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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

4-19 初夜


 寝室では、魔王が待っていた。
 魔王の前に立ち、少女は深く体を折った。
 教わった通りに、口にする。

「これから、よろしくお願いいたします。いくひさしく、魔王さまにお仕えする所存です。末永く寵愛を頂けますよう――」
「おい」
 少女は顔を上げた。困った顔で頬をかく。
「……ええと、こう言えって言われたんだけど」

 妻は夫に仕えるもの。それは人族の常識であるが、魔族は違う。魔族は基本的に男女平等だ。
 だが、魔王は魔族の長である。長に服従しない者を公然と認めては集団の統一性に差し障りがある。なので、魔王にとって妻(伴侶)は仕えるもの、なのだった。人族の王と同じ感覚だ。(蛇足だが、魔族でも男女間に能力格差があるので、過去に一度だけいた女性魔王をのぞき、歴代魔王はみな男である)。

「俺とおまえは、そう言う仲じゃないだろうが。――来い」
「……うん」
 腕を取られ引き寄せられ、抱きしめられる。身長差から、ちょうど彼女の頭のてっぺんに魔王の顔がくる。
 魔王は、今日から名実ともに彼のものになった少女の髪に顔を埋めた。
 固い胸板が少女の頬にあたる。
 魔族の彼の体温が、じんわりと伝わってくる。彼の体温は、彼女より少しだけ高い。

 ふっと、仲間たちと寄り添いあって木陰で雨宿りをした時を思い出す。
 狐の嫁入り。
 森の精霊族であるマーラの体温は人族よりちょっと低くて。逆に、炎を体内で飼うドラゴンのコリュウはその気になればちんちんに温かくなれた。ダルクはふつう。三人でコリュウを包んで抱きしめて暖を取った。コリュウは懐炉(かいろ)代わりにされて、ボクは火鉢じゃないよーと文句を言っていた。けれど、本気で嫌がっている様子はなかった……。

 過去を覗いていた目を閉じて、魔王の体温を追う。温かさが心まで入って、緊張をゆるませる。……うん、だいじょうぶだ。全部、魔王に任せておけばいい。処女に期待する馬鹿はいない。
 抱きしめていた魔王が、ぽつりと言った。
「……変な話だな。俺は、どうも緊張しているらしい」

 タイミングを見計らっていた少女は、口を開いた。
「あのね、エデン。あげたいものがあるの」

 少女は一つの小さな箱を差し出した。
「開けてみて」
「……これは……」
「エルフ族の、史上最高傑作、だって」
 小さな指輪が、二つ入っていた。
 あの花嫁衣装は、見せかけだけは立派だが、実は大した魔法は掛かっていない。サンローランの町に住む、針子たちの最高傑作ではあるが、エルフたちのそれではない。
「人族の風習でね、結婚指輪っていって、結婚した夫婦が同じ指輪をつけるの。魔王のあなたには悪いんだけど……これだけ、譲ってくれる?」

 男女不平等が常識の社会だ。
 嫁ぐ立場だから、結婚式の形式も住む場所も何もかも、魔王に譲った。でも、これだけは譲ってほしかった。

 彼女は血を浴びて生きてきた女だ。
 結婚指輪に夢を抱いているわけではない。
 エルフたちが、彼女のために彼女が普段身につけられるものとして作ってくれた守護の道具だったからだ。
 いつ、彼が殺されるか、わからないからだ。

「……それは、構わんが……。おい、これは」
 言いかけた無粋な言葉を、魔王は寸前で止めた。そして、小さくかぶりを振ると、尋ねた。
「いいのか? こんなものを、俺に」
「あなたにこそ必要でしょう?」

 王妃となる彼女は、無骨な装備品を四六時中つけていることなどできない。そして、魔法道具というのは、高度な効果を出すためには文様が必要で、文様を刻む面積を必要とする。指輪の両面にはびっしりとその文様があるが、いかんせん面積が少なすぎる。
 単純な防御力だけを比較すれば、小さい指輪と彼女の装備では、彼女の装備の方が遥かに上だ。
 だが、こんな小さな指輪は、エルフ族の最高傑作と呼ばれるだけの効果を持っていた。

