翌朝、少女は仲間を集めて言った。
「終わりの準備を、始めるわ」
「……それは、どういうことですか?」
うん、と少女は相槌をうって、説明する。
「いつになるかはわからないけれど、人族は滅びるわ。だったら……、サンローランの町を、私の手がなくてもだいじょうぶなように、機構をととのえないと」
一夜を越えて、どうやら心境の整理が曲りなりにもできたらしい、と皆は悟る。
人族の滅亡は、もう避けようがない。
大戦争になるか、あるいは、魔族の国の結界を壊そうとして、神の怒りに触れて神罰が下るか……どちらかしかない。
昨夜炎神からそれを宣告された人族の少女は、ひどく落ち込んだ様子を見せていたものだ。
彼女が看破したとおり、仲間たちは人族が滅ぶと聞いて驚きはしても、衝撃は受けなかった。
しょせんは人ごとであるし、これまで人族は、強者の論理で数々の種族を滅ぼしてきた。ならば、同じ論理を、弱者の側にまわっても受け入れなくてはならないだろう。
傲慢さのつけを支払うときが、遠からず廻って来る。それだけの話だ。
しかし、人族の彼女にとっては同胞の話である。そうは割り切れるものではない。
仲間たちはみな、彼女が、なんだかんだ言っても己の種族を誇りに思っている事を知っていた。
自分たちは、全てを無から築き上げた種族だと、何にも頼らずに
今日の地位を築いたんだと、
頭を上げていた。
悪評ばかりの己の種族を恥じるのではなく、逆にそう胸を張る態度は、理屈抜きで輝いていた。
だからこそ、彼らは彼女に従った。
人は、卑屈に腰をかがめている人間に魅力を感じない。己の出自にびくびくしている自尊心のない人間に、人はついていこうとは思わないのだ。
彼女自身が誇りを持つ人間だからこそ、多くの異種族も含む人間たちは、彼女に従うことを選んだのである。
だから、さぞ落ち込んでいるだろうと思っていたのだが、精神的再建をどうにか果たしたらしい。
「この話は、秘密にしておいてね。マーラは、エルフにだけ伝えて。……大戦争になる前に、白霧の大陸に戻ることも、選択肢の一つにくわえてちょうだい。くれぐれも、巻きこまれないように」
マーラは難しい顔になった。
そして、かぶりを振る。
「……私たちが戻るということは、サンローランの町が、自衛力を無くすということです。あの町から我々が撤退したらどうなるか……わかるでしょう?」
「……うん」
「覚悟と、準備を決めてはおきます。何十年か後、大戦争が始まったらすぐにみんなを引きつれて戻れるように。ああ、この場合のみんなというのは、サンローランの町に住むみんな、ですよ」
「……ありがとう。ラグーザ冒険者ギルドには、言わないでおくわ。大混乱の元だから」
「そうだな、それがいいと俺も思う」
ダルクが賛成する。
「あそこは、人族の登録者がほとんどだから……」
「というか、普通は冒険者ギルドって全員そうですよ。逆にうちは例外的に異種族が多い方ですよ」
マーラが突っ込みを入れる。
少女も少し笑って、すぐに笑みを引っ込めた。
「とにかく、サンローランの町に、被害が及ばないように、できるかぎりのことをするわ。エーラさまに、最短でどれぐらいでその時がやってくるのか、聞いてみる。教えてくれない可能性高いけど……」
「ボクも聞いてみる!」
コリュウが元気よく言い、少女は微笑む。
エーラはコリュウに甘いから、ふたりで頼めばすこーし折れてくれるかもしれない。
そこで、小人のパルが少女の胸ポケットから顔を出してせっついた。
「おーい、言うんだろ?」
コリュウも、無言のまなざしでせっつく。
――言うんだよね?
う、と少女は固まってしまった。
コリュウには、昨日寝台に戻ったあと話をした。
パルには、昨日の一部始終、見られていたようで、さきほども会合の前に発破をかけられたのである。
それでもなかなか言えないのがこの少女の意気地のなさだが、逃げ道を塞がれて、とうとう、やっとの思いで口を開いた。
「そして……その、あのね」
言いづらそうに躊躇ってから、少女は言った。
「サンローランの街でその、いろいろ整理したら、ゼトランド王国へ行こうと思うの……」
「ん? なにかまた依頼でも?」
少女はかぶりを振る。
俯いた顔が、赤く染まっていく。
消え入りそうな声で、彼女は言った。
「……その。魔王と、結婚しよう、か、なあって……」
――無音、無形の爆弾が、炸裂した。
これにて、第三章は終わりです。
読み返していただければ、いろいろ、「あ、そう言う意味だったのか」というところがある……ハズ。たぶん。
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