あかね雲

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□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

無知と偏見 14


 患者の経過も上々で、一年分の薬の作り置きも用意した。
 もうこれ以上、この町にとどまる理由はない。

 ジョカはリオンとともに街を去る準備を始めた。
 懸念だった帰り道も、インホウが知り合いの隊商に声をかけてくれたことで目途がついた。
 全世界的に治安が悪く、山賊が跋扈している現代で、街道を二人で旅するのはかなりの危険をともなうものであったのだが、これで一応安心だ。

 そして――ジョカも内心で見直したのだが、インホウは、ジョカやリオンに危害を加えようとしなかった。

 危害を加えてもすでに支払った資産は戻らないが、何らかの手練手管を使ってどうにかしようとはしてくるだろうと思っていた。

 ジョカは人の善意を信じていない。
 人の悪意と欲望によって餌食にされつづけた時間がジョカを人間不信にした。
 リオンのことだけは信じているが、そのほかの人間の善意など、信じたことはない。

 なのに、あんな無茶な条件を突きつけたのは、試してみたからだ。
 らい病患者は可哀想だが、ジョカはリオンのことが何より大事な凡人である。
 周囲を囲まれたあの状況で、ジョカが持っている手札は「らい病患者を治せる」ということ。

 しかしそれは、らい病患者を治した時点で消えてしまうものだ。
 だからジョカは全財産を要求した。
 そうすれば、ジョカの手元には再び強い手札が入る。
 インホウの全資産という手札が。

 そうなればすぐに殺されることはない。殺されるとしても、どうにかしてジョカから財産を取り戻した後だろう、と思っていたのだが。
 しかし……インホウの対応は、予想外だった。

 どんな契約にも抜け道はある。
 それを探し出し、つつくのが人間の知恵というものだ。

 それをしようとしない、という態度に感心したジョカは、リオンに相談の上、出立の日にある贈り物をした。

 その日はインホウをはじめとした家族全員がふたりを見送った。
 ふつう、血縁でもない男と女性は同席しないものだが、今日は特別という事だろう。兄や弟に挟まれて立っている。

 一か月の猶予期間も終わり、これからインホウたちはあの大きな家を出て、自分たちの住居を探さなくてはならない。
 なのに、その顔は晴れ晴れとしていた。

「じゃあな。もしまた体調が悪くなったら、俺を呼ぶといい」
 外なので「その言葉」はいう事を控え、そういう表現にした。
 らい病という単語一つでも誰かが聞いていたら、非常にまずい。
 ただの噂でも、人は殺せるのだ。

「ありがとうございます……ありがとうございます……!」
 頭を下げるインホウの手の中に、ジョカは布袋を押し付けた。

 そしてインホウが頭を下げている間に、ジョカはさっさと立ち去る。
 もちろんリオンも一緒だ。

 リオンはジョカの隣で肩を並べて歩きながらくすくすと笑う。
「驚くだろうな」
「そりゃ驚くだろう」

 あの場でインホウが中身を確認しなかったのは、礼儀に反しているからだ。
 頭を上げることはもちろん、贈り物をもらったその場で、本人の目の前で、促されもしないのに確認するのはこの地域の礼儀に反する。

 だが、今頃は確認しただろう。
 仰天して、自分たちの後を追うにももう町の外だし、贈り物を返すことはこの地域の習俗では非礼にあたる。

「厄介なものが片付いてほっとした」
「ま、そうなんだよな。あんなもの俺たちが持っていても、換金するにも困るし、出所を探られてまた困るし」

 研磨済みということが更に困る。
 あれだけの宝石だ。しかも原石ならば「たまたま拾った」で通るが、あれは研磨済みなのだ。
 しかも、宝石に目が利く人間ならちょっと見ればわかるくらいに、研磨技術が高い。実際リオンは一目で見抜いた。
 盗品と疑われるのは必至。
 あの宝石は、持っているだけで、危ないのだ。

 インホウはそれなりにやり手の商人らしいので、うまく出所を誤魔化して売るだろう。
 ジョカたちにしてみれば、今頃為替のかたちで現金化した資産が住んでいた町に送られているはずで、宝石をその金と引き換えにしたという事になる。損はない。

 ジョカは、もしも最初から最後まで誠実に応対したのなら宝石をくれてやろうと思っていたが、まさか本当に宝石をくれてやることになるとは。

 人間も捨てたものじゃないな、とジョカが思っていると、リオンが少し袖口を引いた。

「ジョカ」
「なんだ?」
「よかったな」
「なにが?」
「彼らが、あなたの危惧していたことをしないでいてくれて」
「――」

 ジョカはリオンを見返す。
 リオンは澄んだ眼差しでジョカを見ていた。

「可哀想だと思ったから、あなたは手を差し伸べた。その慈悲に、悪意や罵倒や侮辱を返すような人間でなくて、よかったな」
 ジョカはリオンから目を離し、遠くの景色に目を置いた。

 かつて、同じように手を差し伸べたことがあった。
 魔術師としての制約に抵触しない範囲での人助け。
 返ってきたのは、侮辱と罵倒だった。

 ――魔術師のくせに! いつだって治せたくせに! 治せたくせにあんたはそうしないで私たちをあざ笑っていたんだ!

