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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

4-6 花嫁の憂鬱


 一つわかったのは、どうやら、マーラの下準備のほどを甘く見ていた、ということだ。

「ご結婚されるそうですな。いや、めでたいことでございます」
 通り一遍のあいさつの後、にこにこと相手が切り出したときは、さあ来たかと思ったが――。

 町の防衛体勢などの打ち合わせを軽くして、
「どうぞ、お幸せになってくださいますように」
 と、結婚祝いの手土産を渡すと、さっさと帰っていった。

「……え?」

 取り残され、少女は重い気持ちで椅子に腰を下ろした。
 こう言っては何だが、サンローランの町には自分が必要だと思っていた。
 今更ながらにわかる――自惚れていたのだ、自分は。

 どうぞお幸せに、どうか幸せになってくださいね。
 とてもありがたいはずの、温かいことばで送り出されるたびに、お前なんて必要ない、と言われている気分になった。

「――クリス? どうして落ち込んでいるの?」
「コリュウ……」
 やることは山積みになっていて、へたばっている時間は、実はなかったりする。少女は体を起こす。
「そうだ、スゾンはどうしているか、知ってる?」

「エルフやいろんな種族の魔術師たちがいっぱいいろいろやってるよー。でも、ぜんぜんわかんないみたい」
「魔法がきかないんだもんねえ……」
 それでいて自分は魔法を使えるという、魔法使い系の天敵のような存在だ。

 元から魔法が使えない彼女にとっては関係ない話だが。

 やらねばならない事を脳裏に思い浮かべ、まずは重要度の高いものから片付けることにする。そのついでに、スゾンのことも見舞ってこよう。
「――はあ……」
 ため息をついたとき、声がした。
「何を落ち込んでいるんだおまえは?」
「うわあっ!」
 少女は素っ頓狂な声を出して振り返った。
「な、な、ななななん……!」

 そこにいたのは予想通り彼女の婚約者だが、彼女が異常に驚いたのにはわけがある。
 いま、彼女は、気がつかなかった、のだ。
 声をかけられるまで、そこにいたことに気がつかなかったのである。

 いや……今でさえ、存在を感知できない。視覚では確かに目の前にいるのに、いると判って注意しているのに、自分以上に使いこなしている人間はいないと自負していた、肌で馴染んだ技能が通じない。

「幽霊を見たような顔をしているな」
「幽霊みたいなものよ。どうして……その、存在がないの?」
「俺の足元を見てみろ」
 見た。……影が無かった。
 ほっとした。

「実体がないから、お前にも感知できない。そのかわり、何もできん」
「何で実体で来なかったの?」
 魔王は、魔力なしの彼女とはちがう。
 その気になれば実体で来れるはずだ。この間のように。

「この間の力技がエルフの間で問題になってな。対策された。その対策をぶち破るのは可能だが、そうすると更に面倒事になりそうだ。あと、フィアルがうるさくてな。本体はそのままで、意識の一部だけをこうして飛ばしている」
 さらっというが、どう考えても、さらりと言っていい魔法ではない。絶対に。
 本体そのまま遠隔地に意識体だけを飛ばす。どう考えても難易度は極まる。魔法について門外漢の彼女だってそれがとんでもないとわかる。
 ――が、彼女はいつも通り、まあいいかと流すことにした。この鈍さが彼女の短所であり長所でもある。

 魔族のくせに回復魔法まで使いこなす規格外に言っても仕方ない。
 アレだ、種族単位で「より優秀な血」を求め、何千、何万年にもわたって交配を続けたその頂点に位置する男に常識を求めるほうがアレなのだ。

「会いに来てくれたの?」
「ああ。婚約者がどうしているのかと思ってな」
「婚約者……」
 ぼっと、頬が火を噴く。

 それはそうだ、魔王は彼女の婚約者である。未来の夫である。
 顔を背けてあたふたしている姿に、魔王はやれやれと腕組みをした。
「いろいろ、やることは多いだろう。何か手伝えることはあるか?」

 少女は頭を攫った。
 山ほどやることはあるが、魔王が協力して何とかなるようなものは……あった。ひとつだけ。
「……あ、あのね、私のこと、好き?」
 魔王は何をいまさら、という顔をしたが、答えてくれた。
「ああ」

「……結婚、したら、いろいろ嫌なことが起こると思うの」
 いや、冒険者稼業している今だって日々嫌なことはいっぱいあるのだが。
「私は人族だし、気に入らないっていう人も、いっぱいいるだろうし、王妃の公務なんて言われても野蛮人だし……守ってくれる?」
「そんなことで不安がっていたのか? まあ、お前に口さがない事を言う奴はいるだろうが、俺様が守ってやる」
 温かい、男らしい言葉に――少女は叫んだ。

「気持ち悪い!!」

「はあ?」
「うわ―気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! なにこれ、私じゃないってば! どこの乙女よ、男に対して守ってくれる? なんて、私じゃないでしょ!」

 自分で自分の言動に鳥肌が立つ事があるとすれば今がそうだった。
 少女はきっと婚約者を振り向いた。
 その眼光のすさまじさたるや、魔王がつい怯んだほどである。
「あのね、魔王」
「……ああ」
「今頃言うのもなんだけど――私は、そうとうな、じゃじゃ馬だと思うわよ」

