少女たちは一旦宿に戻ると、その場所へ急行した。
死霊術師も操り人形を通じて不穏な気配を察知し、逃げようとはしていたようだが、そもそも、飛行呪文を持つ彼女たち以上の逃走速度の人間など、滅多にいないのである。
無事、死霊術師を捕獲した。死霊術師は珍しい人族の魔力持ちであったため、利用価値は山ほどあり、その町の冒険者ギルドに放りこむ。
そしてその日のうちに町に戻ったところ、驚くべきことに、まだあの死人返りはいた。
「……勇者さま。この怖い人を何とかしてください」
「……とっくに逃げてると思ったわよ。見張りもつけなかったし」
彼女のパーティは人数が少ないため、見張りに割ける人間がいない。また見張る大義名分が思いつかなかったこともあってそのまま置いて出てきたのだ。
しかし、この死人返りは、よりにもよって魔王に捕まったらしい。
死人返りの青年は、フィアルと魔王に見張られ、縄で宿の椅子にくくりつけられていた。
どうやら、町で人ごみにまぎれているところを魔王一行に発見され、捕獲されたようだ。
外見も言動も人間そっくりだが、見る人間が見ればそれがゾンビであることは明らかで、魔王はとりあえず捕獲したらしい。
滅ぼされなかったのは、あまりの知能の高さと、自分は勇者の知り合いであると死人返りの青年が主張したためらしい。
隣の死人返りを見やり、魔王が腕組みをして言う。
「ほんとうにお前の知り合いなのか? けったいな知り合いがいるな……お前らしいといえばらしいが……」
「――お願いだからそこでお前らしいというのはやめて……」
本気でしくしく泣きたくなった少女である。
異種族の知り合いがぞろぞろいるのだから、ゾンビの知り合いがいてもおかしくないだろうという魔王の言葉はわからなくもない。わからなくもないが!
「ゾンビなんぞ、滅ぼしてやるのが本人の為だと思うぞ?」
「いや、その……確かにその通りだと思うんだけど、事情がちょっとあって」
どう説明すればいいのかと、少女は四苦八苦する。
確かに、死者の気持ちを思えば、死者の尊厳を冒涜するものでしかないゾンビなんぞ浄化の炎に叩きこむのがいちばんである。
「ちょっと……肉体は確かにゾンビなんだけど、中身は違ってて」
「なに?」
少女は最初からすべて、説明した。
もともと、憑依という特殊能力を持つ種族については通達が行っていたこともあり、魔王は意外にもあっさり信じた。
「なるほどな。いやに受け答えがしっかりしていると思ったらそういうことか」
信じてくれたのは、ゾンビにしてはあまりに規格外の知能の高さもあったようだ。
中身が入れ替わる前もそれなりに知能が高かったが、感情が躁に入っていて歯止めがきいていなかった。
――本人はあくまでも、すでに死んでいるのだ。死人返りは、その死者の尊厳を傷つける残骸にすぎない。
事情を了解してもらえたところで、魔王は、椅子にくくりつけられたゾンビを指差した。
「それで、コイツをどうする?」
「……肉体を滅ぼしても、憑依先を変えるだけでしょ。それで私やあなたに憑依されたらたまったものじゃないし……無罪放免するしかないんじゃない? 今のところ、罪を犯したわけでもないし……」
歯切れが悪くなってしまうのは、致し方のないところである。
これが、彼女の庇護下にある誰かを殺害したとかいう話なら許すことはできないのだが、今のところ、彼のやったことは、空の精霊族の長に打撲傷一つ与えただけなのである。
以前乗っ取っていた魔族の少年は、無事家に戻ったとも聞いている。
いくらなんでも打ち身ひとつで殺すのはアレだし、そもそも殺し方がわからないし、敵なんだか味方なんだか、それさえ不明である。
挙句の果てに、
「僕をサンローランの町に住まわせて下さいよ。役に立つと思いますよ?」
なんて言いだしたため、少女は頭を抱えた。
「……そりゃ、役に立つことは立つでしょうけど……」
誰の目にも憑依したとわからない状態で、相手を操れるのは、利用価値が高すぎる。
高すぎて、恐怖が恐慌へと変わり、もともと潜在的にあった反発心と結びついて闇雲な攻撃に変化するかもしれないではないか。
かといって、野放しにすると、それはそれで問題があるような気がとてもする……。
結局、少女はため息をついてこう言うことになった。
「……今は依頼の最中だから、帰りに拾っていってあげる」
「ちょ……! おい!」
「おいおい、いくらなんでもゾンビを町に入れるのはよした方がいいと思うぞ」
魔王とダルクが声を上げた。
なんせ、ゾンビである。ゾンビ。
ゾンビを自分たちが住む町に招き入れようというのだ。理屈うんぬん以前に、生理的に嫌だ、というのは当然だった。
少女もその気持ちはわかるので、共感とうんざりと、両方を絶妙にブレンドした表情で言った。
「……じゃ、彼を野放しにするの?」
う……っ、とふたりとも口をつぐむ。
「せめて……捕縛するとか」
「――それで、抜け出て他の誰かに入ったら?」
ふたりは高速で頭を動かして様々な可能性を検討しているようだったが、出た結論は、彼女と同じだったらしい。
野放し……だめ。
拘束……どうやるの?
処刑……器のゾンビが死ぬだけだよね? てゆーか抜け出て魔王に取りついたら超絶最悪。
「……わかった……」
諦めました。
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