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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

1-9 自分が自分であるために



 ……なんで、私はここにいるんだろう?
 仲間の攻撃をかいくぐり、なんとか脱出したものの、少女は自問自答することになった。
 部屋を何とか脱出し、そのまま人気のない廊下の隅まで逃げてきたところでへたりこむ。

「ううう……」
 仲間たちの猛攻を切り抜けたのはいいものの、すっかりドレスはぼろぼろになってしまった。
 壁にへたり込んで荒い息をしていると、影がさした。

 少女は顔を上げる。
 青黒い肌の、彼女の伴侶が面白そうに見下ろしていた。
「なにをしている、おまえは」

「……ちょっとした、親睦会を……」
「ほう! 親睦会か!」
 魔王は破顔した。少女を上から下まで眺めまわす。

「なるほどなるほど。ずいぶん熱烈に親睦を深めたようだな」
 皮肉の棘が、ぐさぐさと痛い。
 ドレスはずたずた、結われた髪もほとんどほどけて肩に落ちている。
 さすがに何も言えずにいると、魔王は予想外の行動をとった。
 魔王らしい立派な上着を脱いで、少女にかぶせると、抱き上げたのだ。

「わ、きゃっ!」
 いきなり抱き上げられたので驚いて身体が暴れてしまう。
「こら。落ちるぞ」

「……で、でも……!」
「その格好で部屋まで戻るのか? さぞ、召使いたちのいい囀りの種になるだろうな」
「………………お願いします……」

 魔族の王である彼の腕はしっかりしていて、鋼のようだ。少女一人抱き上げて、びくともしない。
 顔と顔まで、腕を少し伸ばせば届くほどの距離。
「……こんな距離まで近づけるなんて、不用心にもほどがあるわよ。あなたは両腕がふさがっていて、私は両手を自由に使えるのよ?」

「ふむ、そうだな」
「……わたし、鉄板を素手でねじ切れるんだけど」
「まあ、それぐらいはするだろうなあ」
 平然とした肯定に、少女の方がうろたえてしまう。

「わ、わたし……だから、あなたを不意打ちで討てるぐらいの力はあるんだけど」
「そうだな。魔王協会統一法第一条は、あらゆる者に魔王への挑戦を認めている。それは、もちろん、一度負けて妻になったお前もそうだ」
「…………」
 少女は、深く沈黙した。

 その間に、魔王は少女の部屋に到着した。
 扉を開け、中に入る。

 床に下ろされて、少女は魔王を見上げた。
 その、真っ直ぐな瞳で。
「あなたは、どうして私を自由にしているの? 私に手も出さない、仲間を殺しもしない……おかしいわ。
―――あなたは、私に、何を望んでいるの?」

 これが、少女が魔王に尋ねたかったことだった。
 力ずくで蹂躙するでもなく、仲間の命を取るでもない。非常識なほど奔放にさせている態度の裏に、「何か」がある。

 それは少女の直感だった。
 魔王は、面白そうに少女を見やる。
「ほう。それで、お前は、俺様が何を望んでいると考えている?」
 少女は数秒考える間をおいて、言う。

「あなたは、私に……なにか依頼があって、でもあなたは、それを表立って依頼することはできない。だから、私を『妻』にした。そうじゃない?」
 少女は、世に真砂ほど数ある冒険者の中でも、トップ十に入る冒険者だ。
 数々の危険を仲間と一緒にかいくぐってきた。

「……俺様がお前の力を借りたがっている、そういうか?」
「ええ。私は、これまでたくさんの人にかかわってきた。助けてもらったことも多いし、助けた事も多いわ。その中で、事情があって、言いだせないでいる人に、あなたはそっくり」

「……それで、俺がそれにイエスと答えたら、お前はどうするんだ?」
「話を聞くわ」
 即答だった。

 魔王が僅かに眉を寄せる。
「依頼を受けるかどうかは、話を聞かなければ返答できない。でも、話を聞いて、きちんと検討する。それは、約束できる。……どうかな?」
 最後、口調を崩し、心配そうに尋ねる。
 いや。―――気遣わしそうに。

「……俺様は、魔族の王だぞ。その俺の依頼を受けると?」
 下手な返答をしたら叩き潰してくれようと思ったが、
「私の顧客の中には、魔族の人もいるわよ。たくさん」
 という当たり前のような返答の前には、撃沈するしかなかった。

「……おまえ、面白すぎるぞ。魔族の顧客がそんなにいるのか」
「別に、そんなおかしいことじゃないでしょ。ダルクは半魔族だし、マーラはエルフだし、コリュウはドラゴンだし。そんなパーティを見たら、今まで断られ続けた魔族の依頼者が私に依頼しても、不思議じゃないでしょ?」

「……まあ、それはな」
 魔族だから、という理由で依頼を断られ続けた魔族が、そんな混成パーティを見たら、このパーティならばと思う確率は、高い。

「……それで、お前は魔族の依頼を受けたのか?」
「話を聞いてみて、問題なかったものは、ね」
 少女は腰に手を当て、魔王に正対した。

「虐げられている魔族は善、なんて言う気はないわ。虐げられているからこそ、悪辣な依頼をする人もいた。そういうのはお断りしているわ。だから、私があなたに約束できるのは、話を聞く事だけ」
 ―――それでも、話を聞いて、同意できることだったら、この少女は力を貸すのだろう。
 不思議とそれに、確信を持てた。
 そういう顔だった。

「……人助け、か」
「えっ?」
「……お前の経歴、調べさせてもらったぞ。実に華々しいものだな」
「そ、それは……その」

「―――だから余計にわからん。なぜだ? なぜ、お前は、赤の他人のためにそこまでする?」
「……」
 少女は、黙った。

 けれども、沈黙の間も、少女はまだ瞳を魔王に当てたままだ。
「……それを私に聞いたのは、あなたが初めてじゃないわ」

「だろうな」
「なんで、どうして、赤の他人のためにそこまでするのか。……答えはかんたんよ」
 少女は、魔王を見上げて笑ってみせた。
 威風堂々たる顔。己が自分の主であることを宣言する顔だった。
 覇気あふれる笑顔は、魔王ですら一瞬見惚れたほど、人間としての魅力に溢れていた。

「私が、私であるからよ。私が私であり続けるために、私は私を裏切らない。何で? 決まっているわ。私は、目の前で困っている人がいたら、見捨てるより手を差し伸べたい。理不尽な理由で虐げられている人を見れば、その理由を取り除きたいと思う。そういう自分の心を、私は肯定する。わたしが、わたしであるために私はそれを行う。誰のためでもない。自分のためよ」

 お人好しでいることは、大変だ。
 人はそう善良な生き物ではないから、いいように使って感謝しない者が必ず現れる。恩を仇で返す人間もいる。
 それよりも、割り切って他人は他人と手を差し伸べずにいた方が、ずっと楽だ。
 ―――それで痛い目見たって構わないわ、私が好きでやってるんだから!
 ……だが、それらすべて判っていて、それでも人に手を差し伸べ続ける道を彼女は選んだのだ。
 自分に嘘をつきたくないから。

「……」
 不思議な感情が胸に湧きおこってくるのを、魔王は感じていた。久しく、覚えていなかったものだ。
 うねりを描き、心を攫っていく思い。

 この少女を、信じたい、という気持ちだった。
 魔王は一旦目を伏せてから、少女を正視した。

「―――娘。そなたに、依頼をしたい」
 少女は落ち着き払って言った。
「聞きましょう」



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