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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

4-32 足掻けるだけ足掻く


 結婚する前のことだ。
 長い髪の少女は魔王に言った。

「あのね、私、王妃になりたいの。あなたが好きだからっていうのは理由の半分。残りの半分……以上は、王妃になりたいからなのよ。軽蔑する?」

 魔王は、構わない、と言った気がする。
 権力や財を目当てに近寄る女にはうんざりしていたが、一度は彼の求婚をすげなく断ったこの少女は違うだろうという思いもあった。
 それより、興味があった。
 サンローランに限定すれば、魔王より強い権力を持つ少女が、それを振り捨ててまで、何を望むか。

 それを尋ねると、少女はポツリと言った。
「――人族の延命」

 滅びが確定した自らの種族を守るために、彼女が考え抜いて出した答えは、混血だった。

「基本的に、異種同士は混血できない。魔族と獣人が交わっても、子はできない。精霊族と魔族が交わっても、できない。でも、人族だけはできるのよ。それが、私たちに与えられた家畜としての特性だけれど……、今回はそれに賭けようと思うの。神々は、人族を滅ぼす。でも、混血児は、どうかしら」
「――だが、それでは純粋な人族は滅びることには変わりないぞ」

「構わないわ。このままでは、人族が滅びるのは間違いないもの。足掻けるだけ、足掻きたいの。そのためには、力がいる。王妃という地位と権力が欲しいのよ」
 そう言いきった少女は、魔王が惹かれたあのまっすぐな目をしていた。

「私はあなたと結婚する。人族と魔王の結婚よ。そして子どもをたくさん産む。混血の子どもを。上が率先してやれば、禁忌の念は薄れるわよね。そして、王妃の権力を使って、町を作る。サンローランみたいな町だけど……魔族の国の中に作るから、普通になるかな?」
 異種族混交の町は、人族の国では異常だが、魔族の国では普通だ。

「その町の人口比率は、三割は人族で占めさせてもらうけど、絶対に五割は越えさせない。その町では、堂々と、混血を推奨するわ。優遇政策を出して……異種同士の婚姻を認める街として、大々的に情報も流すつもり。――もちろん、反発もあるでしょうね」
 魔族も、人族ほどではないが、混血に抵抗のある者は多い。他の種族も同様だ。
 だからこそ、異種族同士の夫婦は現状では関係を隠すか、隠れ住んでいるのだ。

「その反発を押しのけるだけの力がいるの。もちろん、街づくりのための土地もいる。ごめんなさい、あなたは私を純真無垢と思っているかもしれないけれど、私は己の利得のために、あなたと結婚するって決めたのよ」

 そう語る目は、欲に濁った眼ではない。澄んでいた。

「話は判った。だが、サンローランでそれをするわけにはいかないのか?」
「できない理由は二つ。燻っている火種に、火をつけたくはない。もう一つ。私が、あまりに力を持ちすぎている事」
「……どういうことだ?」
「あそこは、人族の国の中よ。人族のルールに、最終的には従わざるをえなくなる。炎神は、私が生きている間は大丈夫、そう言ったわ。つまり……あと三十年ほどの猶予はある、ということ。その猶予の間に、周り中から攻められて、サンローランは瓦解するかもしれないわ」
「あれを攻め落とすには、俺でも苦労するぞ?」
 少女は、ゆっくり、首を振った。
「内部不和の種を、私が、くの。……私が、人族との結婚を推奨することによって」

「……お前の『推奨』を、命令と取る者がいるということか」
「私はあの町で権力を持ちすぎた。そして、ほとんどの種族は人族との婚姻なんてまっぴらと思っているわ。なのに私が人族との結婚を推奨したら、不満を隠して無理矢理結婚する人がきっと出てくる。私があの町にひびを入れることになる。そしてそれに乗じて分断工作をされたら……わかるでしょ? 私は、今のあの町を、そのままそっとしておきたいの。あの町が滅んで、しかもその原因は自分でした、なんてことにはしたくないのよ」

