朝食の席では、給仕の他には少女と魔王だけだった。
昨日は疑問にも思わなかったが。
「あなたは、家族はいないの?」
「おらんな。強いて言えば妻のお前ぐらいだ」
「う……」
供されたのは、新鮮な野菜のサラダに、一杯の牛乳、果実のジュース、焼きたてのパンに、プレーンオムレツ。
魔王らしい贅沢な献立で、焼き立てパンに新鮮なバターを落として頬張るその味に、つい目がお月さまの半月形になってしまう。
「うまいか?」
「ええ!」
同意し、ふと気になって尋ねた。
「あの……仲間たちは?」
「衛兵が捕まえて牢の中だ」
少女の手が止まる。いや、それが「普通」の対応なのだけれど。一緒になってカードゲームするよりずっと、遥かに常識的な対応なんだけれども!
そんな少女を見て、にやりとひとつ。
「……にしたかったが、小人族がいるのでは牢に入れても無駄だからな。放りこんだ別室で、食事しているだろうよ」
少女はほっとする。
この魔王は、無闇に残虐な性格ではないらしい。本当に助かった。
少女は魔王を見つめ、朝、聞こうとして果たせなかった事を切り出した。
「あなたは、どうして―――」
「ちょっと待て」
またも肩すかしをくらう。
どうしたことかと見ていると、あの侍従が魔王を呼びにきた。
魔王の方も、食事半ばで席を立つ。
ぽつんと置き去りにされ、しばらく待ったが帰ってこない。
結局、朝食を食べて少女も席を立った。
◆ ◆ ◆
少女の仲間はどこにいるのだろうか?
少女付きの召使いに尋ねると、一室にて歓談中です、とのこと。
……やはり、いくらなんでもあのままではなく、どこかに監禁されたようだ。
場所は―――さすがに教えてくれなかった。
魔王城は広い。
ならば自力で探すとドレスにハイヒール姿であちこち見て回ると、探し始めてさほど経っていないのにもう人が来た。
女性とは言え魔族は力が強い。少女ほどではないが。
非戦闘員の女性に暴力を振るうのは気が引ける。振りほどけるほどの力を出せば、傷つけずにはいられない。
結局、彼女らにがっちり周囲を固められ、少女は部屋に強制連行されてしまった。
―――仲間たちはどこにいるのか?
魔王のあの様子からすると、傷つけられている可能性は低そうだけれども、油断はできない。
なんせ仲間は「不法侵入者」で。
魔族たちは誰に対しても堂々と自分の正当性を主張できる立場であり。
仲間たちは、殺されたって文句は言えないのだ。
「……あーもうっ! ダルクとパルとマーラとコリュウのばかっ!」
仲間たちからすればそりゃないだろというものだが、せっかく彼女が身を呈して安全を勝ち取ったというのに、当の仲間たちがそれを投げ捨ててくれたのでは文句の一つも言いたくなるというものだ。
部屋に戻った少女の周囲では、女魔族たちが甲斐甲斐しく少女の世話を焼いている。少女を磨き上げ、今宵こそは、と意気込んでいるのが丸わかりだ。
どうも、女魔族たちの話を聞くところによると、あの魔王はまだ一人の妃もいないらしい。
側に仕えているお気に入りの侍従が美貌の主で、男色家との噂もあるが、閨の内側さえも窺える召使いたちはそれを否定する。
同衾した後の寝台の処理までする召使いは、ある意味最も城の内情に通じていると言っていいのだ。
―――だから、あなたが最初の妃なのです。正妻の地位も夢ではありません。
意外なことに、女魔族たちはぽっと出の少女に好意的だ。
魔族にとって、力こそ正義。
人間だが、歴戦の冒険者である少女は、彼女たちより強い。この城の警備兵よりも、そして、魔王に仕える部下の誰よりも。
その「力」が、魔族にとっては抗しがたい魅力として映るらしい。
ナンダカナーと人間の少女は思わないでもないのだが、向けられる好意を拒絶する理由もなく、ありがたく受けておいた。
彼女たちが羨む正妻の地位も、少女にはまるで興味ない。
だが、取引した以上、妻の義務は承知している。
二度目の晩。
少女は前夜より露出の多い夜着で、夫婦の寝室の扉を開けた。
―――そして、脱力した。
◆ ◆ ◆
扉の内側では、またも、魔王以外の乱入者が、いた。
それも、大量に。
「な、なにやってるのよ~~~っ!」
またかと思いつつ怒鳴る。
部屋中にいる乱入者は、およそ、二十名以上はいるだろう。数人ずつ島を作り、それぞれカードゲームに興じている。
どれも、見た顔だ。
誰もが、少女の知り合いで、友人で、仲間だった。
毛むくじゃらの狼男が振り返った。獣人族として差別を受け、無実の罪で処刑されそうになったのを助けて、真犯人(人間)を見つけ出したのが、仲良くなるきっかけだ。
「おう! クリス! 元気そうだな、安心した」
「……なんで、あなたたちが、ここにいるの……?」
床にへたり込みそうになりながら少女は尋ねる。
四十がらみの男やら老婆やら性別種族年齢お構いなしの彼らもまた、少女の仲間だった。
ただ、戦闘能力はないので、少女の後方支援をしてくれる協力者たちだ。
「いや、ダルクから文を貰ってな」
ひらひらと揺れる紙片を少女は受け取った。
そこにはダルクの字でこう書かれていた。
―――あの馬鹿が魔王に捕まった。俺たちは救出に行く。戻ってこなかったら逃げろ。
少女は完全に床にへたりこんでしまった。
要するに、だ。
彼らもダルクとおんなじだ。
逃げろと言った言葉を完全無視し、助けようと逆に乗り込んできたのだ。
どうして警戒厳重な魔王城へ侵入できたかは―――言うまでもない。
張本人は小さな体でゲームに興じている。
「――………どうして逃げてないの……?」
魔王への挑戦。
数々の勇者が経てきた、「お約束」である。
今も昔も、魔王に挑む者は多い。
ただし、その成功率は記録的な低さだ。成功確率は1%を切る。
まず、ほとんどの者は魔王に会えずに殺される。迷宮じみた居城に仕掛けられた罠や、警備兵に。(少女は小人族のパルのおかげで素通りしたが)。
そして、負けたらほとんどの場合、死。
少女もまた、死を覚悟して乗り込んできた。彼らには、もし戻らなかったら逃げろと伝えて。
「あなたが連れてきたの?」
まとめ役の獣人族の男は胸を張った。
「ああ? 舐めて貰っちゃ困るぜ。俺は、無理強いなんてしてねえよ。俺はちゃんと言ったぜ? お嬢ちゃんは負けた。だから、ここで解散にする、後は自由にしろ、ってな」
男はにやりとする。
「みーんな、自由にした。そういうこった」
「………………わかった……だから、それはそれでいいとする……するけど、でもね!」
少女はキッと振り返った。
視線の先には、昨晩に引き続きゲームに興じている魔王。
「なんだってあなたまでまたやってるのよ!」
「いやあ、こうまで弱いとなあ。一般人だろ、これ。戦いにすらならん。となると、アレだ」
「……う、いや、わかるけど……」
少女も、一般人から見れば圧倒的な強者だ。
強者が弱者にその力をふるうのは、恥ずべき行為だ。
「いやしかし、このカードゲームってのは、実に面白いな! こんな面白いものを知らずにいたとは、人生の損失だ。娘、お前も入れ」
……そこまで言われると、断るのも角が立つ。
少女はひとつ息をついて、魔王の隣に座り込んだ。
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Thema:ファンタジー小説
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