彼女が王妃になって、三年目の春がめぐるころ。
彼女は一人の赤ん坊を産み落とした。
「えへへへ……可愛いなあ」
小さなベッドの中で眠る可愛い一人娘を覗きこみ、クリスは蕩けるような笑みを浮かべた。
子どもができたと知った時には嬉しかった。安静に安静にと念じ続けて、無事出産できたときにはほっとした。
子を産める女であるということ。
それが王妃の絶対条件である。
魔族は優性遺伝なので、娘の肌の色は夫と同じ色だ。髪は黒。これは彼女も夫も同じ黒髪なので当然。瞳の色だけ、彼女と同じ青だった。
「か、可愛い……どうしよう、すごく可愛い。世界一可愛い」
世の中の親が子供可愛さに道を踏み外す気持ちがよーくわかってしまった。
それに茶々を入れるのは、十神将になったダルクである。
「……親馬鹿がひとりいるな」
「えーい、うるさいっ。可愛いんだもんしょうがないじゃない」
「ダルク、そんな風に言うもんじゃないですよ。母親ですから、それは可愛くて当たり前でしょう」
穏やかにマーラがたしなめる。
ポケットからはパルがはみ出ている。
「ちっちぇなあ……もみじみてー」
王妃たるもの、公務が山ほどあるので世の母親のように、付ききりにはなれない。乳母という存在に一日のほとんどの時間を任せている状態だ。
それだけに、娘といられる時間は何にも代え難く愛おしい。
「私と違って魔力があって、よかった。コリュウ、あなたの妹だよ。少し大きくなったら、魔法を教えてあげてね」
クリス自身に魔力がかけらもないだけに、少し不安だったのだ。もし子どもが自分に似て魔力が無かったらどうしようと。
魔王の子どもだからといって、魔力があるとは限らない。遺伝は摩訶不思議だ。
両親の間から、母に生き映しで父親にはちっとも似ていない子どもが生まれることもあれば、その逆もあるように。
もしクリスに似てしまい、魔力が無く生まれてしまったら――そう思うと、日夜神に祈りたい気分だった。祈りはしなかったが。
この高山地帯では、魔力があることが生活の前提にある。彼女はカルミアや魔王などのたくさんの手をかりて、生活している。
幸いにして、魔王の血が強く出たのか、娘――ユーリッドは強い魔力を持って生まれてくれた。魔力はあるなしが出生時に決まる。ないと決まったら、一生ない。彼女のように。
持って生まれたのなら鍛えて強くなることもできるが、なくて生まれたらどれほど鍛えようが身につくことはない。そういう力だ。
「うん……でも、マーラに教わった方が、いいんじゃない? ボク、まだまだ魔法は未熟だし……」
「じゃ、コリュウはそれまでに教えられるぐらいになっておくこと。あなたはお兄ちゃんなんだから、妹に教えてあげなきゃ駄目よ?」
「いもうと……」
戸惑いの強い表情で、飛竜の幼生は眠る赤ん坊に目を向けた。
「そっかあ……ボク、お兄ちゃんになるんだあ……」
「そう。……私に何かあったら、お願い、この子を守ってね」
冗談ではすまない気配の滲む声に、誰もが彼女を見た。
後から思えば、彼女には予感があったのかもしれない。
第一子出産からわずか半年後。
クリス・エンブレードは殺害された。
これにて、第四章はおしまいです。
なお、こういうパターンでは「実は生きている」事がとても多いのですが、今回それはありません。
クリス・エンブレードは間違いなく死んでいます。
→ BACK→ NEXT
- 関連記事
-
スポンサーサイト
Information
Comment:0