三日目の晩。
少女は、嫌な予感がした。
経験からくる学習、というやつだ。
女魔族たちは今日こそは! と目を吊り上げ髪を逆立てんばかりの気迫で少女をめかし込ませた。
もう夜着はローブというより布切れの頼りなさだ。とろけるような極上のシルクだが、そんなものを着なれていない少女にとっては柔らかすぎ薄すぎて、頼りない素材としか思えない。
そしてそんな柔らかい素材なだけに、少女の体の線をくっきりと浮かび上がらせる。
腰まである黒髪もこの三日、念入りに手入れされ、見たこともないほどさらさらになっている。一回転すると、まるで衣の様に空気にほどけて弧を描くほどだ。
日焼けした肌に薄絹をまとい、入念に手入れされ天使の輪を浮かべた髪がその上に流れる。
少女自身はあまり色気があるとは言えないのだが、恰好は充分なまめかしい。
この扉の中に何があっても、驚くまい。
少女は深呼吸して、扉を開いた。
その中には、魔王がいた。
一人しかいなかった。
背後には、巨大なベッドがそびえていた。
何度も言うが、魔王ひとりしかいなかった。
「……」
つい、顔が引きつるのを止められなかった。
いや、これが、あるべき姿なのだけれど!
「何を固まっている。早く来い」
「え、ええと、……はい……」
少女は魔王に近づく。
この魔王はなかなか見目がいい。
少女はダルクを見慣れているので、青黒い肌に対して、よくある人族が反射的に感じる嫌悪感はない。
……まあ、いいか……。
少女は諦めた。
ここ数日、魔王を見ていたが、そう悪い人ではなさそうだし、なにより、彼は勝ったのだ。
勝者には敗者をどのように扱ってもいい権利がある。
魔王は少女の肩に手をおく。びくりとした。
薄い布越しに、体温を感じて、どうしようもなく恥ずかしく、少女は顔を真っ赤にして俯く。
痛みなら、耐性がある。でも、こういう恥ずかしさには、まるで免疫がない少女だった。
「おい……がちがちだな」
少女は顔を俯けたまま言う。とても、顔を上げられない。
「わ、わかってる……でも大目にみて。どうすればいいのかぜんぜんわからない……」
耳まで真っ赤の少女を見て、魔王は悪戯心を刺激された。
顎をつかみ、強引に上向かせる。その顔は、紅潮し、突然の狼藉に歪んでいて……。
「おい、可愛いな」
そむける事を許されない顔面が赤度を増す。
「す、すすするなら早くしてよっ!」
睨みながらそう言う顔があまりに可愛いので、そうしようかとかなり思ったが、自制した。
魔王は寝台に腰掛け、隣をぽんぽんと叩く。
少女は一瞬逡巡したが、素直に腰を下ろした。
「あのドラゴン……どうやって仲間にした?」
「コリュウのこと?」
初夜の床で、寝台の上。
何でそんな事を聞くんだという顔だったが、魔王が促すと話しはじめた。
「コリュウは、お母さんドラゴンが死にかけていたところを出会ったの。そのとき、まだコリュウはお母さんの胎内にいて、お母さんは瀕死の状態だった。どうして竜族が瀕死だったのかは、知らない……。私が初めてその竜を見たとき、彼女は死にかけていたから。そして、彼女は思念で私に頼んだの。胎内にいる子を助けてくれ、と」
「お前は、そうしたんだな」
少女はこくりとする。
「お腹を、裂いたわ」
重い言葉だった。
「竜の鱗は硬いけれど、彼女に抵抗の意志がなかったから、なんとかできた。コリュウを助けて、お母さんドラゴンは力尽きた。コリュウはその時、本当に小さくて。私が保護しなければそのまま死んでしまったと思う。見捨てるなんてとてもできなくて、育てることにした。コリュウは、母がわりとして私を慕ってくれたの……」
魔王は額に手を当てた。
「……なんだか、わかってきたぞ……」
様々な異種族混成のメンバーたち。
「どうして人間嫌いで名高いエルフまで仲間にいるのかと思ったが、そういうことか!」
「そ、そういうことってどういうことよ!」
「無闇矢鱈と善意を振りまいているんだろう。見境なしに」
「……人を性欲で目をふさがれた女日照りの男みたいに言わないでよ……」
「まあいい。―――で、それが何年前だ?」
「五年……以上前かな。だから、コリュウとは長い付き合いよ。私が冒険者になる前からだから。コリュウがいたから、私は村が魔物に滅ぼされたときも、逃げることができた」
魔王は興味深く聞いていたが、率直に感想を言った。
「しかし、お前、ネーミングセンスないな」
ぐさっ!
「子どもの竜でコリュウか? そのまんまだな」
ぐさぐさっ!
「今はいいとして、あいつはその名前をずっと使わなきゃいけないんだぞ。見上げるほどのでっかい竜の名前がコリュウ。うん、素晴らしいほど似合わんな」
少女自身も気にしていた急所にクリティカルヒット!
「あ……あなたねえっ! 玉座の間で生活しているような魔王に言われたくないわよっ!」
「なにいっ! そもそもお前のドラゴンが家具一式すべて炭にしたから俺様は現在別部屋で生活してるんだぞっ!」
「そもそもっ! あのときは流れで私もうっかり納得しちゃったけど! 玉座の間で生活して勇者がやってきたら部屋を模様替えするんじゃなくて、勇者一行が魔王城に侵入したら玉座の間に移動すればいいじゃないっ!」
「はっ!」
沈黙が下りた。
それを作った少女自身、恐ろしすぎてつつけないような沈黙だった。
「……ま、まあっ! つ、つぎからはそうすればいいし、ね?」
「…………」
地獄を窺い見るような沈黙。
少女は冷や汗が出た。
「あ、あのう……魔王さま?」
「………………」
結局。その晩もまた、夫婦の営みとは無縁に夜が明けたのだった。
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Thema:ファンタジー小説
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