人族の歴史書は、意識的に破棄されてしまったので、その種族がいつ生まれたのか、正確にはわからない。
確かなことは、ただふたつ。
人族は、魔族の手によって作られ、生まれた、家畜であったということ。
もうひとつは、およそ五百年前、その家畜であった種族は、魔族との長い権利闘争の末に、「ひと」としての権利を勝ち取ったということだ。
魔族は、「自ら勝ち取る」ことに至上の価値を見出す種族だ。「元奴隷」という言葉は、彼らにとって、尊称でありこそすれ、蔑称では決してない。
魔族は、家畜の身からついに人としての権利を勝ち取った種族に対しても、同じように遇した。
家畜であった過去は過去として、その逆境をバネにして人としての権利を勝ち取った彼らを、正当に、公平に、人として遇してくれたのである。
しかし、それでもなお、魔族から独立し、種族としての一歩を踏み出したばかりの初期の人族が味わった苦難は少なくはなかっただろう。
独立するということは、飼い主の庇護もまた、無くなるということだからだ。
種族の魔法適性値は低く、どこぞのエルフのように魔法で一日で家を用意したり、地形を変化させたりなどは夢のまた夢。
――自分たちは、家畜として生まれた種族だ。
開拓や、栽培や、入植の苦労の中で、その認識は、「事実」であるからこそ、つらく、重かったに違いない。
聖光教会の教義は、その裏返しだ。
自分たちは家畜などではなく、逆に、他種族たちは自分たちに奉仕すべき存在なのだと。
――聖光教会の創始者たちは、どんな思いであの教義をつくったのか。
苦難の時代、聖光教会は、信徒たちを、そう励ました。自分たちは、家畜ではないと。
彼女には、その気持ちが、痛いほどよくわかる。
作りごとでも、嘘でも、それにすがりたい時があるのだ。
家畜として遇されていた時代の、自分の源流を、彼女は知らない。
しかし、その
性能を見れば、作成者の意図はある程度読み取れる。
その血肉を食することで魔族に限り能力値の底上げが可能。魔法適性値が低い。肌の色を除けば魔族と外見は瓜二つ。性交可能。それどころか生殖まで可能。しかも、複数の種族にまたがって生殖可能……。
魔族の能力上昇剤。
肉体労働専門にして、性的奉仕と自家増殖を期待された家畜。
複数の種族と繁殖をおこなえるということは、家畜としては長所に他ならない。上手く行けば、その種族の特殊能力を遺伝できるということだからだ。
ダルクを見れば良い。半魔族なのに、能力的にはほとんど純魔族ではないか。
また、「人食い」が、根強く残るゆえんも、ここにある。
豚を食べることに罪の意識を感じる者はいない。なら、どうして人族を食べてはいけないのか、そういう見方をする者は、少数派ではあるが、確かにいるのだ。
逆に言えば、そうでなかったら、わざわざ法によって禁止されることもなかっただろう。
そうして設計され、作られた種族は、順調に数を増やした。繁殖力が高いというのも、長所に他ならない――家畜としては。
けれど、その家畜は、ある時、創造主に反旗を翻したのだ。
五百年前の話である。その当時の詳しい経緯を知る者は全て死に、後には、聖光教会の歪んだ教義だけが残った。
始原五種族というのも、嘘っぱちである。
そもそも、魔力を持たない人族は大陸間の移動が困難だ。他の大陸に行った事のある人族など、極めて少ない。自らの起源を捏造したそれは、露見する心配の少ない大嘘だった。
嘘。
嘘。
すべて嘘だ。
先人や周囲の人間全てがそう言えば、誰も疑わない。そのまま信じてしまう。それはそうだ、疑う理由がないのだから。
そうして、人族は己の出自を無邪気に信じつづける。
いまではもう、真実を知る人族は、ほとんどいない。彼女もまた、最初は知らなかった。
古き民――エルフから教えられるまで。
第二章における伏線。
第三十三話。ダルクがマーラに言った時の、マーラの微妙な反応。
第六十五話。少女がアランと話していたとき聖光教会について語ったこと。
第六十六話。マーラとダルクが「人食い」について話していたときの微妙な反応。
などです。
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