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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

3-34 突然の、運命の選択


 人族の出自が、家畜であったことは、まあいい。それが頸木(くびき)を脱して以後、繁殖を繰り返し、数多くの種族を滅ぼしてはその領土を奪い取り、ついには自らの創造主である魔族に挑戦状を叩きつける資格を得たほどに力をつけたことも、いいだろう。
 ――だが、その結果、世界をも危うくしていることは、よくはない。

 では、自分たちは、どうするべきだったのか。遥か昔、家畜の身に甘んじて、魔族の食卓に上っていれば良かったのか。ああそうだ、自分たちが家畜であった昔、どう遇されていたのかなど、少し想像力を働かせれば判るではないか。見事な実例が、豚小屋にいるのだから。
 そこから死に物狂いで這い上がった祖先の行動は、間違いであったのか。自分たちは、それに我慢していれば良かったのか。世界を危うくするぐらいなら。
 でも、それを「間違い」だと思うことは、それだけは少女はしたくなかった。恐らく、想像を絶する苦難の末に、祖先は自由を勝ち取ったはずだ。その勇気は、褒め称えられるべきだ。そのおかげで、彼女はこうして、自由の身でいられるのだから。それが過ちで、自由も、権利も求めず、屠殺される為に生かされ飼育される環境でいるべきだったというのなら。
 ――何のために、自分たちは、生まれたのだろう。

 ダルクに語らなかったのは、彼が半分とはいえ、人族の血を引いているからと、別に知らなくたって何も問題がないからである。
 また、純粋な人族である少女への蔑視と反発心が生まれるのではないか、そういう深刻な懸念もあった。
 ダルクは、少女に繋がれた身だ。
 自分を支配している相手を蔑む理由を見つけたとき、多くの人間は狂喜する。
 そうして、それを理由に蔑み、反抗するものだ。

 コリュウは、少女が知ったその場にいたから知ったが、気にしなかった。マーラは最初から知っていた。
 その二人とは違い、ダルクは、無理矢理に同行させられている身であり、最初は不承不承の態度が色濃かった。
 わざわざ言う必要もないことであるし、信頼関係が培われた後も、言わない、という選択肢を選んだのは、積極的理由がないことが、最大の理由だった。

 真実を知って愕然としつつも、ダルクはなおも言葉を重ねた。
「い、いまから五百年前のことなんて、関係ないだろう? そうだ、お前がいつも言っているように、より上を目指す克己の精神で人族はここまでになった。それは、素晴らしい事じゃないか!」
 少女は顔を上げた。
 ダルクの言葉は、どれもこれもわかっていたことなので、その言葉自体に心を動かされたのではない。
 ダルクが、自分を励まそうとしている事に、その思いやりに、力づけられたのだ。

 少女はゆっくりと、立ち上がった。そして、言う。
「エーラさま……。ひとつ、お尋ねしたいことがあります。いま、私の元に、一つの種族が救いの手を求めてやってきています」

「知ってるよ。スーパーゾンビちゃんとかいうのだろう?」
 ふふふ、と知覚を共有している炎神は艶冶えんやに笑う。
 コリュウを除く男性陣が一瞬固まったのは、その艶っぽさに、背筋を撫で上げられる思いだったからだ。

「……かれの、呪いを解くことはできませんか?」
「解いてどうするのさ。元の体なんざ、とっくにないよ?」
 かるく言いきって、炎神は肩をすくめた。
「あの種族に残された道は、成仏するか、他人の体を使って生きるかだ。だったら、今のままでいいじゃないか。誰に迷惑かけるわけでもない、最善の結果だろう」
「……。わかりました……。やっぱり、その……そういう種族なんですね? 嘘は、付いていなかったんだ……」
 どこかほっとして、少女は胸をなでおろす。
 以前会った時覚えたどうしようもなく不吉な予感は、今は感じない。恐らく、どこかで、運命の歯車を意図せずに動かしたのだ。
 一つ、何かが狂っていれば、今頃は全面戦争になっていたかもしれない。そうならずに済んで、幸いだったというべきか。

