人気がなく、饐えた吐瀉物と汚物の匂いのする路地の奥で、二人の人間が対峙していた。
一人は長い黒髪で、一人は魔術師がよく着るようなローブで全身をすっぽり覆っている。
長髪の青年が言う。
「……まさか、生きていたとは思いませんでしたよ」
その呟きに、あははっと、ローブを着た人物が笑う。
「あの状態で生きてるわけないでしょ? 馬っ鹿じゃない?」
「え……」
「し、ん、だ、の。ぼくは。かんっぜんに、完璧に、死んだの。だいたいさあ、ドラゴンに首を食いちぎられて、胴体と頭が生き別れになって生きてる人間がいるわけないってわかんない? ああわかんないよね、馬鹿だもん」
長髪の青年は一歩後ずさった。
「じゃ、じゃあ、あ、あなた、は……」
「頭と体は離ればなれになったけど、脳味噌は無傷だったじゃん、ぼく。
死霊使い ( ネクロマンサー ) がぼくを拾って、実験台に使ってくれたんだよねー」
――もちろん、それは死者の復活などではない。
生前の人格は歪む。
意識も怪しいものだ。普通は単なる肉人形になってしまう。しかし、稀に、生前の記憶と、意識を持ったまま復活することがある。だが……それはしょせん、単に死者の肉体に加えられた暴虐にすぎない。
死という人生における最大の衝撃によって歪み、砕かれた意識は、強い願望しかとどめない。生前そのままの人格など望むべくもないそれは、死者への冒涜でしかなかった。
――すでに死者の国に旅立った故人の人格の残骸。
そうとしか形容しえないのが、死霊魔術で生き返った生ける死体だ。
……なのに、この魔法には、極めて高い利用価値があった。
それは、「死人に口なし」が通らないことだ。
もちろん、ただの肉人形として生き返る可能性の方が遥かに高いが、稀に生前の記憶をとどめて生き返ることがある。これには、生前の魔力、術者の技量との相関関係が認められている。
よりレベルの高い死霊術師が、優秀だった魔術師に術をかけるほど、成功率は高くなる。
そして、生き返った死体は、術者に忠誠を誓い、生前の残った知識を問われるままに滔々と話すのである。
この魔法が、知識欲のかたまりである魔術師にどれほどに重宝されたか、言うまでもない。
相手が生きる死体というのなら、殺してやるのが最大の供養というものだ。
その意志も、力もある。
しかし、長髪の青年は聞かねばならない事があった。
「あなたが、ここにいるということは……」
「もっちろん、ぼくの主はぼくのことをなーんでもよく知っているよー。きみがしたことも、なんでもね」
一気に血の気が引くのを、彼――マーラは感じた。
今頃宿の一室で伏せっているはずの彼がここにいることには、むろん彼の作為がある。
魔法でそっくりな身代わりを作って寝台に寝かせば、魔法関係の欺瞞に弱い少女は滅多なことでは気づかない。
そんな彼に、屍人形は指を指してけたけたと笑う。
「ばかだー、ばかだー、ほんとばかだー。かーわいそうに、勇者さんも、こんな馬鹿をパーティに引き入れたばっかりに、尻尾をつかまえられて、一緒に地獄へ引きずり込まれる。
あはははは! ばっかだよねえ! こんなの仲間にしなければよかったのに。きみの馬鹿の代償を仲間もみーんな責任をとらされる。ばーか!」
……一生分の「馬鹿」を聞いた気がするマーラである。
最初はかちんときたが、ここまで連呼されるといっそ何も感じない。
……それに、ここにいるのは命のない屍だ。生前、覚えている彼は、もっと理性の抑制のきいた、バランスのいい人格の持ち主だった……マーラより、よほど。
マーラを心底憎悪し、軽蔑の眼差しで見ていた、その視線をはっきり覚えている。
ひとことも言葉を交わすことなく、一瞥して終わりだった。
もうずっと昔、マーラが見殺しにした半精霊族の子どもだった青年は、その眼差し一つでマーラに刻印したのだ。これはお前の受けるべき当然の罰だ、と。
「あなたの主は、誰です?」
「教えるわけないじゃん。だいたい教わってどうするのさ。もう遅いよ」
マーラははっとして周囲を見た。が、周囲に気配はない。……マーラごときに気配を察知されるような、そんな未熟者を揃えはしなかった、そういうことだ。
「のっこのっこ付いてきて……ばかだよねえ。せめてドラゴンの一匹でもつれてくればよかったのに」
完全な魔術師系で、虚弱なマーラは、宝珠などの詠唱不要の護身用のアイテムを駆使すれば五人ぐらいは何とかなるだろう。だがそれ以上は……呪文を唱える間に殺される。
