fc2ブログ
 

あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

4-8 教育と食料とスゾンの事情


 質問は、会話の流れのたゆとうまま、穏やかに紡がれた。
「あなたは、魔族の国の正妃となって、同じことをあっちでするつもりですね?」
「ええ」
 彼女は、すんなりと頷いた。
 隠すような事でもない、と思っているのだろう。

 サンローランと同じように。同じことを。たくさんの異種族が平和に暮らせる場所を。
 彼女の人脈と王妃の権力を用いれば、もっと容易くできるだろう。

「お手伝いしますよ」
「そうね、おねがい。なら、憑依の性質について、教えてくれる?」
 何度も聞かれてきた問い。はぐらかしていたそれに、スゾンは、あっさりと頷いた。

「いいですよ。まず、憑依する先ですが、自我がない人間が一番です。二番目が何か精神的ショックを受けている人間です。逆に、取りつきにくいのは、神の加護か、神器がある相手ですね」
「神の神威がこわいの?」
「はい。なんせ、僕たちの肉体は神に壊されてしまったので……、精神体の状態では近づきたくもないですね。肉体をまとった状態なら、まあ、我慢して接近するぐらいはできますが。あと、興奮して集中しているとき、つまり戦闘中は無理です。興奮しきっているので、入ろうとしても弾かれます。その代わり、その興奮がさめたとき、集中が切れたときは、楽に深くにまで入れます」

「魔法が効かないのはなぜ?」
 これまで何千と聞かれてきた問い。
 違うのは相手は少女だということ。スゾンはこれまた素直に口を開いた。
「僕は、この世界の外からやってきたので」

「……え?」
「海を走る船、あるでしょう。あんな感じで、満天の星空を、走ることができる船があるのですが、故障して、辿りつきました。こことは違うところから来たので、ここの魔法が効かないんだと思います」
 少女は少し首を傾けて考え――頷いた。
「わかったわ」

「――え? 今の説明で、納得しちゃうんですか?」

 いま、相当荒唐無稽なことを言った自覚があるスゾンはのけぞった。
「うん。だって、嘘ついてないでしょ?」
「……はい、ついてません」
 ついたらばれるという直感があったので、嘘はついていない。
 そして、彼女は、嘘をついていないとわかるのだ。

「でね、魔王城に、あなたも付いてきてほしいんだけど」
「……え?」
「いい?」
「いっ、いいです。いいです。願ってもありません!」
「……願ってもありません? ごめん、ちょっと、独特の言い回しでよく分からないんだけど、確認させて。ついてきてくれるのよね?」
「はい!」
 少女は、目に見えてほっとしたようだった。
「あなたの種族、後何人ぐらいいるの?」

「……わかりません。十人以下ぐらいでしょうか」
 スゾンは、ぎりぎり嘘ではない言葉を吐いた。嘘をつけば、見破られるという直感があった。
「正確な人数、わからないの?」
「はい」
「……仲間とばらばらになっちゃったの? なんで?」

 スゾンは、彼女にそれを説明する現実を思って、少し遠くに意識を飛ばした。
 まさか、こんな日が来るとは。

「空から落ちてきた時に、この世界を壊しかけまして」
 ――少女の顔が引きつった。
「神が手を尽くして何とかその危険は回避されたんですが、その結果、神が激怒してわれわれの肉体を奪いまして」
「……そ、それは……」
 なんとも、少女は言葉に困る様子だった。
 それは自業自得だ、とは本人の前では言いづらいことだろう。

「はい。仕方のないことです。それだけのことを、やったので……。なので、恨む気持ちはあまりありません。完全にないとは、言いきれませんが。当初は百人近くいたんですが、ひとりまたひとりと、消えて行きました。生きる気力がなくなると、僕たちはこの世から消えてしまいますから」
「――なんで、仲間内で結束しなかったの?」

「醜い人間は、鏡を見ることを恐れるでしょう?」
 婉曲な言葉だが、意味は、伝わったらしい。
「……本来の自分の体ではなく、取り憑いている状態を見るのが嫌だった、っていうこと?」
「はい。……僕らは、人の命は、世界より重い、そう教えられて育ったんです」

「――はい? なにそれ?」

 少女は完全に理解不能、という顔だった。
 この世界で、人命は、軽い。
 彼女自身、手を血に汚している。

「ええと……あなたの元いたところでは、人が死ぬと、世界が滅んじゃうの?」
「いえ、そういうわけではないんですが」
「じゃ、人が死なないの?」
「いえ、そういうわけでも、ないんですが……」
 少女は困惑しきった様子で首を振る。
「あなたの世界では、殺人とか、強盗とかする人はいないの?」
「いえ……。その、教育、というものでして」
「教育?」

「はい。ええと、殺人をする人は、います。でも、この世界と比べ、発生率はたぶん……百分の一ぐらいです。子どもの頃から人殺しはとても悪い事だ、人の命は世界より重いんだ、そう言い聞かせて育てることで、倫理観を養って、犯罪の発生率を下げているわけです」
「あ、そういうこと」
 少女はやっと、納得したように頷いた。
 子どもたちに、そう言い聞かせながら育てれば、確かに殺人の発生抑制になるだろう。

