少女と話をしながら、魔王は内心で彼女の評価をかなり上方修正していた。
少女が先ほど言ったほどではないが、夢見がちな理想主義者――というのが、魔王の彼女の印象だった。
だが、地に足がついている、理想主義者だったようだ。
実際に自分の目で見たサンローランは、予想よりずっと繁栄した町だった(以前来たときは観光しなかった)。
取り扱われる品数、数量ともに、彼の国の王都と匹敵する……いや、上回っているだろう。
サンローランが港町であるということ、ゼトランド王国が高山地帯で物流が少ないことを考慮しても、これは一地方都市としては異例のことだ。
そんな町を作り上げた少女が、内政に無能なはずもない。
魔王の質問にも何が聞きたいのかすぐ読み取って的確に答えてくれる。為政者として気になる点を、把握しているからだ。
色々突っ込んで聞いてみても、さらりと答えられる。相当の知識があった。
はて、これは実務で鍛えられるレベルだろうかと思うほどだ。
ともかく、これだけ教養があれば、官僚と論戦になっても切りぬけられるだろう。
もう一つ気づかされたのは、少女がこの町において、絶対君主にもなれるほどの権力を握っている事だ。
各国の王族への人脈。
この町の土地のかなりの部分を握っていること。
エルフたちの親愛。
この町の防衛その他重要な仕事をになう異種族たちへの絶対命令権。(それがあるということを匂わせ、交渉のカードとして使うだけで相手は折れる)。
司法権。
これだけ揃っていて、この町で彼女に逆らうのは非常な難事だ。
たとえ反対者がいたとしても、彼女が何かを主張すれば彼女の主張が通る。
そして実際、彼女の主張通りにやって、この町はここまで発展したのだから、何をかいわんや、だ。
彼女に反対することが非常に難しい空気が醸成されていることは、想像にかたくない。
そこまでの絶対権力を握っていない魔王としてはサンローランにおける彼女の立場は羨ましい。
が。
物事の創始者と、継承者では、与えられる権限に大きな差がつくのは当然のことだ。
少女はこの町をつくった。だから、この町における権限は彼よりずっと大きい。それだけのことである。
――それに、ここまで過度の権力が一人に集中していることは、害も多い。
料理を食べ終わり、食後のお茶を飲みながら少女は尋ねた。
「ところで、こっちはなんとかなったけど、そっちは大丈夫なの?」
主語は省いているが、理解できた。
「ああ。反対はおさえこんだ。やはり、お前と面識があって、お前がざくざく魔族を切り捨てたのが大きかったな」
「んー……。ま、いいか」
女性として、引っかかる部分がないでもないが、スルーすることにした。少女は自分が強いといわれることにてらいはない。万人が認める事実として、自分は強い。そう素直に認めている。
「あ。大事なこと忘れてた。持参金はいくら持っていけばいいの?」
「……ジサンキン? すまんが意味わからん。人族の独自のことばか?」
人族の起源が起源なので、人族の使う言語は魔族のそれと同じ、多くの種族が使用している共通語である。
しかし、その種族内でだけ使われる、独自の単語も、もちろんある。
「……ええと、持参金、っていうのは、結婚する女性が男性の家に渡すものなんだけど……」
「結納のようなものか?」
これまた人族独自の制度だが、こちらは聞いたことがある魔王。
「う、うん、そうかな。たぶん……」
「変な制度だな……。なんで結婚するのに金がお互いを行ったり来たりするんだ?」
「…………」
魔王の、素朴なだけに他意のない無邪気な疑問に、少女は撃沈した。
そう言うモノだから、で思考停止していることが人間に山とある。
それについて、外部の人間に疑義を投げかけられると、思考停止してきたことを考えなおし――今までの常識がひっくり返されてしまうのだ。
「……あ、あの、ね。そういう風習があって。理由は特にないけど、女性は男と結婚するとき、持参金をつけないと結婚できないっていうか……」
農家ならそんなことはない。だが町家ではしっかりある。貴族ではそれはもうある。王族では領地までが持参金として行き来する。
「下らんな」
異種族の魔王はばっさり切り捨てた。
「だいたい、結納で金を貰って、持参金でそれを返すだけではないか?」
「……大抵は持参金の方が遥かに高いです」
これは、心底意外だったようだ。
「なに? ……人族の女は、大変だな」
蚊帳の外にいる異種族から客観的に、哀れみたっぷりに言われて、少女はかなりヘコんだ。
