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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

4-10 昔から酒は愚痴の友です


 森の精霊族であるマーラは、人族とは食物からして違う。
 彼の主食は果物だ。植物性のものなら食べられるので、穀物もパンも口にできるのだが、やはり生の植物が最もおいしく、その中でも果物が甘くて美味である。
 しかし、果物というのは結構高い。冬ならば尚更高い。
 しかし、家には季節を問わず、常に果物が数種、中には海を渡ってきた高価な果物なども常備されている。むろん、彼のためだ。

「マーラ。いい加減に、したほうがいいぞ?」
 同席しているダルクは忠告した。
 酒場のテーブルの上には、開けた瓶が山ほど林立していた。
 マーラは、果実酒は呑める。それを文字通り浴びるほど飲んでいた。それでようやく、酔いが忍び寄ってくる。

「……ダルク、あなたは、一緒に行くんですよね……」
「俺は、あいつの、虜囚だからな」
 そっけなく言う言葉に、まるで遥か遠くに置いてきた故郷を覗いたような、不思議な愛しさが滲んでいた。
「…………ご母堂は?」
「もちろん一緒に移住する。……あんたも一緒に来るんだろう? もちろん」
「……それは」
「来ないのか?」
 ぎょっとして、ダルクは尋ねた。

「おいおい……。あんたが来ないでどうするんだ」
「…………あの子は、私に、来てほしいとは言ってませんよ」
 ダルクは頭をかきむしった。
「――あのな。現実問題として考えてみろ。あいつは、人族だぞ? 魔族の中に入っていくんだぞ。お手軽な能力上昇剤として、欲しがる連中が山ほどいるなかにだぞ」

 マーラの動きが止まった。

「生粋の魔族なら、あいつを一目見れば好意を抱く。でもな。生粋の魔族は、だからこそ、あいつを食おうとするだろう」
 人族は、魔族の家畜。
 豚を食べるのに、なぜ躊躇せねばならない?
 ましてやそれが、魔王の伴侶になるなど許せるものではない。
 一石二鳥。
 食えば能力が大幅に上がり、人族を娶るなんていう不名誉からも逃れられる。
 そう思う魔族が、いないとは、言いきれない。いや、確実にいる。
「…………」

「あいつは強い。でもな、妊娠したら、同じように動けるはずがない。となれば、わかるだろう?」
「~~~っ」
 マーラは顔に手を当て、呻いた。
 わかる。予想できる。
 彼女は、殺害され、食われる。
 穿って言えば、それこそが人族本来の役割だ。人族は、魔族の糧になるために生まれたのだから。

「身籠ったあいつは、自分では戦えない。戦えないからこそ、裏切りの心配のない、自前の戦力を持っていく必要がある。魔王の警備任せにしたら、どれだけ中に造反者がいるかわからん。以前の内乱を思い出せ。よって――俺たちは、あいつに付いていく必要がある。わかったか」

 ぐうの音もでず、マーラは呻いて、酒精の滲んだ目でダルクを見た。
「……あなたに諭される日が来ようとは……」
「あんたは、珍しく無様だな」
 本当に珍しい、とダルクはマーラを見やる。
 彼が酒に逃避しようと努力している姿など、初めて見る。
 その理由は――考えるのは野暮というものだろう。

「……やっぱり、あんたも寂しかったんだな」

 彼女は、王妃になる。
 結婚後、このメンバーで一緒に冒険をする事など、二度とあるまい。
 冒険者をやめ、勇者の称号を返上し、純白の衣装を身に纏って花嫁になる。一国の支配者の妃となるのだ。
 もう二度と――土埃と血に塗れながら戦場を共に駆けることはないだろう。

 それを思えば、マーラが酒に逃避したくなった気持ちも分かるというものだ。ダルクの中にも、同じ気持ちは在留している。
 ただ一つ違うのは、ダルクは恐らくは今後一生、彼女に繋がれたまま終わるが、マーラはそうではないということだ。
 マーラは、どこへでも行ける。それは自由でもあるが、寂しいことでもある。

 ダルクは一生、彼女から解放されることはないだろう。なぜなら、ダルク自身がもはや解放を望まないからだ。
 ダルクは、彼女の側で光を浴びた。光を浴びて生きる生活に、慣れてしまった。その心地良さに。

 罪の意識を感じなくてもいい、良心を殺していかなくてもいい、人として当たり前のことをして、当たり前のように感謝をされる、そういう「普通」の生活を彼女はダルクにくれた。
 半魔族であっても、サンローランの町でなら、普通に買い物ができ、普通に手助けをしたらお礼を言われ、人助けをすれば感謝を言われる。そういう、人としての普通の温かい暮らしを、ダルクは味わってしまった。

 光の中に、いたい。

 けれども、ダルクは、彼女が手を離したら再び闇に沈むだろう。痛切に、己でもわかるのだ。ダルクは、自分ひとりでは光の中にいられない。彼女に手を引かれて初めて光の輪の中に立てる存在だと。
 だから、ダルクは彼女に繋がれるのを望む。
 王妃となる彼女の隣で、忠実なしもべとして、危難の際には彼女の盾となり剣となろう。
 彼の外見はほとんど純魔族だ。魔族の国で、高位の魔術師にして魔族が彼女に忠誠を誓うということは、多少の意味があるだろう。

 酒でくだをまくエルフを、ダルクは共感を宿した優しい目で見つめた。そんな顔もできたのかと、しらふだったらマーラも驚いただろう顔だった。

「俺としても、あんたが一緒に来てくれれば有難い。……来てくれるんだろう?」
 答えは、わかっていて聞いた。
 このエルフは、己自身よりも少女を大切にしている。なら、ダルクが指摘した危険があるかぎり、道は決まっていた。





魔族にとって強い人族は、ゲームで出てくる「力の種」とかの材料だと思っていただければ。
第一章に出てきたあの人は、豊富な財力で裏市場でそういうのを買いあさり、強くなったという裏設定。金=力です。


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Date:2015/12/05
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