4-35 倒れました
魔王は、自分の妻を見下ろし、その目覚めを待った。
やがて、クリスは目を覚まし、そして隣に魔王を見つけた。
「目覚めたか。気分はどうだ?」
「……うん、だいじょうぶ。ええと……私、どうして……」
起き上がろうとするのを押しとどめる。
「いいから寝ていろ。――身籠ったそうだ」
クリスの口がぱかっと開いた。
「……ほんと?」
「ああ」
全身の力が抜けるように、クリスは微笑んだ。嬉しそうに、安堵したように。
「よかった……」
その声の響きが、いかに彼女が巨大な不安を抱えていたかを伝えていた。
「えーと、じゃあ、しばらく出歩くのも注意しないとね。できるだけ自室で仕事を済ませるとして、できない間は人に仕事を振って……」
「ああ。しばらく、お前の側に仲間たちをつける。他の者では裏切りの可能性を排除できんからな」
心遣いに、寝台に横になったままクリスは微笑んだ。
「うん。ありがとう」
「それでだが……」
魔王はどう切り出そうか迷った。
今しがた聞いたばかりのことがどうにも納得できず、彼女に真偽を聞きたかったのだ。
しかし……墓参りしようと言っただけで、倒れたのである。懐妊しているのに、突きつめれば単なる彼の好奇心で彼女の心に負担をかけていいものだろうか。
第一、どう聞けばいいのか。
――お前の親はお前を虐待していたのか、など。
それが真実だとしても、加害者はすでに墓の下だ。
過去をあばくメリットはないといっていい。ただ魔王自身が、気になって釈然としないだけなのだ。
「……いや、なんでもない」
単なる好奇心で、身重の妻に心労をかけることは、つつしむべきだろうやはり。
魔王はそう思い、自分を納得させた。
そして、魔王はこのとき、自分の妻がじっとこちらを見ている事を、気がついてはいたが、それだけだった。
◆ ◆ ◆
クリスは、王妃の部屋の豪奢な寝台に移動し、伏せっていた。
これまでの、様々な事柄が思い出され、そして全てが結びつけられる。
――ああ、なんだ。そうだったのか。
ひとつ、わかってみれば、答えは簡単だった。
名前は鍵。
枷ともなり、全てを封じ込める小箱の鍵にもなる。
多少の矛盾はあっても、彼女はそれに気づかない。
気づかないよう己を騙す。
気づかないことに、気がつかない。
言い逃れできない決定的な証拠を突きつけられるまで、目をそらし続ける。
――己の両親の名前を思い出せないことに、気がつくまで。
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