「――お前の意見を聞きたい」
魔王に呼び出されての質問に、フィアルは苦笑した。
「奥方様が、大陸有数の都市を造られたという話は聞いておりましたが……得心いたしました」
正直言って、戦うしか能がないと思っていた。勇者らしく、弱者に甘く、理想を追ってばかりの理想主義者だと。
とんでもなかった。
力が無ければ助けたい思いがあっても何もできない。彼女は、それを、よく知っている人間だった。
そして――彼女は思いがあり、力があった。
助けたいという思いを実現するために、彼女は力をつけた。
王妃という地位。それは、この国第二位の権力の保持者ということであり、それは、力に他ならない。
人脈と名声。そして、資金。
これらも、力に他ならない。
自分の理想を実現させるための力をつけて、彼女はとりかかろうとしている。
理想の実現へと、動こうとしている。
「奥方様を慕い、雇って欲しいという者が何人も門戸を叩きました。彼らは奥方様の口添えによって雇用され、奥方様が新設した部署へと配属されました」
世の中コネである。
王妃自らの口添えでの雇用に異議を唱えられるものは、魔王その人ぐらいである。
そして、フィアルは驚いたのだが、彼女は文字の読み書きもでき、算術もでき、複雑な行政文書すら作成できた。城の中級以上の官吏もつとまる教養の持ち主であるといっていい。
聞けば、読み書き算術は生まれ育った村で、それ以外は実地で覚えたらしい。
そしてまた、フィアルには実感できないことだが、純魔族には――わかるらしいのだ。彼女の、戦士としての力量が。見ただけで。
そして、魔族は力には相応の敬意を払う。良くも悪くも実力主義である。
彼女が城の部署に押しかけて王妃の権限によってやりかたを一新させる、という強引なことをやったとき、フィアルは冷や汗をかいた。
人族の小娘の言うことを、聞くだろうかと。
しかし、多少の反発こそあったが、彼らは受け入れた。王妃という権威だけではない。彼女に、その力に、好意と威を抱いたからである。
結果として、彼女は認められつつある。
実績を出せば人は従う。
魔王の王妃に対する夥しい寵。彼女の改革によって目に見える形で業務が改善に転じたこと、そして、彼女にお願いされて魔王が仕事を真面目にやるようになったこと。
半年もすると、城内に根強くあった反発の声は、「表向きは」なりをひそめた。
人族の王妃は、魔族の国の中で、一定の地歩を固めつつあった。
「ですが……魔王さま。奥方様を寵愛なさるのはたいへん結構ですが、少し労わられては……?」
下働きの下女の口から、この夫婦の仲のよさは知られている。
だが、いくらなんでも女性の体力的にもたないのではないだろうか。
色事の欲求が薄いように見えていた魔王の執着にも驚いたが、だったら尚更、抱き壊されては困る。執務的に、彼女は侮れない戦力となってきているのだ。
奥方様の体にも配慮を、というもっともな諫言に、魔王はふと笑う。
「問題ない。フィアル、お前にはわからんだろうがな、お前が十人束になっても敵わん女だぞ、あれは」
む、とフィアルが眉を寄せる。
「とうぜん、俺が自儘にふるまったところでへでもない程度の体力はある、ということだ。あれが疲れてる様子のときなど、見たことがあるか?」
「それは、ありませんが……隠されているのでは?」
「ちがうな。あれには、必要ないのだ。
――だが、今後、もしあれの様子が悪く見えたら、すぐに俺に伝えろ。そのときは善処する」
「御意」
フィアルは頭を下げた。
主自らが望み、手を尽くし、得た女性である。おまけに実務能力もあるときている。魔族は実力主義なので、フィアルとしても仕えることに不満はない。
この国で最も高貴な女性となった人族の少女に、不穏なたくらみを抱く人間などいくらでもいるだろう。
その指示はとても妥当なものだった。
――襲撃が起きたのは、その矢先だった。
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