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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

4-29 子が出来ぬ王妃の存在価値


※不妊に対する非常に無神経な表現が引き続きあります。
本当にすみません。




「――と、いうわけです」
 話を二人から聞いたダルクも考え込んだ。

「……子ども、か」
「今後、彼女が子宝を授かれば何も問題ありません。これから話す話はすべて無かったことに。ですがそうでなかった場合――ここからは誰にも言わないように、いいですね?」
 念押しされ、ダルクは頷く。
 この場にいるのは、コリュウとダルクとパル、そしてマーラだけだ。
 そして、もちろん盗聴防止もぬかりない。

 ここからは、余人には漏らせない相談になる。いざという時、天秤の向こう側に何を置いても大丈夫という者にしか、語れない。

 ダルクが頷くのを見届けて、マーラは宣言した。
「いざとなったら、クリスを連れて逃げますよ。全部置き去りにして」
「……あいつが今やってる街づくりはどうする?」
「そんなもの、知ったことじゃありません」
 清々しいほどあっさりと、マーラは言い切った。
「……」
 ダルクはコリュウを見た。頷く。
 ダルクも、頭を掻いて頷いた。
「まあ……そうだな」

 結局のところ、彼らはクリスが一番可愛い。

「大体ですねえっ! 私は、魔王があの子を幸せにするっていうから認めたっていうのに、自殺を考えるほど追いつめるなんて言語道断ですっ!」
「……あいつが……?」

 ダルクは眉間に深い皺を刻む。
 どんな厳しい状況でも、彼女はそれだけは口にしなかった。落ち込む皆をいつも励まし、力づけていた。
 豪胆で、鈍感族で、とにかく受容量が大きかった彼女が、そこまで落ち込んでいるのだ。
 女にとって、不妊とはそこまで深刻なことなのか――ダルクは男女の感覚の違いを思う。

「本気ではなく、落ち込んでいてふと口に出してしまった、そういう感じですけどね。それが、実現しないという保証は、ありませんよ」
 マーラはかなり怒っている。

 ダルクはあの・・クリスが自死を口にしたということに、彼女の深い悩みを見た。
「……一年も過ぎたんだものな」
 マーラは目をしばたく。
「……ああ、あなたは、理解できるんですね。一年も、というのが」
 マーラには、どうしてそこまで彼女が思い悩むのか、理解できない。だってまだ一年ではないか。

「俺は人族の町で育ったからな。大体、人族の女は三年経っても子どもができなければ離縁される」
「――たった三年で……? なるほど。彼女にとっては、もう、期限の三分の一も無為に使ってしまった、そういう気持ちなんですね……」

「あいつは、そんなに、悩んでいるのか?」
 男にとっては、所詮、「たかが子どもができないぐらいで」というレベルの問題にすぎない。

 マーラは深いため息をついた。
「ええ……そうみたいです。私も聞いたときは意外でした。でも、強いだけの人間なんていません。絶対に、いません。『強い』彼女は、そこの部分に、脆さを抱えているんでしょう」

 マーラはそこで、凄絶な舌打ちをした。
「彼女が不妊で悩んで、心の病に陥って、自死なんていうことにならないように! コリュウ、気をつけてください。少しでも怪しいところがあったら教えてくださいね。いざとなったら問答無用で連れ去りますから」

 マーラは怒っていた。
 かなり、相当、深刻に怒っていた。
 彼女が傷ついている事、そしてその悩みに、自分が何の力にもなれない事の苛立ちも加わって、すべては魔王へ向いている。

 それが伝わり、真面目に三人は頷く。

 ゼトランド王国は、山岳地帯。
 木々は多く、そしてマーラは森の精霊族だ。
 その気になれば、連れて逃げだすことなどたやすい。

 彼女の心が壊れてしまう前に――連れ出そう。
 そのときは魔王がぐだぐた言うだろうが、知ったことか。
 自分の妻を、自殺寸前にまで追いやった己の馬鹿さ加減を恨めばいいのだ。

     ◆ ◆ ◆

 月のもので体が重く、ついでに気分の落ち込みも尋常でなかったので、クリスは自分に休暇をあげることにした。

 最近は忙しかったから、それもあるかもしれない。こんなに気持ちが塞ぐのは。

 王妃の部屋にある寝台の上で、ぼんやり天井を眺めていると、見覚えのある気配が近づいてきた。

「エデン?」
「あー……起きるな。寝てろ」
「うん……」
 起こした体を戻す。

「済まなかったな……、お前が、そんなに思い詰めているとは、思ってもみなかった」
 ――いったい誰だ、告げ口したのは。
 クリスは歯噛みしたが、該当者は一名しかいない。
 くそう、コリュウめ。
 今も隣でとぐろを巻いているけど、後で思いっきり撫でまわしてやる。