「不意打ちの初撃を完全に無効化する……」
 指輪の所持者が敵に気づいていない場合、不意打ちの初撃を無効化。要は、奇襲の優位性をなくす。
「……おまえ、これ」
 先ほど言おうとしたことを、魔王はまたもや言いかけ、飲み込んだ。

 少女はくすくす笑う。
「いくらすると思ってるんだー、とかは無しね。……不意打ちで一撃で首を落とされたら、さすがに私にも何もできないから……」
 魔王が挑戦を受けても、彼女が助太刀すれば大抵の敵は殲滅できるだろう。でも、一撃で首を切り倒されたら、手助けする余地もない。
「――お前、他の魔王にこれ見せてみろ、指輪一つと引き換えに城でも鉱山でも何でもくれると思うぞ」

「うん、同じのは、二度とできないと思うわ。だってその材質って」
 魔王は嫌な予感がした。
「人族の鍛冶師が、複数の種族から素材の提供を受けて作った合金だから」
 予想通りだった。
 さらっと言ったが、絶対秘蔵の品とか秘宝とか門外不出の秘術だ、間違いない。
 そんなものをあっけなくくれるという。
 魔王は頭痛がしたが、そう言えばと思いだす。

 彼女は借金を抱えていたが、金に縛られてはいなかった。いざという時にはいたって気前よく金を出していた。
 並の人間なら、金を惜しんで装備や情報をケチって死ぬだろう。実際、そういう例は多い。

 物に執着しないというより、金や物の使いどころを判っているのだ。
 実際――こんな素材、後生大事に抱えていてどうするのだ。魔王なら、いつかと思い続けていつまでも手元に置いて腐らせそうだが、彼女はエルフに預けて指輪にすることを選んだのだ。
 こういう、思いきりの良さというか、勘所は、さすがだった。

 魔王は指輪を取り上げ、彼女の手を取った。
「どの指にはめればいいんだ?」
「左手の、薬指」
 右手を取った魔王は左手を取り直し、指輪をはめた。
 同じように、彼女も魔王の指にはめる。

 人族の風習を押しつけることになるので少し不安だったが、何事もなく魔王が受け入れてくれて、ふわりと笑みがこぼれた。
「……大事にしてね」
「無論。――俺は、この指輪が貴重だから大事にするんじゃないぞ。お前がくれた、初めてのものだからだ」
「うん」
 少女は嬉しそうに笑った。

 魔王は、無邪気に笑うその少女が妻であるという事を思い出したのか、不意にきつく抱いた。
 その髪を手で梳いた。
 何度も、何度も。
「あんまり、緊張していないな。おまえのことだからガチガチだと思っていたが」
 よくわかっていらっしゃる。

 体を預けたまま、少女は答えた。
「何にも知らないから、逆に、ぜんぶ任せればいいやと思って」
 多少痛かったり痛かったり痛かったりするかもしれないけれど、いくらなんでも手足がもげたときほどじゃないだろうし、得体の知れない恐怖感は土壇場で腹をくくった。なんだかんだ言って、本番に強いタイプなのだ。

 少女は自分からも手を伸ばし、魔王の頭を撫でた。
「初めてだから、手加減はしてね」
「……おい。そう煽るな」

 はい?
 首を傾げていると、襟元を大きくくつろげられた。喉元にちりりという痛みを感じ、その熱が一瞬にして全身を包んで、息を吐く。
 熱い。抱きしめられた男の固い胸板を全身で感じる。夜着を剥ぎ、肌に触れるその手から熱が伝染して、呼吸をせわしなくする。

 少女は魔王の頭を抱きしめた。
「あのね……エデン」
「なんだ?」
「わたし、頑張るから。だからお願い、私を、好きでいてね……」

 それ以上の言葉はなかった。
 もどかしげに寝台の上に組み伏せられ、愛撫され、熱を受け入れた。
 魔王は性急で、そして優しかった。
 滾るような熱情に焙られて全身が熱く、なんだか喘ぐような息ばかりしていたことを、覚えている。



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Date:2015/12/06
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