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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

4-13 食べることは喜びです


 ご飯を食べることは人生の大いなる喜びだ。
 心の底からそれを信じている彼女は、豊かなサンローランの屋台を思う存分満喫していた。

「これはなんだ?」
「子芋を油で揚げて串にさしたもの。美味しいよ。食べる?」
「食べる。亭主二つくれ。これは?」
「穀物の粉を水で溶いて卵と混ぜて、野菜や魚介と一緒に焼いたもの。香ばしくって、魚介の旨みが出てて美味しいよ」
「これも貰おう。あれは?」
「皮つきの果物ってすぐに食べられないでしょ。それを剥いて、カットして、すぐに食べられるようにしたもの。珍しい果物じゃないけど、甘くって手軽に食べれて美味しいよ~」
「うまそうだな、それも貰うか」
 というわけで、ふたりしてずらりと並んだ屋台で食べまくった。

 お代? もちろん魔王もちである。
 魔王はずらりと並んだ多種多様な屋台街に、別の意味での関心をそそられたようだ。
「しかし……この町は品が豊富だな」

 海の幸があるのはわかる。漁港だから。
 穀物もある、果物もある、しかも魔王が見たことのない種類のものが山ほどある。
 ズラリと並ぶ屋台を見ただけで、この町がいかに豊かか判る。

 少女は魔王に買ってもらった串揚げを食べながら答えた。
「うん。サンローランの税だけで、この国の税収の一割を占めるかな」
「農地はどこにある?」
「森の精霊族がこっちにはいるもの。それはなんとでも」
「農地あたりの収穫量を跳ね上げている、ということか?」
「そういうこと。もちろん、持ちこまれる農作物もいっぱいあるけど、町の内部の農地は少なくないわ」
「……ふむ。居住区画はどうなっているんだ?」
「南に港を抱えているこの町では、大きく分けて二つに分かれるの。誰にでも入れる区画と、入れる人間を峻別する区画。基本的に後者に入れるのは私と、特別な人だけ。前者の区画の中で、居住区画と商業区画と農地に分けて、……うん、まあ、地価は相当高いなあ。居住権はこの国でダントツで高いかな」

 それに、魔王は懸念を示す。
「人の循環がないと、衰退するぞ」
「さすが王さま。でも、為政者こっちが地価を操作するわけにはいかないし。商人たちが決める相場の流れに為政者が口出しするのって、大抵いい結果を生まないもの。それに、なにより、ほいほい移住者を受け入れるわけにはいかない土地柄だから」
「それは、そうだな」

 魔王は先ほどからチラホラ見かける異種族を見やった。
 青い肌の魔族が屋台に近づいていく。
 人族も慣れた様子で品物をやり取りし、金を払って何事もなく取引は終わった。

 異種族がこれだけ住みついているのだ。
 聖光教会は基本的に異種族の人権を認めない。人族の町では、異種族は、捕らえたものの所有物とみなされる。サンローランでは通用しない理屈だが、この町から連れ出してしまえばそこまでだ。
 この町から一歩外に出てしまえば、「正常な」人族の理屈が通用する。

「――農地をつぶさずにいるのは何故だ?」
 この規模の城壁でぐるりと囲っている町になると、内部の農地は減少していくのが常だ。
 囲う、ということは土地が限られるということでもある。増加する人口を支えるだけの家。店。需給の関係。農地にしておくより、その分近隣の農村から買い上げた方がいいからだ。
 地価が高い、ということは、農地を売れば莫大な金になるということだ。農地の所有者は売って多額の金を手にし、農地は建物が建てられていくものなのだが……。

「籠城する羽目になったとき、最低限のものは備えておきたいの」
「……なるほどな。それほど、敵が多いのか」
 魔王の国は遠方にある。
 人族の国において、この異種族が混在する町に反発がないはずがないというのはわかるが、元が魔族なので、いまいちピンとこない。

 基本的に、魔族の考え方は「寛容」なのだ。大ざっぱとも言うが。
 異種族に対し、毛を逆立てる人族のふつう・・・の考え方を、一生芯から理解することはできないだろう。

「一度、町が大群によって攻められたことがあってね」
「大群? 軍ではなく?」
「魔物の住む土地で、血の滴る家畜を持った馬が駆け回るとね、どうなると思う?」
「魔物をひきつれて、どこかの馬鹿がこの町を襲ったわけか――」

「もちろん一人じゃないわよ。百人ぐらいが同じようなことして魔物を引きつれて死兵となってサンローランにつっこんできたわけ。相手にとっては運悪く……というより、まあ、勇者の恩寵でしょうね。本来その時留守にするはずだった私は町にいて、そのおかげもあってあっさり撃退できた。でも、次から次へと来るのよねー。百人がいっぺんに来てくれればいいものを、日にちを変えて、分散してきたのよ。城壁の外に出ていて、そんな魔物の大群に出会ったら普通の人は最後でしょ。門扉を閉ざし、しばらく籠城せざるをえなかった。三か月ぐらい。その時の経験がね」

 その後、少女は借金をして農地を買い取った。
 今は貸して農作物を作ってもらっている。
 実質、この町の農地は彼女の個人資産だ。お陰で借金がまた増えたが、いくら高いといっても彼女たちの装備に比べればたかが知れている。

「ある程度の農地があって、エルフがいる。なら籠城になっても食料の心配はとりあえずなくてもいいでしょ」
 魔王は少しの間、沈黙した。
「……意外と、よく考えてるな」

 人類みな兄弟、悪いことをする人なんかいませんわ、攻めてくる敵なんかいませんわ、だから野蛮な軍隊なんか不要ですわ、おほほほほ、と思っているとはさすがに思わないが、この町を狙う敵に対して、重々用心しているのがわかる体制をとっているのが不思議だった。

「――あのね、頭に花畑を咲かしている人間と一緒にしないでよ。僕は武器をもちませんー、だから悪い人はこっちにひどいことをしませんー、なんて幼児じゃあるまいし思うはずないでしょ」
 しかし、その幼児並みの人間が存在することも事実である。

「お前が用心していることはわかった。そのお前がいなくなって、サンローランは大丈夫なのか?」
「実務は有能な評議会がほとんどやってくれてるしねえ……。実戦力はほとんどサンローランに置いていくし。何かあったらマーラ経由で連絡貰えるようにしてあるし。大丈夫じゃないかな?」

 サンローランを守っているのは、彼女の名声とその戦力だ。
 エルフの集団が攻撃魔法を叩きこめば、力寄せの軍勢は壊滅できる。
 搦め手から来るにも、真偽を見分ける種族がいるのでかなり難しい。
 食料の供給線を断っての兵糧攻めでも、港を抱え、水棲種族を抱え、内部に農地を抱えるサンローランを飢えに追いやるのは、実質不可能だと言っていい。
 海を封鎖する船舶は海洋種族の、海中から船底に穴をあける戦法の敵ではなく、海を封鎖することは無理。そして海があれば漁ができる。

 問題は主力である森の精霊族が植物性のものしか食せないことだが、農地があるからそれも大丈夫、となる。

「なるほど……大丈夫そうだな」
「ちょっかい出してくる輩には何度か痛い目見せてあげたから、大丈夫だと思うんだよね。それに……」
 少女は言い淀み、そして口を開いた。
「サンローランは、もう単独でやっていけるほどに自立した都市だわ。そろそろ私は手を引く時よ。たったひとりで支えているものほど、そのひとりが崩れたとき、崩壊も早い。名将とうたわれた人が率いる軍勢ほど、名将が倒れた時に脆いものはないのよ」

 彼女はどこかでその実例を見たことがあるのだろう。重いことばだった。



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Date:2015/12/05
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