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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

閑話 男と女


第一章の直前辺りの出来事です。




 クリス・エンブレードは防戦一方に追い込まれていた。

 彼女とサシで戦って、優勢に進められる相手というと、ほとんどいない。
 彼女と最も相性の悪い相手――それは、魔術師系ではない。魔法と剣を両立させる魔法剣士でもない。ガチンコの、彼女と同じ近接肉弾戦系こそ、彼女と最も相性の悪い相手だった。

 理由は簡単で、彼女が女だからである。

 同系統で、同レベル帯の男と真正面から戦ったら、力負けする。筋力の差は膂力にも速さにも影響する。
「ぐううっ……!」

 交わった剣を力任せに押し込まれて、少女は歯を食いしばり、声を上げた。
 足を踏ん張り、ありったけの力を込める。でも足りない。圧倒的に力が足りない。自分でもそれが判る。もちろん相手にも。

 大金を注ぎ込んで揃えた装備があれば、その差で勝てる。
 ――でも手元にあるのは相手と同じ、刃を潰した剣が一本と、怪我をしないための簡素な防具だけ。

 あるいは、仲間がいれば、勝てる。マーラが補助魔法で彼女の能力を跳ね上げてくれる。ドラゴンのコリュウがいれば、回避範囲すべてを炎で一掃してくれる。魔術師のダルクも同様だ。
 ――でも、仲間は見ているだけだ。

 完全に押し込まれる前に刃を引こうとして、動きを先読みされた。
 流れた剣を跳ねあげられる。
 腕が痺れた。痺れた腕は握力を低下させ、剣が飛んだ。

 クリスは、宙を舞うその剣を茫然と見ていた。
 ――久しくなかった、完敗だった。

 地力の差。それは力の差であり、速度の差でもある。

 彼女の敗因を挙げれば、それは女であること、に尽きるだろう。
 男と女。そこにある、畢竟な能力差だった。

     ◆ ◆ ◆

「――悔しい。悔しい。悔しーーい!」
 その日、彼女は仲間たちに思うさま、うさをぶつけていた。
 彼女の敗戦を見ていた仲間たちも、黙ってそれに付き合う。
 ダルクはやけ酒ならぬ、やけ果実水(お酒は飲みません)を煽る彼女に一応注意した。
「……おい。杯を握りつぶすなよ」
 戦士職ひとすじの彼女の握力は、分厚い木の杯を圧縮して握りつぶすに足るのである。
 ミシミシと軋んでいた杯は、その音を止めた。

「負けた! すっごーい悔しい!」
 彼女がこんな風に喚いている理由は簡単で、どこの誰とも知れない名前も知らない旅の剣士に野試合を挑まれた。
 実はこういうのはよくあることで、なんせ名が通っている彼女である。
 その名声を得ようと、野試合を挑まれることがままあるのだった。
 ――そして、負けた。

 負けてしまったのである。

 あくまで試合として、サンローランの練習場で、刃を引いた剣を双方用い、一対一、というくくりではあるが、負けたのだった。
「くそう……私と正面きって立ち合って負かすなんてどこの誰よ! 絶対無名じゃないでしょ」

 彼女は盛大に悔しがっているが、相手に遺恨はない。
 通常ならそもそもそんな挑戦を受けないのだが、その剣士が自分より格上の戦士だと気づいたので、申し込みを受けた。
 そして、男と女で同レベル帯で同職業なら、優劣は圧倒的に傾いてしまうものなのだ。
 要するに、最初からうすうす敗北は気づいていて、それでもなお挑んでみたかったがやっぱり負けた、という状況なのだった。
 そして、予想していてもやっぱり悔しいのであった。

 ひとしきり喚いて発散が終わると、少女は一人ごちた。
「……勧誘しようかなー。勿体無いなー」
「彼をですか? いいですねえ」
 マーラは賛成した。
 現状、彼女は斬り込み役と壁役を場合に応じて使い分けしている。その負担が減り、どちらか一方に専念できるのはいいことだ。

「……ただ、頷いてくれそうも……ないんだよねえ」
 ダルクが聞く。
「勘か?」
「勘」
 少女は頷いた。
 それで仲間が納得するほど、彼女の勘への信頼は高い。
「――そもそも、誰でしょうかね、彼」

「ぼろ負けしちゃったから、がっかりさせちゃったかも」
 おまけに、パーティを組んでいる様子もなかった。
 恐らく、実戦では装備の差で彼女が勝つ。
 そうでなくとも、数で勝つ。
 ひとりより、複数の方が強い。それは暴力の真理だからだ。

「――アレじゃないですか? 『残光の夢追い人』」
「あー……やっぱマーラもそう思う?」
「ええ」

 『残光の夢追い人』。
 大層な二つ名をもつ、大陸全土を回っている旅の剣士。
 各地の評判の戦士に戦いを挑み、勝ち星を積み重ねている最強クラスの戦士。ちなみに種族は不明だ。人族の外見をしているが、どうにもこうにも、年をとっていないように見えるのだ。

 本日会った青年は、二十代から三十代、というところだった。
 『残光の夢追い人』の噂が流れてるようになってから、十年はたつ。どうにも、年があわない。そのために人族以外ではないか、と言われているのだ。

 その武名から勧誘も多いらしいが、「一対一で、自分に勝てたら入る」と公言しており、そして、いまだ、その条件を満たせた者はいない。

 純粋な肉弾戦系戦闘員である彼女にはその理由がよくわかる。
 実戦ではありえない「一対一」「正々堂々」「仲間は手出しせず」「武具も同じ」「闘技場という限られたフィールド」では、戦士系がいちばん強い。……と、彼女は思っている。

 たとえばクリスの場合、たとえ魔術師として最高峰のマーラと戦っても闘技場でなら十秒かからない。
 戦士系は俊敏が恐ろしく高い。乱用はできないし持続もしないが、瞬間的に、脚力を飛躍的に高める事ができる。たとえ闘技場の端と端に離れていても、二秒あれば目の前まで来れる。
 そして、もう一秒あれば、それでおしまいだ。十回斬って、お釣りがくる。

 魔法戦士でもおなじこと。
 魔法を使おうにも、相手の姿がみるみる大きくなる中でミスなく平然と詠唱できる強靭な精神力の持ち主が、どれほどいるか。
 何とか最初の一撃を剣で受け止めても、それで詠唱は中断される。一秒に十回は斬りつけられるような純粋な戦士系と剣で戦って、同時に魔法を唱えられる器用な魔法戦士など、会ったこともない。というか、いるはずもない(とこのときは思っていた)。

 つまり、小細工なしの対等の条件下の一対一であの戦士を倒すのなら、ガチンコの、戦士系同士の力勝負になるのだ。
 そして、その力がクリスにはなかった。そういうことだ。

「くそー。負けちゃったから、誘ってもパーティには入ってくれないだろうな。……まあ、上には上がいるって教えてもらったことには感謝するわ……!」
 握りこぶしで力を込めて言う少女を、仲間は温かな眼で見つめていた。

     ◆ ◆ ◆

 これはほんの寄り道の話である。

 黒い目の者と青い目の者が結婚したとしよう。ほとんどは黒い目として生まれるが、十人に一人ぐらいは青い目で生まれる。

 同じように人族と魔族が結婚したとしよう。
 ほとんどは魔族の肌色で生まれるが、十人にひとりぐらいは、人族の肌色で生まれるのだ。

 遺伝は摩訶不思議である。



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Date:2015/12/10
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