた。その紙は、地図である。
「数が多い方が勝つか、少数精鋭が勝つか、ということで議論になってな」
 少女は顎に手を当てた。
「人数比は?」
「一対十だ」
「その一は、どれぐらいの強さで?」
「そうだな……魔族の貴族ぐらいにしておくか」
「十の方の種族は?」
「人族だ」
「全員が魔力なし? それとも魔法部隊はいる?」
「全員が魔力のない戦士で、強さは……そうだな、中堅クラスにしておくか」
「地形はこの地図で、地の利はお互いにあるという設定?」
「ああ。ただっ広い平原だ」
「天候は」
「晴天、ということにしておくか」
 少女はあっさり言った。
「数を生かせれば、数が勝つと思うわ」

 断言され、魔王の顔がしかめられた。
「……なんでだ?」
「地形の選定がまず駄目駄目よ。広い平原で取っ組み合いなんて、相手の土俵に引きずり込まれているわよ」
「だが、それはこっちだって同じだ。広範囲の攻撃魔法で一掃できるぞ」
 少女はかぶりをふる。
「相手が、馬鹿正直に、密集してくれればね。だから指揮官の質にもよるけど……、なんせ人数比が一対十でしょ? 私なら、包囲して殲滅するわ。広範囲の攻撃魔法はあっても、全方向に放てる攻撃魔法はない。あっても術者の周囲のほんの狭い範囲だけでしょ? 一方向の敵を全滅できても、残る方向の敵を防げない。そして、魔法の詠唱時間がネックになる。ゼロ距離まで近づかれたら、あなたみたいな規格外でなければ、接近戦と魔法を両立はできないわ。そして、接近戦では、断然、数が多い方が勝つわよ……。ひとりと剣戟やっている間に隣から槍で脾腹を串刺しにされればおしまいだもの」

 魔王は顎に手を当て、考え込んで、顔を上げた。
「――じゃ、お前なら逆にどう勝つ?」
「そもそも、最初の戦場設定が悪いわ。数を生かせる平原に引きこまれないことをまず考えるわね。魔族は単独行動が大好きな種族だけど――」
 と、そこで魔王をかるく見たが、これは少々偏見のある考えである。
 魔族は単独行動が好きな種族なのではない。
 団体行動すると、トラブルを起こす種族なのである。

「指揮官の権限で、五人一組を徹底させる。そして、役割分担を徹底させるわね」
「役割分担?」
 少女は自分たちのパーティを指差した。
「私たちが、どうして強いと思う? 自分の役割を心得ているからよ。私は、まかり間違っても回復魔法は使えない。攻撃魔法も使えない。マーラも、接近戦なんてもってのほか。ダルクもよ。パルは戦闘全般無理。
 私の役目はまず盾となって後衛を守ること。そして、二番目に敵に斬り込むことよ。同じように、誰が何をするという役割分担を徹底するの」

「……だが、お前たちは少人数で、しかも気心の知れている仲間だからこそ、連携がうまくいくのではないか?」
 少女は否定しなかった。
「その通り。実際、同種族での部隊編成がセオリーになっているのはそのせいよ。異種族混成すると、連携がうまくとれないから。ウチが上手く行っているのは、あくまで、少人数で、付き合いが長いせいね」

 念話も、同種族でないと通じないという巨大な欠点がある。アイコンタクトは論外。あれで意志が通じるのは、よほど気心の知れた相手だけである。
 それを思えば連携を取りやすい同種族で部隊を統一するという、教本通りの構成こそが強いことがわかる。セオリーとは、理由があるからセオリーなのだ。
 彼女たちは異種族の寄せ集めで長所を持ちより、強さを発揮しているが、それが成立するにはかなり厳しい条件を必要とするのである。

「あなたの言う事も一理ある。連携できない数は、数として機能しないわ。一か所にまとまっていると、致命的な一撃をくらった時に一気に全滅することもありえる」

 魔王には言わなかったが、たとえば、サンローランの町に住むエルフが全員一か所に集合したとき(そんな機会はめったにないが)、少女と同クラスの戦士を送りこめば、それでサンローランの町はおしまいだ。近接戦闘において、エルフは弱い。
 町の結界は崩壊し、無防備になった町の中で、住民は呆然と立ち尽くすことだろう。

「数は力だけど、数の力を生かすのは、条件を整える準備がいる。だから、逆に言えば、数の力を生かせなくする事前の駆け引きこそが、勝敗を決めるんだと思う」

 単純に、数を集めれば勝てるというものではない。
 事前の準備が、数を生かしも殺しもする。
 数が逆に邪魔になることもある。
 勝負は、戦いが始まる前に半分決まる、というのが彼女の信条だ。
 たとえば、先日ドラゴンと戦ったが、戦場の設定をあのドラゴンがちょっと考えれば、彼女に勝ち目などなかったのである。
 空を飛ぶ竜への有効な攻撃手段を彼女は持たないのだから。
 戦いは、始まる前に勝敗が決まっていると言ったのは昔の古豪だったか……そこまでは言わないまでも、少女も半分は決まってしまうと思っている。

 かつて、それが卓越していたからこそ、人族は魔族と戦えたのだ。他者と連携する技術において、人族は他種族の追随を許さない。……と、彼女は一人で勝手に思っている。

 その実例として、「冒険者ギルド」なるものは人族の国にしか存在しない。
 魔族にも冒険者はいるが、おのおの勝手に名乗っているだけである。
 冒険者ギルドとは手っ取り早く言えば「厄介事解決人派遣団体」で、色々な町にあり、その数は数百に及ぶ。
 これを、他人と協力して魔物などの厄介事を解決しようとする団体、と言いかえることもできる。
 そういう団体を人族以外作っていない現実、それを思えば、人族こそが最も他者と連携する技術に優れていると言ってもいいと思う。……まあ、自分の種族へのひいき目があるのは否定しないけれども。


 あくまでも移動中の暇つぶしとして始まった話だったが――冗談の気配のない真剣な顔で、魔王は考えこんだ。




これ、もちろんフィアルも聞いていて、猪武者だと思っていた彼女への評価を修正します。
また、この世界での冒険者ギルドは、要するに労働者派遣会社です。現実で派遣会社が数百あるように、こっちの世界でもいっぱいあります。

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Date:2015/11/29
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