 そして、クリスは告げた。
「……子が出来なかったら、愛妾をもって」
 ぴくり。魔王の手が止まった。
 彼女は、身分制度がある世界で育った。貴族や王族が複数の女性を抱くことに、嫌悪感は薄い。
 嫌は嫌だが、「そういうもの」と割り切ることのできる文化で育った。
 他の女を抱いた手で、夫が自分に触れても。

「そうすれば、子ができないことへの風当たりの強さは、大分やわらぐと思うの……。この石女がって、無言で、責められるのは嫌。わたし、たぶん、耐えられない……」
 自分でも、こんなに脆い部分があるとは思ってもいなかった。
 子ができない女がという目線は、想像だけでもクリスを打ちのめした。

 戦場は平気だ。殺されかけるのも平気だ。殺意を持った敵と対峙することだって、恐ろしくはない。誹謗中傷されるのにも慣れた。
 なのに、たかだか「それだけ」が、こんなに痛いものだとは思わなかった。

 女性としての、最もデリケートな部分に直結しているからだろうか。
 彼女自身、思ってもみなかった弱点だった。
 命のかかる戦場は平気なのに、子を産めぬ役立たずがという嘲笑には、耐えられそうにない。
「――断る」

「エデン……」
「俺は、お前が子を産めるから好きになったんじゃないぞ?」
「で、でも、みんなが……」
「みんな、とは誰だ?」
「私と、あなたと、私が連れてきた人たち以外のみんなよ」
「お前の被害妄想だ」
「……今は、そうだけど、でも、このままなら、そうなるわよ……」

 魔王はふんと鼻を鳴らした。
「愛妾の売り込みは山のように来ているがな。俺は、お前以外を迎えるつもりはない。それならとうの昔に迎えている。そうだろう?」
「……で、でも、あなたは女を抱けるってもうみんなわかってるじゃない……」

 昼も夜もなく、嫌というほどお情けを与えられた。これだけ彼女が寵愛を受けていれば、嫌でも知れる。
 愛妾候補はずらりと長い列だ。

 魔王は優しい手つきで彼女の髪を払うと、額に口づけ、もう一度告げた。
「俺は、お前以外を娶る気はない」

「だって……だって……っ! 私、あなたに子どもをあげられない! あなたの子どもを産んであげられないんだもの!」
 豪胆な彼女が、涙を流していた。
「結婚しさえすれば、すぐに子どもを授かると思ってた。能天気に、心配することもなく、できるものと思ってた! 世の中に不妊で悩む女性はいっぱいいて、その姿を見たこともあるのに、これまで自分には関係ないことだと思ってた……馬鹿みたい!」
 鈍感族で、比例して精神の強度も高く、許容量も大きい彼女が。

 それにかなりの衝撃を受けながら、魔王は精一杯の言葉を告げた。
「クリス。――俺は、子どもが欲しいんじゃない。お前の、子が欲しいんだ。お前の子でなければ、子など、欲しいとも思わん」

「わ、私が……本当に不妊症だったら、どうするのよ……」
「それは、お前のせいではないだろう?」
「――私のせいよ」
「たとえお前が本当に子を産めないのであっても、それは、お前のせいではないだろう?」

 クリスは目を見開いた。
「お前のせいでは、ないだろう? お前は、望んでそうなったわけではないのだから」

 優しい言葉に、心が挫けた。ポロリと涙がこぼれ落ちる。

 望んで不妊になる女性などいない。なのに――。
 夫婦間で子ができない場合、人族は問答無用で、原因を妻側に帰す。
 夫に問題があるとは考えもしないのが、普通だ。そう、何十人も愛妾を持った男が、一人も子がいない、というのならともかく。

 優しく、魔王は言った。
「クリス。逆に聞くがな。俺が、子どもを欲しがるような男に見えるか?」
 クリスはうっと詰まる。
 それは、たしかに。
「……見えない……」

「前にも言っただろう。おれは、お前の子が欲しいのであって、自分の子など欲しくない。それは今も同じだ。お前が産むのでないかぎり、子などいらん」

 男で、しかも無神経な方であると自覚がある魔王は、妻を慰める言葉を知らない。
 魔法のように心を軽くする言葉も知らず、のしかかる重荷を取り去ってやることもできない。
 不器用な、紛れもない本心を語るしかできなかった。

「俺はお前の味方だ。他の女など知らん。俺の妻は、お前だけだ」






不妊を「他人事」と思っている女性(男性)の何と多いことか。
何の根拠もなく、思っているのです。「自分は大丈夫」と。
クリスも例外ではありませんでした。
当事者の立場に立たされて、初めて、理解できるのです。



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Date:2015/12/07
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