結婚式から一週間目のふたりです。
また、生理について少々描写があります。苦手な方はご注意ください。
長い黒髪の女の頭を、左側を下にした状態で枕に押し付けて抵抗を封じる。
髪をかき上げれば普段隠れたままの耳と、うなじが出てくる。
女のほつれ毛のかかるうなじにそそられるのは、男の本能だろうか。
何度も口づけ、赤い斑点を散らしながら下へと下りていく。
「や……あ…あ…っ」
艶やかな女の声に、くらりと来るものを感じながら、本日も美味しく頂いたのだった。
夫婦の交流が済んだ後は、どちらからともなく会話が始まる。
喧嘩が始まったきっかけは単純だった。
「――どうしてコリュウと一緒に寝ちゃいけないのよ」
むううう、とくっきり黒い眉を吊り上げて言うのは、目に入れても痛くないほど寵愛している新妻である。
自分が意固地になっている自覚はあったが、魔王はそれを突っぱねた。
「だめだ」
「これまでずっと一緒に寝てきたのよ? あなたも一緒に、なんて言わないわよ。あなたと一緒に寝られないとき、コリュウと一緒に寝たいの!」
「だからどうして別々に寝る必要がある。お前は俺の妻だろう」
「寝させてくんないでしょうが! あなたは!」
がう、と噛みつく妻は、素肌にシーツを巻きつけただけの姿で、いい。何ともいい。
「私だって……その……相手ができないときがあるの。床入りできないの。だ、か、ら、そういうときコリュウと一緒に寝てどうして悪いの!」
魔王はまじまじと妻を見下ろした。
「体調でも悪いのか?」
鈍い夫に妻は切れた。
「――あーもうっ! 月のものよ月のもの! 相手なんかできないの!」
「ああ……」
と、納得したが、想像するとやっぱり腹立ちがくる。
「――駄目だ。許さん」
「だから、なんでよ?」
「手は出さないから一緒に寝ればいいだろう」
妻は切れた。
「そ、れ、が、信用できないって言ってるのよ! いや。ぜったいやだー!」
哀れ、新婚夫婦の話し合いは決裂したのであった。
◆ ◆ ◆
「――ってわけ。エデンって酷いと思わない?」
「はあ……まあ、そうですねえ……」
ごりごり。
薬草をすりつぶしつつ、のろけと紙一重の愚痴を、耳から耳へと半分聞き流しているのは、マーラである。
馬鹿馬鹿しい、と心底思いつつ、彼はテキトーに返事をした。
「えー……っと。その……魔王殿は、あなたを独占したくてたまらなくて、妬いているんだと思いますよ?」
クリスは目を丸くする。
「妬いてる? だってコリュウは私の子どもだよ?」
まだ六歳だし竜族だし、生まれたときから育ててきた、実の母親以上の母親なのだ。
「――クリス。男って、馬鹿なんですよ。ほら、コリュウがコリュウでなくて、赤の他人だったとしたら、魔王殿が嫌がるのもわかるでしょう?」
「……わたし、赤の他人の男と一緒に寝るほど尻軽じゃないんだけど……。うん、でも、そっか……わかった」
クリスが少し魔王の気持ちを思いやり、反省した頃、魔王もフィアルに説教されていた。
「――魔王さま。あなたはようやく口説き落とされた女性を、つまらぬ嫉妬で無くすおつもりですか」
「な、なに。お、俺は」
「コリュウどのは、まだ六つ。しかも奥方様とこれまでずっと一緒に寝ていたのですよ? なんでも、侍女の話によると、コリュウどのは寂しがっても奥方様の迷惑を思い、じっと耐えているご様子であるとか……」
「う、うーむ……」
「奥方様が諸事情で閨をともにできない間ぐらいコリュウどのと一緒に寝られてもいいではないですか。まだ、六つの、子どもであられるのですよ? コリュウどのは」
それを言われると痛い……。
「奥方様は、夫と子ども、天秤に掛けたら最終的には子どもを選ばれる御方ではないですか? 今のように駄々をこねておられますと、見放されてしまいますよ?」
いちばん痛いところを突かれて、魔王は黙った。
そう、究極の選択を迫られたら、彼女は案外あっさりと自分の子どもを選び、どこかへ行ってしまうのではないだろうか。
魔族の婚姻は、両者の合意によってのみ成り立つ。どちらかが嫌になったら、離婚はとても簡単である。……人族の妻はその辺がわかっているかどうか不明だが。
それがわかっていたから、魔王は子どものように嫌だと駄々をこねたのである。
――しかし、考えてみれば、そこで夫を選んで子どもを捨てるような女だったら、果たして彼は惚れただろうか?
むっつりと考えこんだ魔王に、フィアルは続けた。
「……魔王さま。奥方様に愛想つかされたくなかったら、できるだけ早めにお許しになられた方がよろしいですよ。それに……」
さすがに、男の身でこれを言うのは抵抗があったのか、フィアルは言い淀んだ。
「……月のものが来ているときの女性と一緒に寝台に入ることは、なさらないほうがよろしいかと……」
この世界に、まともな生理用品はない。
となれば――クリスが頑固に拒否するのもわかるだろう。
その辺がわかっていない魔王は首を傾げた。
「なんでだ?」
男はこういうあたり、鈍いのである。
婉曲な表現を諦めて、フィアルは言った。
「……寝台が血まみれになります」
もちろんそうならないようにこの世界の女性も対策はするが、洩れるときは洩れるのだ。
そして、経血を伴侶とはいえ男に見られる――あまつさえ相手を自分の血で汚してしまう。
女性なら、何が何でも回避したい状況である。
そこまで言われ、さすがに魔王も理解した。
◆ ◆ ◆
その日の夜。
魔王は打って変わって殊勝だった。
「悪かった。コリュウと一緒に寝てもいい」
その態度に、面食らったのはクリスである。
「……え、いいの?」
マーラにああ言われたものの、やはり受け入れることはできずに魔王を折れさせるための理論武装を固めてきたのだ。
しかし、それが使われることはなさそうだった。
「ああ。思えば、俺がお前を独占しているわけだしな……。月に一度ぐらいはいいだろう」
「う、うん。そう言ってくれると助かる……。ありがとう。昨日は私も言いすぎちゃってごめんね?」
こういう意地の張り合いの喧嘩は、どちらかが先に折れれば、相手も謝れるのである。
素直に謝り合った二人は、今夜も仲良く寝台に入ったのだった。
女性の生理の話題についてはドン引きする男性も多いのですが、ごめんなさい。
女性が生きてく上で避けられないことなのです。
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