 だから求婚を受けた。

「物事を為すには、力がいる。私は馬鹿だけど、それだけは何度も骨身に叩きこまれたわ。理想があっても、力が無くては何もできないのだと。……今、私の手元にある力じゃ足りない。力を得るのに、一番の最短距離が、あなたと結婚することだったの」
 少女は魔王を覗き込んだ。
 神から滅亡を宣告され、そのなかで足掻こうとする無力な人間の姿だった。

「軽蔑する? 今ならまだ、引き返せるわ」
「いや。……だが、馬鹿正直だとは思う」
 真意を知っても、想いの熱は引かなかった。
 薄々そんなことだろうと、悟っていたからだろう。
 恋に溺れて結婚を選ぶような女ではないと、知っていたからだろう。

「金はどうする?」
「私の個人資産が、かなりあるわ。サンローランが発展して、地価は急上昇した。買った時の、およそ百倍ぐらいに。それを売るのと、あと、冒険者稼業で貯めた私の財産と、あと、王妃として得られるお金があるでしょ?」
 王妃がみすぼらしい姿では、国威に関わる。
 王妃には、相当な額の予算の裁量権があった。主な用途は、ドレスや宝飾品だが。
「宝石もドレスもいらない。歴代王妃のものを使わせてもらえれば充分よ。……ああ勿論あなたが恥をかかない程度のことはするわ。晩餐会のときとかはちゃんと新しいドレスを作るから。――でも、ほとんどは街づくりに使いたいの」
 公式の場で、『王妃』が襤褸をまとってはいけないのだ。国の沽券にかかわる。

「それに、一国の王妃が投資を募れば、その信頼度は、一般人の比じゃないわ。私には大商人のツテもあるし、エルフたちの助けもある。ゼトランド王国は山岳地帯。開拓が難しくて放棄されている地形の土地が、たくさんあるでしょう?」
「……そうだな」
 エルフの魔法を使えば、急斜面でも宅地造成するのは難しくないだろう。

「あなたの思いを利用するような真似をして、ごめんなさい」

 告白し終えると、少女は首を傾けて、こちらを見ていた。

 どうする? と。

 魔王はしばし、自分の胸中を眺めやった。
 ――困ったものだ。
 魔王がこれまで無下にしてきた財産目当ての女たちと、彼女は同類項でくくれるというのに、一向に腹立ちは起きないのだから。
 想いも冷めず、失望も……どうやらしていない。

 ――掌に、救えるだけのものを。
 ――足掻けるだけ、足掻きたいの。

 既定の滅亡の路線のなかで、この少女は、足掻こうというのだ。自分の力の限り。
 そしてそれは、実に、魔族の好みにあった生き方だった。

 魔王はにやりと笑う。
「利得ずくでも、構わんぞ」
「……いいの?」
「ああ。お前がどれほどやってのけるか、見てみたい。炎神があれほど言うのだ。滅びの運命は覆らん。だが――その中で、座して運命をただ眺めて月日を無為にすごすより、僅かな可能性に賭けてみたいと思ったのだろう?」
「……うん」
 神妙に、頷く少女を見て、魔王は言った。
「いいんじゃないか」

 自分でも意外なことに、彼女が王妃の地位を利用しようとしている事に嫌悪もなく、想いも冷めていない。
 冷めきった眼差しで眺めた女たちと何が違うのかと自分に問えば、それは「力の使い道」だと心が答えた。
 力を得て、それを到達点にするのではなく、その力で何を為すか。

 ――最後の一呼吸まで。

 その考え方は、魔族の好みに合う。
 そして、彼の好みにも。
 従容として、ただ滅びを待つだけの諦めた人間より、よほど。

 神の鉄槌が、いつ頃下されるかは定かではない。
 それでも、そう遠くない事だけは判る。
 彼の存命中か、あるいは次代の存命中か、というところだろう。
 願わくば、彼の存命中に結果が出てほしいものである。

 彼が惹かれた彼女の生き方が、果たして実を結んだかどうか、結果を見てから死にたいと思うから。





「花嫁の憂鬱」ではこんな話をしていました。
そんなわけで、彼女はどーしても、子どもが欲しかったのです。


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Date:2015/12/08
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