「……私が死んでも、すぐにかわりのエルフがパーティに入るだけですよ」
屍は、天を仰いで大笑した。
「あはははは! 殺してくれるなんておもってるんだ! さすが馬鹿!」
感情のタガが外れているのだろう。大笑いし通しだ。
――死人返りは、生前の人格の残骸。
決して故人本人ではない。単なる、肉体だけおなじ化け物に過ぎないのだ。
判っていても、落差が、重い。
「俺が知ってたことはゼーンブ、我が主の知ることだよ。もちろん、あんたらの結界の弱点も、あんたの犯罪もな」
「……」
「安心してくれって、ここであんたを殺すつもりなんてない。生きててくれないと、困るもんな? あんたの言葉なら、あのリーダーさんはよく聞くんだろ?」
言っている事を理解して――激甚な反発が胸の中を荒れ狂った。
彼女は甘い。とても甘い。とてもとても優しいから、敵に囚われたマーラを計算高く見捨てることなんてできない。
論理も計算もくそくらえとして、ひたすらに彼を奪還することを最優先とするだろう。
ここの状況は、念話で、逐一、サンローランの町で待つ仲間に伝えている。魔王もちょうどいる。彼らが、最善の行動をとるよう少女を説得してくれることを、祈る。
「やっだなー。だから一人勝手に話をすすめんなって。人質なんか、しないさあー。だって、あんたは、俺たちのオトモダチ、になってくれるもんな?」
「……――!」
今度こそ、何を要求されているのか理解した。
彼らは、マーラに……
「あんたの弱みは俺のマスターが握っているよ。だからさからえないよね?」
――死人返りで蘇るのは生きた死体。生前の人格の残骸。
それはよく、わかっていたはずなのに……それがこうまで胸に染みたことはなかった。
憎しみと、軽蔑。
生前マーラに対して向けられたのは、その二種の感情だけだった。
次に見たとき、彼は死んでいて、そしてそれが、彼に会った、最後だった。――こんな木偶人形は、彼ではない。
「……わたしを、間者として使うつもりですか?」
「そーそーそのカンジャ。ダイジョーブ、無理なことはさせないってば。ちょっと連絡した時に、ちょっと教えてくれるだけでいいんだよ」
拒絶の言葉を言い放とうとした瞬間に、舌が縫い止められた。
「だって、あんた、あの勇者さんに知られたくねーんだよな?」
「…………」
マーラは、下げた拳を握った。
いま、ここで、この死人返りを倒すのはたやすい。
けれど、周囲に手勢を伏せているという言葉が本当なら、その後殺されるだろう。
何より、この死人返りの主が、生きている。代わりに、恐喝してくるだろう。
――つまり、ここでこの生ける屍を火葬にしても、何の解決にもならない。主の名を聞きだし、始末しなくては。
「知られたくないよね? あの勇者さんに軽蔑されたくないよね? じゃあ――言う事聞くしかないよねえ!」
死人返りの顔が近づいて囁く。
ふわりと、腐った肉の匂いがかすかに鼻をかすめた。
かなり腕のいい死霊術師らしい。この距離に近づかれるまで、腐臭に気づかない。かなり知能も高いし、これなら人間と偽って混ざって暮らせるかもしれない……。
絶望に満たされた心で逃避のようにそんなことを考えた時だった。
突然、死人返りが飛び退った。
「――あら。死人返りのくせに今のをよけるなんて、なかなか性能いいじゃない」
そう言ってマーラを庇うように前に出たのは、絶対にこの場には来てほしくない人物だった。
「な……なんで……」
少女は答えず、手にした剣を握り直した。ちゃり、と鍔が鳴る。
「なんで、あなたが、ここに――」
今度も、少女はその質問を黙殺した。
「世も末ね。大手を振って、魔物が町中に入ってくるなんて」
死人返りは、要はゾンビだ。魔物の一種とみなされるのである。
彼女のさっきの一撃はかわされていなければ即死だった。
相手がナマモノなら、少女はとりあえず打撲か骨折程度でとどめておいて、事情を聞いただろう。
殺しても構わない相手だから、即死の一撃を見舞ったのである。
「……いいのかな? ぼくにそんなこと言って! ぼくは魔物じゃない。人なんだ! 人と変わらないんだ! もう変わらないんだ!」
その叫びに、少女はぎょっとしたようだった。
「……侮辱されたってわかるほどの知能があるの……?」
