魔術師という輩は、知的好奇心に満ち溢れた人間である――というわけでもないらしい。
スゾンはサンローランの町に入ってから(入る時にゾンビを入れるなんてとんでもない! と三悶着ほどあったが、主である少女の言葉に最終的には全員が従った)、日々を実験台にされているのだが、魔術師がぞろぞろ要るこの町のなかでも、明確に温度差があった。
一番研究熱心なのは、人族の魔術師だ。
力量的には最下位に位置するけれども、好奇心でまさに舌舐めずりせんばかりにスゾンを研究している。
他の種族がひとりぬけ、ふたりぬけ、次々に実りのない研究に疲れて放棄しはじめても、彼らは一向に懲りるということをしらず、諦めるという事も知らなかった。
何の成果もないのに延々と同じようなことを研究して、何が楽しいのだろう。
それを思えば、スゾンの研究に飽きた人々の気持ちはよくわかる。無為と徒労を繰り返せば、最初はあった意欲はなくなっていくものだ。
むしろ、いまだに諦めない、諦めの悪い人族の気持ちがわからない。
努力は必ず報われるなんてことはない。
報われない努力は無数にある。
なのに、「報われないかもしれない努力」をどうして彼らは続けられるのだろう。
「こういうところが、彼女は好きなんだろうなあ……」
スゾンは呟いた。
人族の知的好奇心。
諦めの悪さ。
そういうところが、彼女のお気に召したのだということは、知っている。
スゾンの能力は、「憑依」。
この能力を身に付けた理由は、簡単だが深刻だった。
簡単に言えば、スゾンは、天空から……つまり、別の星からやってきたのである。
そして、墜落の際に、大気圏に多大なる傷を付けてしまい、空の神(神がいるということには心底驚いた)を激怒させてしまったのだ。
……一歩間違えば、この星の生物全滅の危機であったので、怒りを買ったのは、当然だとは思う。
宇宙船の墜落でできた大気圏の穴は神々の共同作業で補修できたようだが、激怒した神はそんなことをしでかしたスゾンたちに罰を与えた。
罪には罰を。
至極当然の理(ことわり)である。
いくら故意ではなく事故であっても、あわや星一つ全滅するかもしれない状況を作り出したことを思えば、罰を与えられたことに文句はつけられない。
罰として船に乗っていた百人近い全員が肉体を取り上げられ、その時点では皆、精神体で生きていたのだが……、離散し、百年が経過する頃には、ほとんど同胞の姿を見かけることはなくなった。
……疲れて、しまったのだろう。
無為に生き続けるより、空へ……死ぬ事を選んだのだ。肉体はすでにない。生きようという意欲を失うだけで、死は訪れた。
憑依は、決して、万能の能力ではない。
肉体は、持ち主のもの。優先権は本来の持ち主にある。
よって、憑依した彼らが肉体を操るためには、馴染ませる時間と、怪しまれない行動をとらなければならない。
この間のように、「宿主が決して取らない行動」を取れば、さすがに宿主も異物に気づき、抵抗をはじめるのだ。
それに……そうして、他人の体を奪って生きることに、心に咎めがあった。
けれども、彼らは、他人の体を奪わなくては、生きる実感すら得られないのだ。
目で見えるだけで、匂いも、感触もしない世界。精神体である彼らのあるがままの世界とは、そういうものだ。
そんな世界にいれば、生きる意欲は急速に削られていく。
結果として、生きていたいのなら、どこかの誰かの体に間借りするしかない。
スゾンは、恐らく、この世界で
唯二の生き残りである。
死のうと思ったこともないではないが、それは最後だと決めている。自分たちの、最期をみとる役目をしようと、決めていた。
この世界の異物としてやってきた部外者が多大なる迷惑をかけ、そして相応の罰を受けて、少しずつ滅びて行くさまを、神はどこかで楽しんでみているだろうか。
それとも、受けたスゾンですら仕方ない、と思ってしまい、恨む心がなかなか湧いてこない罰なのだから、罰を与えた後は、すっかり忘れてしまっているだろうか……?
どちらでもかまわない。
スゾンは、この、サンローランの町を守ろうと決めた。
「あら、じゃあその呪いを解くのはあきらめたの?」
長い黒髪の、青い大粒の瞳の彼女は、結婚式の準備で忙しいにもかかわらず、一日に必ず一度はスゾンのところに顔を出す。
もちろん、監視のためだ。
そして、スゾンの話を聞いて、悪戯っぽく笑った。
「ええ。……無理っぽいですし、なにより、目的は、まあ、見つけられましたしね……」
「目的?」
「この町、すてきですよ。こんな町、他ではみたことない。色んな種族が、仲良くやってて……」
「あはは。モメ事も結構多いけどねー」
「でも、深刻ないさかいは、少ないでしょう? あっても、ちゃんと、双方の言い分聞いて、公平な裁判してくれるって評判ですよ。裁判官さま」
「ありがと」
少女は、クスッと笑う。
町民は、諍いを公式な場にまで持ち越すことを好まないが、事態が深刻になったとき、司法が判決を下す場が必要だった。
その役目をするのが、彼女だ。
もちろん他に細々とした裁判をする司法官はいるが、手に負えず、彼女のところまで持ち込まれる深刻な係争も年に一、二件ある。
要するに司法権を握っているのである。絶大なる権力、といっていいだろう。彼女が黒といえば、白でも黒になり、その逆もまたしかりなのだから。
また、平和は力で維持されるものだ。
この町に住む異種族たちは、奴隷商人にとっては宝の山に等しい。エルフひとりで一生暮らせるぐらいの金が手に入るのだ。また、国府の干渉、他国の圧力、それらすべてを退けたからこそ、今の平和がある。
平和を守っているものは現実的に、武力なのだ。
そして、彼女が連れ込んだ異種族の面々はすべて、彼女に頭を垂れる。エルフはもちろん、有翼人も水棲種族も鉱物種族もすべてである。彼女への服従こそが、彼女が移住を認める条件であるからだ。
彼女は救った異種族たちに、移住と引き換えに条件を突きつけた。シンプルにして恐ろしいその一項――わたしにしたがえ。
動物は、力でもって群れを作る。人間も似たようなものだ。即決を求められる場においては、話し合いでの解決など国を滅ぼす元である。
まして、サンローランの町では常識がちがう無数の種族と付き合うことになるのだ。全員が納得いく結論、など贅沢に過ぎる。必ず、誰かの不平不満は出る。
そうしたとき、力による統率は、欠点はあるが有効でもある。
一族を救われ、彼女の力を身に沁みて感じた彼らは、恭順の道を選択した。
粛々と、彼らは彼女に下った。当初は不満もあったろうが、彼女は最終決定権を握っても横暴に振るうことは滅多になかったため、今では皆がそれを受け入れていた。
だからこそ、彼女の裁定にはどの種族も従う。司法権を握るゆえんでもある。
異種族たちの異能を握り、絶大なる戦力を握り、司法権すら握っている。
彼女が、実質的にこの町の主、と言われるのは、当然だった。
→ BACK→ NEXT
- 関連記事
-
スポンサーサイト
Information
Comment:0