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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

1-2 魔王協会統一法とは



 魔王は、読んで字のごとく、魔族の王、である。悪の化身などではない。常識であるが念の為。

 世界には現在、十二の魔族の国があり、それぞれに王がいる。彼らは自らの領土内の、魔族を統制する。この境界線は、世界が存在し始めた頃には既にあったと言われているほど、不動のものである。

 魔族の国と国は飛び石のように離れており、ぐるりと円を描くように配置されている。円と言っても平面上ではなく、大地、すなわちこの球形の星を輪切りにするように、である。
 蜜柑を思い浮かべてほしい。そしてその蜜柑を世界だと仮定し、十二の魔族の国を線でつなげると、ぐるりとほぼ等間隔に、世界を一周するのだ。軌道は赤道面からややズレて斜めになっているため、寒い国もあり、暑い国もあり、そして四季のある国もある、と、個性豊かである。

 また、それとは別に、人族も世界を幾重にも分割し、「国」というものを作っている。この境界線は、魔族とは違い、ころころ変わる。征服されたり、征服したりで。

 現在、世界に満ちる無数の種族のうち、二大勢力と言われているのが魔族と人族である。

 さて、魔族は人族とは違って寿命が長い。力も強いし魔力も強い。では魔族の方が強いだろうというと、そうでもない。

 魔族は総じて我が強い。協調し、集団で物事に当たるというのが不向きだ。
 一人の魔族は五人の人族と戦えるだろう。だが、十人の人族と戦ったら負ける。
 そんな訳で、魔族は人族と戦争をしても、なかなか勝てなかった。
 個の力では、団結した集団の力に勝てないのだ。

 今から二百年ほど前、その当時は今とは比べ物にならないほど人族と魔族の仲が悪く、しょっちゅう人族対魔族で戦争をしていた。そして、魔族は劣勢だった。
 そこで魔族のある知恵者はこう考えた。
 法律を作ろう、と。
 魔族の中で、最も強い十二の王が、魔王協会を設立し、法律を作り上げた。
 そうしてできたのが、魔王協会法である。

 魔族では力がすべてだ。
 いちばん強い魔王たち全員が決めたルールには、一般魔族たちも従った。そうして法律に従う生活をしていると、魔族たちも命令に従う事を学んで、軍の統制は目に見えて良くなり、勝率は跳ね上がった。
 人族の国をけちょんけちょんに倒してから、魔王協会は、人族の王国に呼び掛け、その法律を批准するかどうかを迫ったのだ。

 批准するなら魔族は人族の国にこれ以上攻め入らない。ただし、魔族を差別することは許さないが。
 多くの人族の国は魔王協会法を批准し、人族の国の参加者も増えたことから、魔王協会「統一」法と、名前も変わった。
 そんなわけで、魔王協会統一法は、現在世界で唯一の「国際法」である。

 その骨子は実にシンプルだ。
 元が魔族が作ったものなので、野蛮ともいう。

 力なき魔王など不要。魔王は強くなきゃだめだ、だめだったらだめだ、だから第一条は魔王にあらゆる挑戦を許すものとする。
 でも負けたら相応のリスクを負うのが当然だよね、ジョーシキだよね、だから、敗者はすべての権利を奪われるよ。命も財産も権力も貞操もね、あたりまえデショ、の第二条。

 三条から五条までは今回関係ないので割愛。
 魔族の国で暮らす人族を差別したらだめだよ、でも人族の国で暮らす魔族も差別したらダメだよ、の第六条。
 みだりに人を傷つけたら駄目だよ、これは魔族も人族も両方に適用されるよ、の第七条。

 魔王協会統一法は、この七条の項目からなる。

 人族側からも賛意を得られやすい内容のため、人族の国も批准に抵抗がなかったのだろう。
 今回少女が挑戦し、敗れたのは、ゼトランド地方にある魔族の国の王である。
 この地方は山岳地帯のため、地形が険しい。見渡す限り、山、また、山である。平地もあるが、山々の間のたまたま平坦な場所、という印象で、国の平均標高は、人の身の丈の千倍を超える。