 魔法には、代価がいる。
 ならば、魔法でない範囲で、代価をとらずとも済む範囲で、人民の幸福のために自分の知識を活用しよう――そんな思いは、すぐさま無くなった。

 それは多くの魔法使いが辿った道だ。
 親交のあるごく少数の人間に個人的好意を感じて手助けはしても、それ以上の事をする気はなくなる。

「俺は、流民のくせに、とか言われるかと思った。治してもらった当初は感謝しても、その感謝はすぐに薄れて、恨みの方が大きくなる。人に感謝するとは、重荷を背負うということ。人は感謝し続けるより、嘲りたいものだ」

 それはジョカの経験則である。
 人に善行をしても、感謝されるとは限らない。
 助けてもらって、唾を吐きかける人間だっているのだ。

「でも、彼らは言わなかった」

 その裏にはインホウの「ジョカと仲良くした方がいい」という目論みや、インタオの家族への密かな働きかけがある。
 家長であるインホウの主張「ジョカと仲良くした方が長期的な利益になる」「契約違反は信用を落とす」「それよりはジョカと仲良くして長い付き合いになり、取引をして利益を確保したほうがいい」という意見におおむねの家族は従った。

 ジョカは家長のインホウがそうした動きをしていることを知って、密かに感心していた。
 ジョカが大金持ちになったということは、他の誰よりインホウが良く知っている。なら、この後も関係を続けてジョカに便宜を図り、見返りをもらった方がいいだろう。

「あなたは優しいな」
 ジョカは反論しようとしたが、結局そのまま口を閉ざした。
 自分の今回の行いは、確かにそう言われてしかるべきものだ。それを否定するのは無意味な行いだろう。

 だが、ジョカは優しくない。今回はたまたま慈悲をかけただけだ。
 優しいというのは、リオンのような人のことを言うのだ。

 ジョカが手を差し伸べるのは、リオンと自分に害がない範囲だけだ。
 本当に優しいというのは、自分の身を削ってでも他人を助ける行為を言うのだ。
 リオンが、ジョカにしてくれたように。

「あなたの優しさが無駄にならなかった。それが嬉しい」
 リオンは笑う。太陽のように。

 いつだって、リオンの笑顔はジョカに力を与えてくれる。
 この胸に満ちるものが愛情ではないとしたら、この世に愛に値するものなど存在しないだろう。

 ジョカは満たされた気分でリオンの頭を撫でる。できれば肩を抱き寄せたいところだが、人前なので自重した。
「あなたは、彼らを信じたかったんだろう?」

 ジョカはまじまじとリオンを見つめた。
 ときおり、リオンはジョカも気づいていなかった心の奥底の感情を鋭く突く。

「あなたの信頼を裏切らないでいてくれて、私も彼らに感謝しよう。だって、あなたにとって難しいことだったんじゃないか? 誰かを、信じてみるというのは」
「……リオンのことは、信じているよ」
 自分の心の闇を最愛の人に見抜かれていたことに驚きはあるが、大きくはない。

 幾度となく肌をかわし、何度となく愛の言葉を囁き合い、もう十年以上も一緒に暮らしているのだ。気づかれていることはむしろ当然だった。

 リオンは莞爾として笑う。
「ああ、信じていてくれ。あなたの信頼に値する人間であるということを、私はあなたに証明する」

 そして、と言葉を付け足す。
「彼らがあなたを裏切らなかったように、あなたの信頼を裏切らない人が、増えていくといいな」

 ジョカは少し考え、頷いた。
「そうだな」

 頷いてみせたが、ジョカの心の中は違う。
 これから、二人のもとには絶対に金銭目当ての人間がわんさか来るだろう。

 インホウの家はかなりの資産家だったので、ジョカが為替で送った額は相当な額になる。
 それだけの金額ともなれば、噂になっているだろうし、嫉妬もやっかみも買うだろう。

 阿諛追従してふたりに取り入ろうとする人間も多いだろうし、妬んで悪いうわさを流す人間もいるだろう。更にその噂を信じて離れていく人間だっているだろう。
 そういう今後の困難を考えると、どうしたって人を信じない方がいいのだ。

 ジョカはリオンのことは信じているが、他の人間を信じようとは思わない。
 そして、それを改めようとも思わなかった。

 誰より優しい人を守るためには、誰も信じない人間が必要だろうから。



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Date:2015/12/16
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