突然戦闘中止になり、事情がよくつかめていないマーラに、少女はしぶしぶながら説明した。
「……かれ、この間会った、憑依する種族が入ってるから。気をつけて」
「……ええと、つまり。あなたは、いま、その身体に憑依……しているわけですか?」
「はい」
死人返りの青年は、にっこりと笑う。
「この間はドタバタしてまして、いろいろ無用な敵愾心なども煽ってしまい、断腸のみぎりです。僕としては、あなたがたと敵対する気なんてまったくないんですよ」
「……ええと、では、どうしてその身体に?」
死人返りは頬を掻いた。
「いえ、まあ、正直なところを言えば、窮地に陥ったところを颯爽と助けようかと思っていたんですが……」
ところがどっこい。
少女は生半可な交渉が通じる相手ではなく、脅しに恫喝で返され、サックリ滅ぼされそうになったところで――やむなく姿を現すという、何とも段取りの悪い構図になってしまったのである。
「そちらの勇者さまが容赦なく滅ぼそうとしたこの体は、理想の体なんですよ」
「……はあ」
「なんといっても本来の宿主はもういませんし。本来の魂はすでに抜けて天の国に昇っています」
それを聞いて、マーラの顔に微妙にほっとした色が浮かんだのを、少女は見逃さなかった。
友人の魂が天国に行ったと聞いて、安堵しない人間はいないだろう。
「僕としても、本来の宿主の意志に反して勝手に体を使うというのは心苦しいものがありまして」
「…………はあ」
マーラは、頷きつつ、これでいいんだろうかと悩めていた。
えーと、一応、憑依という驚異的な能力を持つ彼とは敵対関係にあるのではなかっただろうか?
なごやかに会話するような関係だっただろうか?
「その点この体でしたらそういう懸念なく、心置きなく使えるわけでして」
「それは、まあ、そうでしょうが……」
「あ、腕のいい死霊術師だったらしく、腐敗防止措置は取られています。相当近づかない限り腐敗臭もしませんし、僕が操っている限り、受け答えにも問題なし。しかもこの体、魔力を持っているんですよ。まさに理想の体です」
それに反応したのは少女だ。
「魔力を? ――外見は、人族……よね? じゃあ、稀な魔力持ち?」
ほとんどの人族は魔力がないが(少女もこのひとりだ)、たまに魔力を持つ人族が生まれることがある。
「いいえ。人族ではありませんよ」
彼は、そういう言い方をした。
そして、少女も、何かを察してそれ以上追及しなかった。
死人返りの青年は、服の袖口を破ってそこにさらさらと何かを書く。
「あ、僕を作った死霊術師の居場所はここです。どうぞ」
「いいんかい!」
あっさりと差し出されて、つい全力で突っ込んでしまったが、普通に考えてそれぐらいありえない。
「僕は別に死霊術師の道具じゃないですしー。忠誠なんて誓ってませんし。それより、あなたがたに恩を売った方がよほど得なんですよねー」
「……」
少女は、こう見えて義理がたいところがあるので、一度こうして借りを作ってしまうと問答無用で討伐はできなくなるのだ。
なんとも甘いが、それがこの少女である。
よって恩を売るというのは、今の状況での最善手……かもしれない。
少女は指先で額をぐりぐりと押して考えをまとめると、結論を出した。
「……とりあえず、死霊術師は拘束する。その時にこの情報が正しいかどうかもわかるわ。もし正しかったら、あなたの言う通り恩を一つ借りてあげる。正しくなければ、恩はなし。それでいいわね?」
「ええ」
生ける死体の体で、彼はにっこりと笑った。
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