稀にできる「生前の記憶を持った死人返り」のなかでも、こうまで知能が高い者は、稀だ。
マーラは早口で言う。
「素体の質が良かったことと、死霊術師の腕が良かったことが複合的に重なったんでしょう」
「そうだ! ぼくは生きてる! 生きているんだ! ゾンビなんかじゃない! 魔物なんかじゃない!」
少女の瞳に――消しきれない憐憫がよぎった。
静かに、たずねる。
「……じゃあ、あなたの主は誰? あなたが人として生きていくために、その人は邪魔にしかならないわ。代わりに私が始末してあげる。さあ、言って」
死人返りは凍りつく。
できそこないの人形のように、全身の動きを一度に止めたのだ。
……そうすると、そこにいるその生き物は、醜悪な死人返り以外の何物にも見えなかった。
「人が人であるのは、心という領土を持つからよ。どれほど暴虐な主に対しても、心という領土だけは持てるから、人は人となりえるの」
少女の、澄んだ声が響いた。宣告のように、慈愛のように。
「あなたは人間じゃない。単なる道具だわ」
死人返りは、死霊術師に、決して逆らえない。心の自由すらもないのだ。心が、あれば、の話だが。
すっと、腕が上がる。
明瞭な殺意がそこにあった。
それを感じ取り、死人返りがわめく。
「待てよ! ぼくを殺したらどうなるのかわかっているのか! マーラ! 止めろよ! 止めろ!」
「く、クリス。待って下さい」
その言葉を受けて、思わずマーラは後ろから少女にすがる。
「す、すぐに殺してしまうのはまずいです。なんとか、主人の名前を聞かないと……」
マーラとしては、彼女にだけは知られたくないのだ。そういう秘密を、握られているのだ。彼女の目の前でばらされたらと思うと、庇わざるをえない。
彼女は、「子ども殺し」を最も軽蔑し、嫌っている。かつて、子どもを手にかけた人間に向けた冷たい目は、関係のないマーラでさえ背筋が凍るほどだった。
マーラがやったことは、それと同じだ。自分の手を汚したか、どうかの違いしかない。何の罪もない、可哀想な子どもを集団でいじめ抜き、死ぬに決まっている場所に追い出したのだから。マーラも、「子ども殺し」だった。
……それを知ったら、あの、どこまでも冷えた軽蔑のまなざしが、今度はマーラに向けられるだろう。それだけは耐えられない。
――そう思う彼は、クリス・エンブレードという少女を、知ってはいたが、理解していなかった。
「そ、そうだ! ぼ、ぼくを殺してみろ! 僕の主人がぜんぶばらすぞ! おお、おまえの名声なんて、地に落ちるぞ!」
マーラは、胸をわしづかみにされる思いだった。そう――上がれば上がるほど、地べたに叩き落としたいと思う人間の数も増える。
彼のやったことが、パーティ全体に跳ねかえってしまう。
「い、いいのか。そこのそいつがやったことが、明るみにでるぞ。ほんとにいいのか」
少女は、少し前から会話を聞いていた。
そうでなくても、青ざめて俯くマーラの顔を見れば、彼がこの死人返りに、致命的な弱みをつかまれているのだということはわかる。
そして、恐らくは、道理で言えばこの死人返りの方が正しいのだろうことも。
冤罪ならばいい。だが、おそらくは違う。冤罪ならば、心を強くして、マーラは主張するはずだ。そして、他の誰が信じずとも、少女がそれを信じないはずがない。
冤罪ではなく、ほんとうだから、マーラはそれを……自らの正義を強く主張することを、できないのだ。
恐らく――全ての事情をつまびらかにすれば、マーラの方を人は責めるだろう。マーラの方に非があり、罪がある、そういう弱みだろう。
いつも的確な助言をしてくれた穏やかで芯の強いこのエルフが、子兎のように震えている。
――その顔を見た瞬間、彼女は己の立ち位置を決めた。
少女は心底、この場に居合わせたことを感謝した。傍迷惑なスキルだが、今回はなかなかいい仕事をしてくれた。
彼女は、顔も上げられずにいるマーラを見て、正面に目を戻す。
そして言った。
「それが何」
意志を固めて、鉄と化したような声だった。
マーラは、あっけにとられて、彼をかばって前にいる少女の横顔を眺めた。
死人返りの青年も、これは予想外だったのか、動きを止めた。
――ずっと昔、彼女がただの村娘だった頃。
彼女は目の前で大切なものを奪われるのをただ見ているしかない小娘だった。
けれど、いまはちがう。彼女は力をつけた。
そして、力は、何のためにある?