「もちろん、僕らの世界でも、カッとなってとか、そういう理由での殺人はありますが……とても少ないです」
「――ということは、あなたの世界は、とても豊かなのね」
 澄んだ声に、スゾンは目を見張った。
「すべての子どもに、そんな教育を与えられるだけの余裕がある、そういうことでしょう?」
 スゾンは、少女の洞察力に舌を巻いた。

「それに、私の経験を言わせてもらえれば、どんな教育をされていても、飢え死に寸前のところで目の前の御馳走にかぶりつかずにいるのは、難しいことよ」
「……そう、ですね」

 スゾン自身、自分が死ぬか、あるいは人を乗っ取るかで、後者を選択した。
「国民に子どもの頃からそういう教育を与えられる上に、生きるか死ぬかのそういう選択肢を迫られることがない、平和で豊かな世界。……あなたがいたところは、そういうところ?」
 スゾンは完敗した。
「はい。そういう、ところです」

 少女は微笑んだ。
 優しい笑顔だった。
「あなたのいたところは、とても素晴らしい世界だったのね」
「――そのときは、わかりませんでしたが……そうですね」
 スゾンは、少女の言葉に同意した。

「その世界にいたときは、わかりませんでした。でも……この世界で、とても簡単に人が死に、人が殺されるのを見ると……とても、いい世界だったんだと、思います」
 ここでは、とても呆気なく、人が死ぬ。
 ……とても、あっけなく、簡単に。
 最初に見たときは、衝撃だった。あまりにも容赦なく、人が人を殺すのだ。

「食料難とか、戦争もなし?」
「はい。両方、ないです」
 今度こそ、少女の目に驚きが浮かぶ。興奮気味に尋ねてきた。

「食料難がない……は、まだわかるとして。うん、農地を広げて農業技術を向上すればいいんだもんね。戦争がないの? なんで? あ、教育のおかげ?」
 人命が世界より重いなんていう教育をしているからかと尋ねると、スゾンは半分肯定した。

「半分は、そうです。そしてもう半分は、……なんといいましょうか。戦争やって、お金と人命と資源を浪費するのは損だと、わかってしまったから、ではないでしょうか」
「……? どういうこと?」

「ええと、サンローランには、エルフがたくさんいますね?」
「ええ」
「そのエルフが揃って、最大の攻撃魔法をぶちかましたら、一国は焦土になりますね」
「ま、なるでしょうね」
 その戦力を恐れて、攻めてこないのだ。
「敵国が、同じだけのエルフを抱えていたと仮定します。そして、双方同時に攻撃魔法をふっぱなしたら……どうなります?」
「……両方の国が、全滅するわね」

「そういうことです。貴重なエルフも、双方全滅するでしょう。では、そのエルフが攻撃魔法ではなく、植物を育てるための魔法を使ったら、どうなるでしょう? 農地の生産性は、とてもあがりますね。戦争するより、協力しあったほうが得、なわけです」
 少女は考えこむ。
 スゾンの言っていることはわかる。理屈では、だ。

 だが、「戦争がある」ことが普通だった少女にとって、「戦争がない世界」というのは、具現化して想像することが難しいのだ。
「……あなたの世界では、資源の奪い合いってないの? 少しでも肥沃な土地が欲しいとか、あそこの鉄鉱脈が欲しいとか」

「なかったですね。……資源が欲しければ、お金出して買えばいいじゃないですか」
「相手が、売ってくれなかったら? あるいはお金がなかったら?」
 スゾンはかぶりを振る。
「人が生きていく上で、どうしても必要なのは、端的に言えば食料と、水です。それ以外は、極端に言えばなくてもなんとかなります。そして……僕の生きていた世界では、食料と水は、全ての国が自給できていました。ほかのものは、あれば嬉しい、でも、なければないで、工夫すれば済むことです。富める国は富めるなりに、貧しい国は貧しいなりにやってました、……といっても、貧しい国でも、この世界では裕福な部類に入ると思いますが」

 逆に言えば。
 水と食料がなければ、人は争い奪い合うしかない。貧すれば鈍すというのは、まったくの真実である。
 この世界は、だから・・・争いが絶えないのだと、スゾンは理解していた。

 少女はそれでも納得いかない。
 貧しくとも、食うにさえ困らなければなんとかなる、住めば都というのは一理あるが、同時に、権力者の権力欲の際限のなさも良く知っている。
「あなたの世界の権力者は、むやみやたらと欲しがったりしないの?」
 自分はこれだけ持っているからもういい、そう思える権力者は、むしろ少数派だ。

「この世界のような絶対権力者は、いませんから」
「……え?」
「ええと、ですね。この世界では、王様にかなりの権力が集中しているでしょう? 国によって違いますが、まあ大抵は」
「ええ」
「いちおう、長はいますが、権力が分散しているので、勝手に戦争を始めたりはできません。大臣がたくさんいて、それぞれに権力を持っていて、全員賛成しないと戦争できない……というのが近いでしょうか。それに、先ほど言った『教育』が、根づいているので、戦争したいといっても、賛成する人は滅多にいませんから」