 そんな高所にある国ではあるが、意外にも財政は潤沢であり、実りも豊かで人の生活にはゆとりがある。町を見れば、青黒い肌の魔族の青年少女たちが、明るい笑顔でさざめきあっているのが見て取れるだろう。また、異人種たちの姿も多い。
 高所にあるため、この地を訪れる商人はほぼ人族以外に限られている。こんな高所に準備もなく人族が来たら、高山病に罹患するからだ。それにもめげずに訪れる根性のある人族の商人もいるが、数としてはごく僅かで、十人いるかいないかだろう。耐性のある、魔族、鳥人族などが活発に訪れては商品を売買している。

 物資の流通は、高所にもかかわらず驚くほど種類も量も豊富だ。
 そして、高所だというのにそんな根性のある人族の商人がやってくる理由としては、この地の産物に、金があることが挙げられるだろう。

 ゼトランド地方の山からは金が採れ、そして、「金と銀は仲がいい」、金が採れる場所からは銀も採れることが多いという通り、銀もまた採れる。
 魔族はほぼ全員が魔力を持つ。魔法を使って金を採掘し精製すれば、人族が金を精製するときのような、燃料のために山が禿山、精製に使った汚水は垂れ流し、精製過程の不純物でゴミの山、ということも起きない。

 貴金属のような自家生産できない資源で最も恐ろしいのは枯渇だが、ゼトランド地方一帯を統べる魔王が貴金属の産出をコントロールしていることで、いまのところ、枯渇は遠い話であった。
 魔王城は、ゼトランド地方で最も険しく、標高の高い山の頂(いただき)にそびえている。この地方のどの場所からも見える、美しい城だ。
 魔王城はこの地の産物である白く光沢のある白美石で築城されていた。高くそびえる山の頂から伸びる、白い尖塔を持った美しい城。月がその隣の上空に浮かぶ夜などは、月光に照らされた城の肌が青白く輝き、その幻想的な眺めに人はほうとため息をつく。

 魔族観光社出版の「世界一周十二国観光ガイド」においては、行った方がいい観光地第三位にランクインしている国であった。
 さて、今回ゼトランド地方の魔王に敗れて第二条の規定により、全ての権利を剥奪された少女に話を戻そう。
 あの場でぱくりと食べられても文句は言えない立場だった少女は、現在、苛酷な拷問のさなかにいた。

「いったーーーーっ!」
「あっ、うっ、いっ…………うぎゃあ~~~~~っ!」
「あっ、いや、そこやめ……きゃーーーっ!」
「も、もうやめ、許し……あぎゃーっ!」

 ぼきぼきぼきっ!
 ばきばきばきっ!

 盛大に骨が砕けるのと似た音が鳴る。
 少女の悲鳴などちっとも聞いてないですよ、という素振りで少女の世話をしている女魔族たちは少女の体を痛めつける。

「硬いですわねー」
 ばきぼきぼきっ!
「ぎゃーーーーーっ!」
「こちらも凝っておりますわ」
 ぼきっ!

「うぎゃあ!」
「だいじょうぶ、念入りに、ほぐしてさしあげますわ」
 少女は、薄れゆく意識の中で、死を覚悟した……。



 一方、その声を壁一枚はさんで聞いていた魔王は、側付きのお気に入りの侍従に聞いた。
「……ずいぶん悲鳴が上がっているが、大丈夫なのか?」
 人間の基準で言えば二十代の、ハッとさせられる美貌の青黒い肌の若者はにこやかに頷いた。

「はい。今現在、奥方様は浴室にて、整体マッサージをお受けになっているところです」
「……なにやら骨が折れるような音もしているが」
「きっと、生まれて一度も整体を受けた事がなく、筋肉が凝り固まっていたのでありましょう。えてして運動をしている者ほど、筋肉は固くなるものです」

「……屠殺場で殺される家畜のような、百年の恋もさめそうな声で絶叫しているが」
「凝り固まった筋肉を解きほぐすのに、多少の痛みは仕方がないかと」
「なるほど、そうか」
 それで魔王は納得し、哀れ、マッサージと言う名の拷問にかけられた少女の、希望は潰えた。


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Date:2015/10/23
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