――大切な人を守るためにあるのだ。
毅然とした表情で、少女は言い放った。
「マーラは家族よ。生死をともにした、大事な仲間だわ。私は、何があってもマーラの味方をする。あなたが、どんな弱みを握っているかは知らないけれど――この私が、全力で、握りつぶしてみせるわよ」
あろうことか、彼女は、堂々と、不法行為の宣言をしたのである。
少女は、嫣然と微笑む。
「わたしは『大地の勇者』。各国の王族とも親交のある、最高位の冒険者。私を慕う人間は多く、その人脈は、深く、広い。……さあて、あなたの御主人と、私の主張と、どちらを人は信用するかしらね?」
少女は、各国の王族に山ほど貸しを作っている。
いざとなれば、その貸しを一斉に返済してもらう。
この世界でも、権力者の力は絶大である。罪を握りつぶすことなど、造作もないのだ。
彼女は人助けをする中で、いろいろな人間に貸しを作ってきた。その有形無形の積み上げてきた貯金をすべてはたいてもいい。作り上げてきた人脈すべてを使おう。必要とあらば頭を地面にこすりつけて頼むことも厭うまい。破産したとしても構うものか。
自分は、全力でマーラを守る。
そういう己の行為が「正義」と言われるものから逸脱している事は承知していたが、だからなんだというのだろう。
元々、彼女は、自分のやりたいようにやったら勇者の称号を貰ったに過ぎない。正義の化身でも、なんでもないのである。
そして、彼女にとって、たいせつな家族であり仲間であるマーラを助ける以上に大事なことなど、ない。
不法行為? 結構。
不正行為? 同感だ。
横暴な権力者が罪を隠蔽するのと同じ? まったくそのとおり。
自分の行為の違法性は承知していたが、マーラを見捨てる気は、彼女にはなかった。
大事な人を守れない力に、意味などない。
そして――勇者にあるまじき、あまりの言葉に、エルフの青年は唖然としていた。
マーラは知らなかった。
彼女は馬鹿なのではない。大馬鹿なのである。
マーラは知らなかった。
彼女は正義感に満ち溢れた正義の人間ではない。自分のやりたいようにやっていたら、結果として勇者と呼ばれるようになったにすぎないのである。
マーラは、知らなかった。
少女にとって、自分がどれほど大事な存在か、知らなかったのである。
エルフ族は他にもたくさんいる。彼女の求めになら、応じる仲間はいくらでもいるだろう。マーラが死んでも、代わりはいる。
そう彼は思っていたが、とんでもない思い違いである。
彼は、いくらでも代替えのきくエルフのひとり、などではない。もし誰かがそう言ったら、少女はその場でブチ切れるだろう。
彼女は、この先何が起こっても、コリュウとマーラだけは自分の味方をしてくれると確信している。だから、彼女も、どれほど不利益をこうむろうと、ふたりを決して見捨てない。どんな手を使ってでも、守る。そう決めている大馬鹿なのだった。
少女は、死人返りに剣を向ける。
「――マーラ。あの死人返りを捕まえるわ。解呪して、主人の名前を聞き出すことはできる?」
「……できません。解呪した瞬間に、死体に戻るだけです……」
「じゃあ、聞き出すのは諦めるわ」
――その意味は、明確だった。
マーラは顔を背ける。これは『彼』の残骸だとは分かっていても、二度も、彼の死を、見たくはなかった。
……そして、マーラのその態度を、少女は肌で感じていた。
柄にもなく声をかけたのは、そのせいだろう。恐らく、彼は、マーラにとって大事な人間だったのだろうから……。
「死人返りは……痛みを感じないんだっけ。それでも、なぶられるより一撃で終わった方がいいでしょう? 一瞬で終わりにしてあげる。すぐに終わるわ」
死人使いが焦ったように目線を巡らせる。
「逃げようとしても、無駄よ」
