炎神はフランクに片手を上げる。
「や。久しぶり」
「久しぶりです、エーラさま!」
少女は鳥から飛び降りると、満面の笑みで駆け寄った。
初めて炎神と出会うフィアルとダルクは茫然自失している。
彼らは、その人生において、初めて人を唖然とさせるほどの美貌というのを見たのである。
一行が乗っていた鳥は、地面に吸い込まれるように消え、ダルクは両の足で地面に降り立つ。
それでもまだ茫然としていた。
炎神エーラは、まさに、人知を越えた美の持ち主だった。
これが神の美というものか、と畏怖すら感じる。
外見としては、非常に若い。
少女より、更に二三歳は若く見える。
十六歳ほどの、生気を全身にみなぎらせた赤毛の年若い娘の姿をしている。
けれど、それが外見通りの存在ではない事は、一目でわかる。
腰まである長い赤毛は外へとむかうほど金に変わる。普通の赤ではなく、金色の縁取りのある赤。そして、全身に無形の力がみなぎっている。髪の一本から、指先の爪に至るまで。
着ているものは、一見すると流浪の民ジプシーを思わせる、露出が多く布を巻きつけるタイプのドレスだ。
襟ぐりを深くとった胸元に貴石を連ねた首飾りを幾重にも下げ、同じく両方の手首にも色とりどりの石の連環を巻き付けているのも、それに拍車をかける。
スカートの裾はひざ丈で、足は素足だ。なのに少しも下品な印象はしない。
挙措は自信にあふれ、一挙手一投足のすべてが人目を引きつけてやまない。
そして、その美貌においては論評すら愚かというものだ。
肌の色は内側からほのかに輝くような、金茶色。そして、顔の造作はまさしく一度見たら生涯忘れることなど不可能だという領域である。
美神の恩寵をうけたような、という評判の美女を見たことがあるが、本物の神そのものと比べては、比べる方が哀れだ。
華やかにして圧倒的な、極めて美しい少女だった。
炎神はお気に入りの少女と抱擁をかわすと、じろりと目線を魔王に向けた。
「さあて、参の国の坊主? よくもまあ私のことを、くそばばあだなんだと言ってくれたなあ?」
じろりと睨まれ、魔王は体を竦める。
むしろ、ダルクはよくまあこの美しすぎるほど美しい超絶美少女にそんなことを言えたものだと感心した。
「う、いや、その、悪かった。クリス、お前からも言ってくれ!」
「エーラさま。エーラさまを見て、そんな暴言を吐ける人ってこの人ぐらいですよ。殺しちゃうのって勿体無いですよ?」
ころころと笑いながら少女はいい、炎神はそれで矛を収める気になってくれたらしい。
「ふうむ。それも一理あるな。――ちゃっかりと仲裁の報酬をもらっていたしなあ?」
少女はむしろ胸を張っていった。
「こっちはしがない冒険者ですから。エーラさまや魔王さまとはちがいます。もらえるものはきっちりもらわないと!」
少女は元気よく言いきって力こぶを作る。
炎神も合わせて笑った。
「ふふふ。私はお前さんの、そういうところが好きだよ。さあて、そろそろ本題に入ろうか」
「はい。こちらの魔剣、エーラさまが作られたそうですね。修復をお願いしたいのですが……」
ぽっきりと、見事に折れている魔剣を目にして、炎神はため息をつく。
「まったくなあ。クリス……ちったあ手加減せんかい。情け容赦なくぼっきりやりおって」
「あ、あはははは……。その時は、そのお、エーラさまが作ったものだとは知らなくて……」
「うそつけ。知ってたとしても同じようにやっただろう? お前はそういう子だよ」
「……いや、まあ……はい」
「くっくっく。正直に言ったから許してやろう。まあ、元気でやっているようで安心したよ。無事なのはわかっていたけど、元気がないみたいだったからね」
「それなんですが、エーラさま」
少女は切り出した。それを、炎神が手で制する。
「おっと。ちょいおまち」
折れた魔剣が宙に浮く。
そして、それに炎神が手をかざす。
――そして、それだけで、おしまいだった。
「ほら、修復終わったよ。クリス、お前の言う通り、四の国に戻すのが一番いいだろうね。結界の礎石が、半分に戻る」
ぴしりと、空気に稲妻がはしった。
渡された魔剣を抱きしめ、少女は問いかける。
「……やはり、そうなんですか? 十二の魔族の国は、世界の結界なんですか?」
その話を既に聞いていたマーラは息を止めて炎神の答えを待つ。予測していた魔族の主従と、ダルクも。
そして、求めた答えは呆気なく与えられた。
「そうさ」
ごく、軽く……炎神は頷いたのだ。
少女は目を見開き――そして、魔剣を抱いたままその場に崩れ落ちた。
「ク、クリス!?」
コリュウが焦って少女の肩にのり、顔を覗き込む。
「じゃあ……わたしたちは! 人族は! 生まれるべきではなかったのですか! 私たちは、いったい、いったい、何のために……生まれてきたのですか!」
その絶望の叫びの意味を、一人を除いて、その場にいる全員が知っていた。
ただひとり、少女の慟哭の意味を知らないダルクは、こう見えて図太い彼女の態度に驚き、狼狽して、少女の肩に手をかけた。
「ど、どうした? 魔族が世界の結界を作っていても、それが一体どうしたっていうんだ。俺たちとは関係ない世界の話じゃないか」
彼女たちは、所詮は一冒険者である。
魔族の国が世界を守る結界だの、どうのこうのという壮大な話と関係などない。別世界の話として、単なる知識として、頭の片隅にでも放りこんでしまえばいい話ではないか。
こうまで動揺する理由が、わからない。
そこで、しずかに、マーラは言った。
「……そうでもないんですよ、ダルク。だって、彼女は――人族ですから。魔族の家畜として生まれ、創造された、種族ですから」
五百年前、抹殺された歴史の真実。
それが――これだ。
第一章にて、魔王が炎神をばばあ呼ばわりしたとき少女が絶句したのはこんなわけです。
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