目が覚めた瞬間、顔の上に乗っているドラゴンの感触に気づいた。
「……もうっ。鱗の痕が顔に付くからやめてって言ってるでしょ!」
文句を言いながらコリュウをどかしつつ起き上がり、あれどうして地面がこんなに柔らかいんだろ―――と思ったところで。
一気に、記憶と、現実がつながった。
少女はぎくしゃくと、隣を見る。
魔王がいた。
しかも、目覚めていて、寝台の上に頬杖をついて、同じく寝台の上にいる少女を眺めていた。
「お……おはよう、ござい、マス……」
夢かと思ったあれが、現実であることを、認識する。
昨日、なんでか、カードゲーム大会をすることになってしまい。
していたらみんな熱中してヒートアップしてしまい。
最後まで勝ち抜いたのは少女と……意外なことに、魔王だった。
最終決戦で、魔王に負けた少女は、それまで気を張っていた反動で、まとめてぶちっと切れて、……昏倒、して、しまったような、気が、する……。
深夜だったし、ご飯たくさん食べたし。お酒も実は結構とってたし、緊張すごくしていたし。それで、…………つい。
それから、どうやら、どう考えても、状況から見て、魔王が寝台の上に運んでくれた、らしい。
な、ななな、何もされてない、よね?
い、いや何かされてもそれが何かと言われたらとても困るのだけれども! ナニをするためにこの部屋に来たんだろうとか正論言われたら何も反論できないし何というかそれが役目だろうと言われてもやっぱり反論できないわけなんだけれどもっ!
「安心しろ、何もしていないぞ、まだな」
「……そ、それは、ありがとう、ございます……?」
お礼を言うべきところなんだろうか、ここは? いや、妻としては、初夜の床で眠ってしまってごめんなさいと謝るべきか?
……べきだよなあ。
「ご、ごめんなさい、眠っちゃって……」
「眠らなくても手を出す気はなかった」
「え?」
「お前は、お前の仲間たちに鑑賞されながら一夜を過ごしたいのか?」
「………………いいえ」
そんなことになったら、死んだ方がマシかもしれない。
まわりを見れば、死屍累々。
仲間たちが床で雑魚寝を繰り広げていた。
そのど真ん中で、というのは……、魔王が、魔王らしくなく、自制してくれてとても助かった。
となると判らないのは―――。
少女は顔を上げた。
「あなたは何故」
「しっ」
魔王が声を上げ、少女は口を閉ざした。
やがて、控えめなノックが響く。
「魔王様、朝食のご用意が出来ております。入室してもよろしいでしょうか」
「ジーンか。かまわんぞ、入れ」
ひゃーっ!
少女は内心恐れおののきながら、扉が開くのを見守った。
魔族の青黒い肌の、目が覚めるような美貌の青年だった。ピンと張った黒と白の制服をきっちりと喉元まで着込み、端然と佇んでいる。
長めの黒い前髪、美しい切れ長の紺碧の瞳。襟足の後ろ毛だけを長く伸ばし、細い三つ編みにして長さは腰まである。年齢は二十代に見えるが、それは人間の基準で、もっともっと年上だろう。
さすがというべきか、なんというべきか。
彼は雑魚寝している不法侵入者の群れを見ても、眉ひとつ動かさなかった。
青年は小さな台車を引いていた。その上には、湯気をたちのぼらせるティーポットが乗っている。
彼は鮮やかな手つきでお茶をいれ、魔王に差し出す。
「魔王様、どうぞ。奥方様は、紅茶に砂糖とミルクはご入り用でしょうか」
「え、ええ。お願い、します……」
侍従の青年は、紅茶をいれると、少女に差し出してくれた。
少し熱めの温度のお茶は、とても美味しかった。
紅茶を傾けながら、少女は彼を観察する。
といっても、美形だからではない。
この青年は、刃の美しさ。その美に惹きつけられた者を傷つけずにはおれない。魔王もそれなりに見栄えのする容姿だが、……こちらは、もっと鋭利で、もっと剥き出しの美貌だった。
「本日のご朝食はこちらで?」
「いや、あちらで取る」
「かしこまりました」
青年は、優雅に一礼すると、台車を引いて出て行った。
「……彼は?」
「前魔王の息子だ」
少女は驚いて魔王を見返した。
「世が世なら王子様?」
「魔族は、そういう考え方はせんな。魔族は力がすべてだ。弱い魔王など不要。魔王協会統一法第二条は、全ての敗者に適用される。むろん、敗れた魔王にもだ」
「……ひとつ聞かせて。親の仇に仕える息子というのは、魔族では普通なの?」
魔王は少女を数秒凝視して、肩をすくめた。
「それはあまり、普通ではないな。魔族でも」
「じゃあ……」
「だが、あいつの父親の敗れ方が敗れ方でな」
「え……?」
「バナナの皮で滑って転んで死んだ」
「………………冗談よね?」
「いや、ほんとに」
少女は深く深く沈黙した。
「それが暴露されれば、面目丸つぶれ、あやつは世にも間抜けな魔王の息子として三代笑われるところだ。だが俺様が罠を仕掛けてそれにはまった、という形にしたおかげで、あやつは大手を振って生きていける」
父親を討たれても、死に方が死に方だ。
……誰をも、恨めまい。
「……で、それで、あなたに仕えているわけ?」
「あいつは見目がいいから側においておくと目が楽しい。頭も悪くないから俺様を苛立たせない。そういうことだ」
「……だいたい、わかったわ……」
少女は深いため息をついた。
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