冷徹に、彼女は告げた。
「増援も、無駄。全員潰したわ」
マーラの姿を雑踏で見かけながら、すぐに介入しなかったのは、それが原因だった。
マーラと死人返りの周りを囲んでいる人間たちに気づいて、全員叩きのめしたのだ。
近接戦闘で彼女と戦える人間など、滅多にいない。殲滅するのに大した時間はかからなかった。
……少し、胸が痛むのは、きっと彼がマーラにとって大事な人だからだ。
マーラの心中を想像すると、胸が痛む。彼女だって、マーラが同じように死人返りになって戻ってきたら、容赦なく処断できるかどうか。
――そして、だからこそ、この役目は、彼女がしなければならない。
この死人返りに思い入れのない自分が。
「ちょ、ちょとまって! いいのかい、ぼくが死んだらあんたの仲間の罪が……!」
「聞き分けの悪いひとね」
彼女はその唇に、うっすらと微笑みすら浮かべていた。凄味のある微笑は、平素の彼女しか知らない人間が見れば驚くだろう。――これもまた、彼女だった。
「どんな罪が明るみになっても、私は彼を助ける。あなたのご主人様の告発こそが嘘で、でっちあげの冤罪だと、主張する。私の人脈と権力のすべてを使って、握りつぶし、もみ消してあげると言っているの。……あなたのご主人様が誰だか知らないけれど、どちらを人が信じるかしらね?」
彼女を信じる人間と、信じない人間、真っ二つに分かれるだろう。いやまあ今回は、信じない人間の方が正しいのだが。
そして、彼女としては、真っ二つになればそれで十分である。
もともと、彼女には名声に比例して誹謗中傷する声も多いのだ。極論してしまえば、そうした悪評が一つ、加わるだけだ。
「死人返りの耳目は、主人と繋がっているのでしょう? あなたの御主人に伝えておきなさい。何をあなたから聞き出したかは知らないけれど、マーラに対する攻撃は、この『
大地の勇者 ( わたし ) 』を全面的に敵に回す行為とみなすと。メリットと、デメリットを、よーく計算したうえで行動しなさいと」
告発したら最後、全面的に彼女を敵に回すことになる。
大地の勇者の情報網は、広い。
彼女は、死霊術師の住居をさぐりあて、殲滅するだろう。
ある日突然住まいに彼女が訪ねてきて一瞬で切り殺される、そういう未来を導きたくなければ、敵対するメリットとデメリットを考えろと脅しをかけているのだ。
そう伝えて、彼女は剣を一閃させた。
死人返り……ゾンビを倒すには、頭を砕くか、火によって浄化するか、光属性の魔法で攻撃するか。
――しかし、彼女の剣は途中で止まる。
「……っ!」
肌に触れる寸前で苦労して刃を止め、少女は息をのむ。
死人返りの青年は、両手を上げて降参の意志を示した。
「僕ですよ、僕。わかりますよね?」
「……あなたを忘れるような人間は、脳味噌とろけているゾンビぐらいよ」
そう、こんな――顔が二つあるような人間を忘れるのは、至難の業にちがいない。
権力と人脈と人望のある人物が犯罪を告発されて「冤罪だ!」と騒ぎたてると困った事態になるのはいずこの世もおんなじだったり。
なまじ、彼女を信じる人間が多いだけに、ねえ?
第二章でもありましたが、彼女は世界中のすべてが敵にまわっても、マーラとコリュウは自分の味方だと信じています。なので、その逆もまた、真なのでした。
どこからどう見ても勇者の行動ではありませんが、第一章でも言った通り彼女は好きにやっていたら勇者と呼ばれただけで、彼女にとって『正義』に基づいて大事な大事なマーラを告発するなんて論外。そのぐらいなら私情丸出しでなりふりかまわず庇ったほうが遥かにマシなのでした。
→ BACK → NEXT
関連記事
スポンサーサイト
Information
Comment:0