「そんな制度があるのなら、夫が妻を殺すこともあるのではないのか? その持参金とやらを目的に」
「……ご名答でございます」
「なに? 本当にあるのか?」
自分で言ったくせに、魔王は目を見開いて驚く。
「……なるほどなあ。お前の耳に入るぐらい、そういうことがあるということが公然の秘密だというのに、その制度は無くならんという訳か。そんな、女にとって不利で、男にとって有利な制度を無くしたいという女の意見などだれも聞かんということだな」
彼女のぶつ切れの短い言葉でそこまで魔王は読み取り、ズケズケと正直なだけにつきささる感想を言う。
「人族の女はほんとうに大変だな」
魔族に、心から、しみじみと同情されてしまった……。
もう、少女は泣きたい気分だった。
彼女が色んな男に政略で求婚されたのも、それが理由だ。
彼女と結婚=サンローランが持参金でついてくる、と勘違いする馬鹿がまことに多いのである。
阿呆か、と言いたい。
この町を、彼女が育てたこのみんなが仲良く暮らせる理想の場所を、いったいぜんたいどうしてそんな奴らの手に渡せようか。
それなら結婚などしないに決まっている。
しかしその反面。
この町を守る大きな力であるエルフと親愛を結び、異種族たちの絶対命令権を握った彼女を手に入れればこの町をどうこうできる、というのは決して間違った考えではないのだ。
それが一人に権力を集中させることのデメリットである。その一人が誤ったとき、それを制する者がいないのだ。
彼女を握れば、サンローランはついてくるというのは、事実に近いことではあった。
「――それで、お前が不安がっているのは持参金の額か?」
「う、うん」
彼女の個人資産を現金に換金すると、捨て値でさばいても城が建つ。城が買える、ではなく、城が建つ。
「いらんな」
それを、魔王は一言で蹴っ飛ばした。
「どうせお前のことだ。サンローランに関する権利は放棄してくるつもりだろう?」
「うん……まあそれは当然するつもりだったけど」
サンローランの生殺与奪権を持ったまま、嫁ぐ気など最初から毛頭ない。
「魔族ではそんな馬鹿げた制度はないから、気にすることはないぞ。お前は身一つで嫁いでくればいい」
寛大すぎるほど寛大な言葉に、内心かなり気負って聞いた彼女は気が抜けた。
がっくりと首を垂れる。
「……いや、いろいろと持ちこみますけどね。ええ、私の装備とか、財産とか」
「ああ、それは好きにしていい。どうせこっそり人に給与を出したり、町づくりをしたりするのに使うんだろう?」
嘘をついている様子は――ない。
持参金なし、へそくりの持ちこみオッケー、使い道は全て彼女の自由でいい――魔王のことばを聞いて、嬉しいと同時に、悲しくなってしまった彼女である。
「……ねえ、魔族の結婚ってみんなこう?」
「こうだな」
「……エデンがさっき、可哀想だって言った理由がすごくよくわかった……」
人族の結婚と比べ、なんという待遇の良さだ。人族の女性がへそくりを持ちこんだら、見つかり次第婚家に根こそぎ分捕られ、なんで隠しているのかと叱責されるのが「普通」である。
「私、結婚するのがエデンで良かった……」
彼女も人族なので、結婚相手に魔族を想定してみたことはなかった。考える以前に、想像の範囲外だったのだ。
もし彼女が魔王に負けなければ、そして魔王が彼女に求婚しなければ、一生こうはならなかっただろう。
少女は微笑み、気軽にその一言を言う。
「私ね、誰かと結婚する気、なかったんだ。そう遠からず死ぬだろうと思っていたから」
その一言に、豪胆な魔王が反応できなかった。
――実のところ、彼女は自分のことを、そう長生きしないだろうと踏んでいた。
だから、結婚のことを考える必要もないと思っていたのだ。
暗殺者がダース単位でいて、勇者の恩寵で厄介事がドカドカ降って来て、おまけに冒険者稼業。
自分が殺めてきた多くの命のように、いつか自分の命も摘み取られるだろう――。その想像はあまりにも身近だった。
一生、結婚をする事もないだろうし、それでいいと思っていたのだ。
「私に、求婚してくれてありがとう。断っても諦めずにいてくれてありがとう。今日も、忙しい中ワガママにつきあってくれてありがとう」
あの出所不明の不安感は、綺麗に払拭されていた。いずれまた出てくるだろうけど、いまは。
そして、今だけでも解放されたということが、重要なのだ。
「人を見る目には結構自信あるのよね。うん、エデンを選んで良かった」
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