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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

3-35 家畜に、神はいない


 魔王は、難しい顔で一歩を踏み出した。
「クリス……聞かない方がいいぞ。基本的に、神は、人に、嘘は言わん。言う必要がそもそもないからだ」
 騙してまで奪い取ったりする必要がないので、神は基本的に、嘘は言わない。もちろん、その他の特別な理由があるのなら、別だが。

 だから、この場の選択次第で破滅するという話もまた、本当なのだ。

 コリュウは深刻な顔で少女に囁く。
「クリス……聞かないほうがいいよ」
「私もそう思います。別に、絶対に必要な情報ではありませんし……。あのゾンビとの、とりあえずの共存関係もできたことですし、念の為の情報のために、二分の一の選択にあなたの命をかけるなんて、馬鹿げています」
「俺も同意見だ。危険すぎる」

 情報の必要性と、危険性。
 釣り合っていないと仲間は主張し、少女もそれを受け入れた。

「……聞くの、やめます。でも、代わりに一つ! 一つ教えてください。
……人族は、滅んだほうが、いいのでしょうか?」

 その質問に、マーラ以外の全員が驚きを見せた。
 マーラだけは、彼女がその疑問を胸で温めていたことを知っていたが。
 炎神は面白がる表情を見せた。
「弱肉強食。それが世界のルールだろう? そして、あんたの種族が他の種族を滅ぼしても、基本的に許容されてきた理由でもある」

 弱肉強食。
 強者こそが正義。
 その考え方は広くこの世界に敷衍ふえんしている。
 そのルールは冷酷で、同時に、公平であった。
 人族が異種族を滅ぼそうが、他の種族はそのルールにのっとって、特に文句を言ったりはしなかったのだ。

 ただし、滅ぼされた異種族たちはそうもいかない。
 自分の身内や友人が(当人には自覚が無いが)でっちあげの経典を盾に侵攻してきた軍に殺されたのである。怒るな、憎むなという方が無理だろう。
 生き残った彼らは散発的なテロ活動に出て、それがまた人族の異種族への偏見に拍車をかけ……そういう悪循環を招いている。

「だとしたら、人族が滅ぼされても、それもまた許容すべきだろう? ……クリス、わたしは、あんたが頑張っているのを知っているよ。あんたが異種族の味方をするのも、聖光教会を嫌うのも、両方、自分の種族……人族の将来を思ってのことだ。このままじゃ、遠からず、人族は孤立する」
「……っ」
「そして、滅ぼされる。人族対、他の全種族なんていう構図になったら、さすがに勝ち目はない。大戦争が起きるだろう。未曾有の、誰も見たことのないような規模の。遥か太古に、魔族が犯したミスを修正する為の戦いだ。……うん、頑張った。サンローランなんていう町まで作り上げたのは驚いたしびっくりした。見ていて楽しかったよ」

 炎神はうんうんと頷く。
「でもね、だからこそ、言うよ。あんたは、所詮、ひとりの冒険者に過ぎない。人族の命運がどうとかいうことは、あんたひとりの肩にのせるようなことじゃないし、できることでもない」
 完璧な正論であると、誰もが思った。
「少なくとも、クリス、お前さんの寿命が来る前に、人族が滅びの瀬戸際に立つことはないよ。それは言える。なら、いいじゃないか」
 自分が生きている間に、滅びる事がないのなら、関係ない――。

 少女は何度も、何度もかぶりを振った。
 悪評も多い(というか悪評だらけ)の種族だが、彼女自身は、そんな自分の種族を、誇りに思っていた。
 家畜? 上等。
 そこからここまでになった、素晴らしいじゃないか。
 どん底から這い上がった、自分たちは、なんて努力家で勤勉で優秀で素晴らしい種族だろう!
 尽きることのない欲望から来る、向上の努力と執念。楽をする事をのぞむ心の強さからくる、進歩への飽くなき追求。
 人族の長所は、短所と表裏一体だけれど、たったの数十年で新しい技術を次々に開発し、目まぐるしく進歩していくその長足の進歩は、他の種族の追随を許さない。

「――あんたは、よくがんばった。でもね、人族はやりすぎた。人族が滅ぼした種族の神たちも、最初は我慢していたけれど、それもこれだけ積み重なるとね……」
 少女は、最悪の予想がまさに当たったことを知る。

 ――人族の滅ぼした種族の守護神たちは、ただ諦めてくれたのか?

 炎神エーラのお気に入りである少女は、神がそう異質な存在ではない事を、知っていた。話をし、意志疎通ができる程度には、共通の「人間味」がある存在だと。
 そして、この場合、守護する対象が滅ぼされてしまった場合の人間味とは――憎悪し、復讐することだ。

 弱肉強食は、世界のルールだ。
 だから、滅ぼされた種族の神たちも最初は何も言わなかった。だが、それにも限度というものがある。
 そして、人族の弁護をしてくれる神は、いない。
 人族は被告席に立たせられ、そして、有罪を下されるのみだ。

「たとえ、大戦争が起きなくとも、魔族の国が全て陥落する前に、世界の結界が壊れる前に、うちらが人族を掣肘せいちゅうに動くだろう」

 少女は、それを、死刑宣告のように聞いた。
 ――人族に、神はいない。
 守ってくれる、神はいない。他の種族にはいる、守護神がない。

 ――家畜に、神などいないのだ。





 今回の話のタイトルは、某有名ゲームでの、とても印象に残る台詞を使わせていただきました。あれ、強烈でしたよね……。ゲームでの印象に残った台詞ベストスリーに入ります。

 (クリスは結局選びませんでしたが)二つの選択のうち、どちらがハズレなのかは、最終章で明らかにします。その理由も。
 現時点でそちらを選んだら最後、クリスの運命は破滅しか残っていませんでした。

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Date:2015/12/01
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