式が終わったあと、戻った部屋には三人の女性がいた。
「これから私共が王妃さまにお仕えいたします」
控えている三名の女性たちは、全員が顔見知りだった。
全員が魔族。
少し、緊張した面持ち。
最初が肝心。
クリスはゆったりと微笑んでいう。
「そう緊張しないでもいいわ」
威圧を含んだ微笑は、冒険者稼業でおぼえた。どこの世界であれ、「舐められたら負け」は、真理だ。
――気さくに接するのは正解ではない。
これからは、自分が彼女たちの主人となる。主人があるべき振る舞いをしないと、部下もまた、どう接すればいいのかわからず、困ってしまう。
いま、彼女たちは自分から無言の圧を受けているだろう。純魔族であれば感じるもの。
純粋な力の差。
この場合、元が庶民であるからとフランクに接するのはいいことではない。
――彼女は、王妃なのだから。
人類みな平等の世界ではないのだ。
王妃が侍女になめられることは、秩序を乱す行為であり、正義ではない。
気さくに接することは、決していいことではないのだ。
彼女の客には、身分高い者も多かった。弱いものと見れば笠にかかるのはどこでも同じだ。威圧的な態度や振る舞い方も、必要に迫られて身につけている。
目と目を合わせ、ねじ伏せる――そうしてから、微笑んでやる。今度は、ふんわりと優しく。
「私は人族だから、これからあなたたちに頼ることも多いと思うわ。よろしくお願いするわね。忠誠を期待しています」
身分差を無言のうちに雄弁に示し、侍女としてあるべき態度を引きだしてやるのが、この場合の正解だった。
クリスは誘導されるままに城内を進んだ。
そして案内されたのは、王妃の間。
――以前あてがわれたのと同じ部屋だった。
以前、妃となった時に魔王城の構造については頭に叩き込んである。
その時にあてがわれたのと同じ部屋に案内されて、少女は多少面食らった。
「……え? ここって正妻用の部屋だったの?」
よくよく考えてみれば、魔王の居室と寝室を挟んで対称の位置という間取りは、正妻用に決まっている。
「そのとき、王妃様は、唯一の妃でしたので……」
と、そのときにもいた側付きの女性魔族に答えられ、なるほどと思った。
女嫌い(ではないがそう見える)の魔王が自ら娶った女。はじめてにして唯一の妃。
妾妃ではあるが、正妃に匹敵する待遇をせざるを得なかったわけだ。唯一寵を受ける相手だったのだから。
そして今日からは、名実ともに、正妃である。
花嫁衣装を彼女の手を借りて脱がせてもらい、身軽な夜着に着替える。
身を清め、香油を塗り、作法を教える。伽のための身支度は、全て彼女が整えてくれた。そうして、彼女は一礼した。
「魔王さまがお待ちです」
寝室へ続く扉を開ける前に、少女は振り返り、侍女頭に微笑みかけた。
「カルミア。これから、よろしくね」
→ BACK→ NEXT
- 関連記事
-
スポンサーサイト
Information
Comment:0