「その……どうすれば憑依した相手から引き剥がせます? 滅ぼす方法は? いまは使う気はありませんが、もし、敵対した時のために聞いておきたいんですが……」
 炎神は呆れた眼差しで見た。
「……クリス。お前さんねえ。何でもかんでも私に聞けば答えが見つかると思ってるんじゃないよ」
「う、その、自分で調べて何とかなるものは聞いてませんよ。でも、その、神様の呪いを受けた未知の種族がどーのこーのってレベルの話になると、とてもじゃないけど私みたいなのじゃ他に知るすべが……」
 炎神は腰に手を当て、はあっとため息をついた。

「じゃ、これっきり。大マケにまけて、教えてあげよう。ただし、どっちか一方だけだ。退治の方法と、退散の方法。……よーく、真剣に、考えな。たぶん、あんたが思っているよりずっと、ずっと、重大な選択だ。クリス、あんたの運命そのものが、激変するといっていい」
「え……」
 そこまで重大事とは思っていなかった少女は目を丸くする。「自分で考えろ」でどっちも教えてくれないという可能性も高かったので、どっちか教えてくれればラッキー程度の認識でいたのだが……。

「……その、たとえばの例えですが、私が冒険者辞めて魔王と結婚するのと同じくらい深刻な二択ですか?」
「それよりもっと、深刻じゃないかね」
「――」
 少女は言葉を失い、思わず仲間に助けを求める眼差しを送った。
 仲間の方も、困惑した様子で視線を交わす。
 すがるような眼差しで、コリュウが炎神を見て、炎神が少し折れた。
「……あーもう。コリュウは可愛いねえ。しょうがない、ちょっとだけ教えてあげよう。ハズレを選んだとき、クリス、あんたは破滅する。避けようのない死の運命が訪れる」

 その場の空気が失せたようだった。
 ……誰かが、息を吸い込む音が響いた。

 さすがに少女も青ざめていた。
「……どちらかを選べば、私は、死ぬ……ってことですか」
「運命の岐路だねえ。そっちを選んだら最後、八方塞がりで、どの道選んでも生存の確率は、限りなく低いね。まあ、もしそっちを選んじゃった結果、にっちもさっちもいかなくなったら、ここへおいで」
「ちょ……待って下さい。なんで……」

 炎神は少女を見て、ゆっくりと、諭すように言う。
「クリス。私はね、あんたを見たとき、驚いた。いいかい? 私が、驚いたんだ」
 神であり、この大陸の主神であり、絶大なる力を持つ彼女が。

「あんたは私の想像を超えてくれる。私が予想していても実現できやしないだろうと思ってたことをしてみせてくれる。――だからこそ、見せておくれ。私の予想を、超えておくれ。私は、その誘惑に勝てないのさ。私は、私の予想を超えるものが見たい」
 一度、このちっぽけな少女はそれをやり遂げた。
 できるはずもないと思っていた。
 確かに運命の道は、その未来に続く道はあったけれど、確率はゼロに等しかった。
 ――ゼロに等しい確率を乗り越えて、この少女はサンローランの町を作り上げた。

 それを見たとき、知ったとき、そして確信したとき、胸に満ちたあの感情を何と言えばいいのか、今の彼女はもう知っている。
 だからこそ、もう一度、それが見たい。味わいたい。
 その誘惑に、勝てない。

「いやでもだって、どうして、その、私が死ぬんです……?」
 炎神はぱっと両の掌を開いた。
「おっと。質問はさっきのが最後だっていう約束だろう? 私ゃ、あんたが可愛い。だから、回避の道も教えてあげよう。安全なのは、どっちも聞かないっていう道だね」

 ――ふたつにひとつ。
 二つの箱に、二つの運命。
 ハズレを選べば、破滅が待っている。


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Date:2015/12/01
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