 魔王は完全に面白がっていた。
「でも、その分大人しい女よりもずっと俺の役に立ってくれるんだろう?」
「私ははっきり言って劇薬だから、役に立つかどうかはまだわからないわ。役に立つつもりではいるけれどね」
 こうみえても、彼女は、大陸でも有数の町、サンローランの主として、いろいろなことを取り仕切っていたのである。

「私は、男に守られている大人しい女じゃない。男を守りたいと思う女よ。それでもいい?」
 感心したように、魔王は少女を見やった。
「つくづく思うが、俺の女を見る目は確かだな」

 少女は困った顔になる。
「……それは、どうかな」
 少女にもそれなりの意図はある。
 魔王の事は好きだが、それだけで結婚を決めた訳ではない。

「私は、大人しい貴族の令嬢なんかじゃなくて、王妃としていろんなことをやるつもりだから」
「……おとなしい、きぞくの、れいじょう?」
 魔王は理解不能という顔になった。

 少女は自分と魔王が種族が違う事を思い出す。
「……人族では、貴族の令嬢っていうのは大人しくて、血を見るとそれだけで卒倒するような子なんだけど」
「魔族では、貴族の令嬢というのは貴族の称号が継げるぐらいに強いことが前提だ。となると当然、修練にも力をいれるし、努力して力を付けた分、己には自信がある。自信があるから決して無条件で夫に媚びたりはせん」

 少女は考えこんだ。
 魔王と自分との常識の違いを思ったのだ。

 異種族間では、常識がちがうため、誤解が生じやすい。連携がとりにくいのも、その辺に遠因がある。風俗、習慣、常識がちがうので、たとえばある種族で「前進」という手ぶりが、とある種族では「逃げろ」になったりする。戦闘中にその手の誤解が生じたら致命的なので、同種族の部隊がセオリーなのだ。
 異種族では誤解が多い。そのため、もめ事が絶えない。サンローランでさえも。

 魔族は直球でものをずばずば言うぶん、誤解が生じにくい種族だが、お互いの「常識」に、多大な差があるのは否定できない。
「エデン、今日、どれぐらい時間ある?」
「数時間は大丈夫だ」
「ほんと? じゃ、時間ちょうだい。いろいろ……ほんとにいろいろ、話しておいた方がいいと思うの。それで結果的にあなたが結婚を辞めても、それは仕方ないと思う」

 少女は魔王と長い話をした。
 自分が王妃になったら何をしたいか。
 どういう風にするか。
 ――決して、好きだからという理由だけで結婚を決めたわけではないということも。

 それを告げたとき、彼女はかなりの勇気をもって言ったのだが、魔王の反応は乏しかった。
「そんなこと、知っていたが」
「……え?」
「俺が魔王なのは事実だ。それを使いたいというのなら、自由にすればいい」
「――う、うん。えーと、こういうことを、したいなあって思っているんだけど」

 魔王は頷きつつ、意味がわからないところは問い返し、少女はそれに答え、理解を深めつつ長い話し合いを終えた。
 そして、長い時間をかけて彼女の考えを聞いた魔王の答えは、
「いいんじゃないか」
 というものだった。

「……あの、いいの?」
「魔族では男も女も仕事をする。人族のように、男は仕事、女は家事、なんてことはせん。お前がやりたい事を聞いてみたが、意外と地に足がついている」
「……意外と、って酷いわね……」
「やればなんとかなる! とか言ったら、馬鹿かと言ってやろうと思ったが、とりあえずの資金の目途も立っているようだし、お前の人脈を考えれば根回しも協力を頼むことも可能だろう。魔族も、人族の長所を学ぶベきだろうしな。協力しよう」
「ありがとう!」
 少女は輝くような笑顔を向けた。

「あとね……その、こればっかりは授かりものなんだけど」
「ん?」
「事務処理のできる、有能な事務官がほしいの。手配してくれる? ……妊娠したら、どれぐらい動けるのかわからないから……」
 つわりのひどさは人によっても、また場合によっても違うという。さて、こればっかりは動ける程度で済むかどうか、やってみなければわからない。

 しかし、男からすれば遠い心配である。
「できるかどうかもわからんものを、今から心配してどうする?」
 今までの一生で、一度たりとも子どもが欲しいと思ったことのない男の言いそうなことではあった。

 少女は怒らなかった。
「できてからじゃ、遅いわよ。……それに、その……エデンの子ども、できるだけ早く、欲しいし……」
「……おまえ、俺が本体でなくてよかったな」
 少女は顔を上げて首を傾げる。
「どういう意味?」
「わからんならいい。結婚式が終わったらわかるようにじっくり仕込んでやる」
「教えてくれるってこと?」
「ああ、一から十までぜんぶ。ベッドの中でな」
 ――ようやく、意味を理解した少女は頭を爆発させた。

 しかし、七転八倒転げ回ったこの数日で、彼女も少しは大人になっていた。
「しょ、初心者コースでお願いします……」
 と、結婚式を近日に控えた少女は、言葉を返した。



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Date:2015/12/05
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