 少女は口元に手を当てた。
「……教育、か……」
 自分との差を、噛みしめるような声だった。
 大げさに言れば、彼女はいま、文化というものを知ったのだ。
「結局のところ、食料と、教育なのね……」
 平和で豊かなスゾンの世界を参考にしたいと思ったが、ちょっとこれは、模倣するのは前提条件が厳しすぎる。

 人を教育するのは、数十年単位で時間のかかる事業であり、金もかかる。更にそれを国民すべてに、となると……。

「あなたの世界は、どうやって食料をそんなに生産してるの?」
「……ええと、工場、ってわかります?」
「――なにそれ?」
 産業革命以前のこの世界には、工場の概念がない。
 スゾンは説明に頭を抱えた。

「……天候や、水利や、土地の豊かさに関係なく、一定の食料を生産できる施設、と考えて下さい。肥沃な土地であろうがなかろうが、たくさんの食料を作り出せる場所、と」

 少女は感心を通り越して呆れに近い顔になった。天候ひとつで飢饉が起き、肥沃な穀倉地帯を取り合うこの世界の常識からすると、もはや想像もできない。
「――すごい、わね……。でも、それってこの世界では、作れないわよね……」
「はい。すみません。僕は作り方を知りません。知っていても、材料が足りません……」

 少女の質問攻めが一段落し、スゾンはそこで、話を元に戻した。

「えっと、話を戻しますね。そういう教育を受けてきた僕らにとって、人に取りつく作業は、かなり、気分的に良くないもので……。
 憑依は、その人間の人生を奪うことです。僕らが受けてきた教育、倫理観から、真っ向から逆らう行為です。人に取りつきたくない、でも、そうしなければ、死んでしまう……。
――仲間を見れば、自分の罪を突きつけられるわけです。それに、僕たちが放り出されたのは荒野で、人が少なく、ひとりの人間にはひとりしか取りつけない、そして人に取りついていないと、早晩僕たちは虚しさにとらわれて、死んでしまう。肉体の争奪戦です」
「……仲間割れが、起こるわね、そりゃ」

「はい。肉体を手に入れた少数の人間たちはそれでもしばらくは行動を共にしたのですが……先ほどの理由で、自然と離散しました。勝手に人の体を使うぐらいなら死んだ方がまし、と消えてった仲間も多いです」
 すらすらと、口から言葉が出た。隠す必要などない。彼女には。

「僕は、死ぬ事を考えなかった訳ではありませんが、……種族の最期をみとろうかと、そう思っています。息絶えて行く様を見届けてから、死のうかと。ですが、急ぐことでもありませんので、その前に、異種族が仲良くやっているこの町を作り上げたあなたに協力しようと思っています」
「…………」
 少女は、聞き終わって頭を抱える様子だった。

「――えーと、つまり、異なる世界の人で、だから魔法が効かないってことで、あなたの同族はいま何人生き残っているかよくわからないってことで、いい?」
「はい」
 スゾンは頷く。
 これもまた、ぎりぎり嘘ではない。世界すべてを見たわけではないので、どこかに自分の知らない生き残りがいてもおかしくないからだ。

 下手な嘘をつけば、見破られる。そして、不信感を与えてしまう。
 勇者の直観力を、スゾンは甘く見ていなかった。

 スゾンはぽつりと言った。
「生きる目的が無くて、退屈なんです」
「……」
 少女は、何かを感じ取ったのか、真顔になった。
「空の神を召喚したところで、おそらく呪いは解いてもらえないでしょうし……炎神が言ったのでしょう? 解けても肉体はとっくに滅んでいると」
「ええ」
「なら、意味がない。……意味がない。だから、少しでも気持ちが引きつけられるものに、力を貸すことで、生きがいにしたいと思いました。間違ってますか?」
「……間違っては、いないわ」

「というわけで、あなたに、協力します。どんどん使って下さい。非協力的な人間に僕を取りつかせると、まあすぐには無理ですが……一か月ぐらいで体を使えますよ」
「――あー、うん、なるほど」
 彼女は遠くに視線を飛ばす。
 確かに利用価値は莫大だが、人の体を乗っ取れと命じるのは気分が悪いと思っているのだろう。

 優しいことである。
 もっとも、いざとなればその優しさを一瞬で脱ぎ捨てる苛烈さも持っている事を、この間、知ったけれど。
 スゾンが生身の人間でも、殺されていたかもしれない。大切なエルフを守るために。口を封じるために。……もはや完全に悪役の所業だが、あそこまで言い切った彼女はやるだろう。
 スゾンはふと、そこまで彼女に大切にされているエルフに、胸が騒いだ。





→ BACK
→ NEXT


 
関連記事
スポンサーサイト




*    *    *

Information

Date:2015/12/05
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする