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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

4-14 天然は最強です


※注意。糖度高めです。



 人目を引く秀麗な男女が二人、屋台の食べ物をつつきあいながら、喋ることはおよそ色気とはかけ離れた話である。
 魔王は不意にそれに気づいて、彼女がかじっていた果物を取り上げて自分の口に入れた。

「あ! 私の果物っ!」
「買ってやるからいいだろう」
「食べかけだったのにー」
「食べかけだからいいんだろうが」
 一拍開けて、意味に気づいた。

「う、うん……」
 少女は頷いて、新しい果物を買ってもらう。
 ちなみに、繰り返すがお代は魔王もちである。

 以前アランに奢ってもらうときには突っぱねたが、友人に言われて考え直したのだ。
 ――甘えて、立てる。それもまた必要なことだと。

「じゃ、あなたのそれちょうだい」
「……いいのか? ほら」
「ありがとう」
 というわけで、逆に魔王がかじっていた牛の串焼きをもらう。
 ナルホド、食べかけだからいいのだ。
 ちょっと抵抗はあったが、それをこらえて呑み下すと、すぐに慣れた。

 なんだか幸せな気分になってえへへと笑いつつ頬張る。
 あれだけ大変だった結婚式の準備もほぼ終わり、もうすぐ、自分は彼の奥さんになるのだ。

「……幸せそうに食うな。食べるか?」
 買ってもらった果物を笑顔で受け取り、一つ差し出す。小さな木の串がついていて、それで突き刺して食べるかたちだ。
「うん。エデンも」

 どこからどう見ても、いちゃいちゃしている男女の図である。
 おまけに魔王は、結構な美丈夫であり、そして少女も、今やかなりの美少女に化けていた。化粧って恐ろしい。
 そんな二人が目を引かないはずがなく……、少女は提案した。

「美味しいお店があるからあっちいこ」
「――まだ食べるのか、おまえ……」
「え? ぜんぜん。まだ腹一分目ぐらい?」
 魔王は諦めた。

 幸せそうに食事を平らげる姿は見ていて気持ちのいいものだ、ということもある。
 手持ちの屋台食を食べつくすと、少女は手を取られた。
「あ……いま、手がべたついて」
 いるから、と言いかけて言葉を止めた。
 手の中にふわりと水の流れる感触があり、そしてすぐに消えた。
 手はすっかり綺麗になっている。
「……ありがとう」

 そういえば、魔王さまだったと、少女は思い出す。
 よくマーラが入浴後、魔法で水分を取ってくれたが、同じようなものだろう。

 綺麗になった手で、元通りに手をつなぐ。
「ありがとう、優しいね」
「男は、どうでもよくない女には優しいぞ。誰でもな。男が優しくないのは、優しくさせるだけの価値がその女にないからだ」
 身勝手な男の言い分そのままである。これを発展させると、「男が女に暴力をふるうのは女がいたらないせい」になる。
 少女はむう、と口をとがらせた。

「私はいいけど、男の人は女の人に優しくなきゃだめだよ。ずっとか弱いんだから」
 自分はいいのだ。普通の男よりずっと逞しいから。でも普通の女性は、男よりずっとか弱いのだ。
「ほう。お前は、俺がのべつまくなしに女に優しくするほうがいいのか?」
「……そ、それはいやだなあ」
「そうだろうそうだろう。そういう事だ」

 言いくるめられて、ちょっとばかり少女は不得要領な顔になったが、言い返すことはしなかった。

 そうしてしげしげと魔王の顔を覗いてみると、肌が青黒いせいで気がつかなかったが、結構な美形であることに気づく。
 これまでは魔族というカテゴリ分けして無意識のうちに区別していたのだ。
 どんなに美しい景色でも、恋はしないように。
 それが同じ肌色になり、人族の基準で見るようになって、やっとすとんと心のうちに入ってきた、そんな感じである。

 一国の王様で、美男子で、そんな相手が自分のことを好きだと言ってくれている……。ちょっと前までならうぎゃあと言いそうな状況だが、少しは成長した。

 握られた手が温かくて気持ちがいい。
 顔を見た瞬間に、心を覆っていた雲が吹き飛んで、幸せな気分になる。
 じいっと顔を見ていると、魔王が振り返った。
「……どうした?」
「好きだなあって」
 魔王は一瞬体を固め、重々しく言った。
「――これを演技でなく素でやるからすごいな」

「ん? なんで?」
 自覚なしの少女は首を傾げ、魔王は肩を落としてため息をついた。
「……いや。天然は最強だなと思っただけだ」

 店に入り、メニューを見てお勧めを聞く。
「コメもあるのか」
「温暖湿潤の場所ではコメの方が小麦よりも収穫率いいよー。あと脱穀が楽だからね」
 小麦の脱穀は、殻が固くて剥がれにくいので、殻ごと挽き潰してから篩(ふるい)にかけて殻を落とす。このとき、殻だけを取り除きたいのだが、現実はそうはいかない。小麦粉もすこし捨てられてしまう。
 一方、米の脱穀は殻と実が剥がれやすいので、つつけば剥がれる。

 コメを使ったメニューを頼み、魔王は尋ねた。
「この地方では米の生産をやっているのか?」
 少女は要点を素早く悟って答えた。
「うん。気になるなら少し持ってってみる? 種もみあげるから。ただ……あんな高地で芽が出るかどうかは……」

 魔王はやはり王なので、この町の豊かさ――種類の豊富さが気になるようだ。
 魔王の治めるゼトランド王国は山岳地帯であり、標高が高いのが問題だ。
「あの『種』はどうしたの?」
「駄目だ。単一の作物しかできん。だからできれば複数の作物を植えたい。危険を分散させるためにもな」
 たとえば、サンローランでは多種多様な食物がある。だから、一種の作物が不作になっても食糧不足になることはない。

 要は、食料の供給元を、複数持っておきたい、ということである。
 だがしかし、現状で問題がないので、人員の熱意が足りず、なかなか進まないらしい。

「取り越し苦労だ、とか気にし過ぎだ、とか言われるとツライよねー」
「まったくだ」
 うんうんと、サンローランの主と、ゼトランド王国の王は、やっぱり色気と縁のない会話をかわす。
 少女も為政者の苦労はよくわかる。
 あんな高地では交易の流通経路を新たに開拓するのは一苦労だろう。

「うちは私が絶対命令権を握っているから強行できるけど、そっちじゃそうもいかないんだ?」
「魔王はころころ交代するからな。反対を押し切ってまで、ということができるほど権力があるわけじゃない」

「品種改良とか、そういうのに適しているのは人族なのよねー。魔族は、どうしても根気が足りないから……」
「……本当のことだから否定はできんが……」
 魔王が渋面になったとき、料理が運ばれてきた。

 口の中で広がる香ばしい鶏肉の味。
「美味しい」
 鶏の胸肉の表面をカラリとローストしたステーキの味は絶品で、まさにプロの味だ。
 少女の顔がほろころび、次々にパンに手が伸びる。
 肉汁をたっぷり吸ったソースをパンですくって食べ、チキンを頬張ってまた食べる。

 その顔を、魔王は微笑ましい気持ちで眺める。
「お前は本当に幸せそうに食べるな」
 前々から思っていたが、彼女は食べ物を実に美味しそうに食べる。幸せそうに、ぱくぱくと。
 それを見ているだけで、こちらまで幸せになって来るような顔だ。

 少女は力説した。
「美味しいものを食べることは幸せだよ! 食べたくたって食べれないことだって多々あるんだから」
 そういう少女は相変わらず健啖家だった。
 小気味いぐらいの勢いで、皿をカラにしていく。
「そうか……」
 抵抗せず、魔王は頷いて料理を一口口に運ぶ。
「うまいな、たしかに」
 好きな人間と、にぎやかに食べる食事はどんなものでもうまい。

 そういうニュアンスを込めて言ったのだが、もちろん少女が気がつくことはなかった。



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Date:2015/12/06
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