3-25 勇者の恩寵
飛行中、マーラが体の不調を訴えたのでその日はすぐに町に下りて宿をとった。
寝台に伏せったマーラの隣で、少女は額に手を当てた。
「……熱があるわ。しばらくこの宿に泊まるから、ゆっくり休んで」
森の精霊族は繊弱で、繋がりを持った森から一歩出ると、こうして始終体調を悪くする。(そして、マーラは旅をする必要上、森と繋がりを持っていない)。
どの種族より高い魔力の、代償だった。
――彼女が看病に必要な道具一式を用意して部屋に戻ったときには、すでにすやすやと寝息をたてていた。
そして、何も気づかない彼女は、寝入ってしまった青年の隣に椅子を置き、その上に盥に入った看病道具を置く。
「コリュウ。薬草、買ってくるからマーラを見てて」
事前に荷物に入れたはずの薬草が、どういうわけか見つからないのだ。
小声で囁くと、コリュウも頷いた。
少女は足りない薬草を買い求めに静かに部屋を出た。
そして、少女は気がつかなかったが、当然のように魔王は気づいた。
「――フィアル」
「は。御前に」
「わかるか?」
忠実な側近に、魔王は短く囁く。
魔王に言われて、フィアルも気づいた。
「追えるか?」
「……今でしたら、かろうじて」
「なら、追え。クリスを誘導する必要はないが、排除する必要もない。ただし、危険が迫れば助けろ」
それは反駁を許さない、魔王の命だった。
「――御意。承りました」
忠実な側近が姿を消したあと、魔王は髪をかき上げて外を見た。
「……さて、何を考えているのやら……」
◆ ◆ ◆
少女が持っている傍迷惑なスキルの一つに、「勇者の恩寵」というものがある。
強運と凶運をいっぺんに引き寄せる厄介なものだが、その効能は折り紙つきである。
少女はマーラの看病に必要な薬を買ったらすぐに戻ろうと思っていたが、前方の雑踏に、ありうべからざる人影を「偶然」、見つけたのである。
距離があるが、彼女は視力も抜きん出ている。
――見間違い?
いや、ちがう!
少女は急いでその人影を追った。
――そもそも、頻繁に熱を出して倒れるマーラのために薬草一式は別袋にわかりやすくまとめられており、足りないなんてことがあるはずがない。
実際、戻ったのちに少女が探したところ、荷物の中から出てきた。「何かの拍子に」セットの中から転がり落ちて、荷物袋の奥にその薬草は入り込んでしまっていたのだろう。
「偶然」「たまたま」「なんとなく」。
勇者の恩寵は、それらを心強い味方に変える。絶大なるマイナスと表裏一体になったスキルである。
少女は雑踏をものともせず、水を泳ぐ魚のようにすいすいと距離を詰めていく。
目指す人影は雑踏を抜け、路地へとはいっていく。
まだ相当距離がある。自分があの曲がり角を曲がる前に、脇道へ入られたら最後だ。少女は足を回転させる速度を増した。
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