「――死霊魔術を、使えるのであろう? 我が妃に言を語らせることはできぬのか」
玉座の間で、臣下が集まる中、そう求められた時――宮中の賑やかしにして道化師は、答えに窮した。
「……願いますれば、英名なる魔王さま。それは、すべきではありません。死者復活など――」
「そのつもりはない。私が求めるのは、妃を殺した人間についての、情報だ」
「……それもまた、難しい事かと思われます。まず第一に」
道化師は、自分の体を撫でた。
「魔力は、肉に宿るもの。現在私は生命活動を停止した肉に宿る魔力を使用しております。肉体のほとんどが残り、その肉体の魔力が高ければこそ、こうして人と変わらぬ姿をさらすことができております。
ですが……お妃さまのお身体は、ごく一部。しかも」
――魔力なし。
「死霊魔術で術をかけても、耐えられずに崩れてしまうことでしょう」
魔力のない人族の体では、全身が揃っていても、ゾンビ化できるかどうか微妙なのだ。
首だけでは、試すだけ無駄だ。駄目でもともと、という言葉もあるが、失敗したら首も崩れてしまう。
成功確率はほとんどない。……だから、ゾンビは駄目だ。
道化は死霊魔術を使えるが、大した腕ではない。自分の体の補修用ぐらいにしか使えない。
魔王も、道化の言葉を考慮する姿勢を見せた。
「そうか。では、お前ならばどうやって犯人を探り出す?」
「そうですね……」
道化は考える様子を見せた。
周囲を観察すれば、賛同一、無関心八、不賛同一、ぐらいだろうか。
所詮は人族の妃だ。
殺されて首だけになっても、真剣に犯人を捜し出し、八つ裂きにしたいと思っている人間は少ない。
そんなことを魔王に言おうものなら真っ先に血祭りにあげられるから、何も言わないだけだ。
自分とは無関係、犯人が捕まろうが逃げようがどうでもいい、というのが、ほとんどの人間の本音だろう。
――王妃が死んで、心底その犯人を憎み、捕まえたいと思っているのは、この場では魔王と、道化だけだ。
綺麗事であることはわかっている。けれど、道化は、とりあえず言った。
「――王妃様は、復讐など望まれますまい」
空気が帯電した。
先ほどまで無関心を気取っていた人間たちも、目を見開き、顔をひきつらせている。
数秒後に荒れ狂うだろう魔力の嵐に備えて逃げだす準備をしているものすらいた。
「ああ……そうだな」
魔王は、口元を弓なりに歪めていた。……見る人によっては、笑顔に見えるかもしれない。その場にいる全員は、冷気に金縛りになっていたが。
「――あの妻は、自分を殺した人間を恨んではいないだろう」
魔王からぴりぴりと痛い空気が流れていて、誰も言葉を発することはできない。
血まみれの衣はさすがに着替えていたが、魔王の膝にはいまだ、その妻がいる。
魔王も、そう思う。
彼女は、誰も、恨んでいないだろう。
剣を取り、殺す側にまわったからには、いつ殺されても仕方がない。
彼女はそう思っていたし、
だからこそ自分の命を、全力で守っていた。
人を殺めるものの、覚悟と義務。
殺されまいと全力で抗うことも義務なら、力及ばず殺される覚悟もあった。
クリス・エンブレードは、誰も恨んでいないだろう。
これまで彼女は、多くの命を手にかけてきた。同じ戦士の論理で、今回の死も、受け入れているに違いない。死者の国で、安寧のまどろみに沈んでいるに違いない。
それを承知の上で、魔王は言った。
「だが、俺は、妻を殺した人間を殺したい。いいな、俺が、殺したいのだ。妻の意志など、知らん。文句があるのなら、生き返って言えばいいのだ。それならば考慮もしよう。
復讐は、生きている人間が自己満足で行うものだ」
反論のことばもなく、道化は、深く、頭を垂れた。
「……私が思いますに、全ての事情を知る方が、お一人、確実にいらっしゃいます」
「ほう。それは?」
「炎神さまでございます」
意表を突かれた様子で、魔王も周囲の人間も道化を見た。
――炎神は、常に、彼女を見ていた。
見ていただけで何もしなかったようだが、見ていたことは間違いない。何が起こったか、誰がやったのか、つぶさに全てを知っているはずだ。
魔王の注視を受けて、道化は深く膝を折る。
「……魔王さまでしたら、炎神さまにお尋ねすることも可能でしょう。すべての真実は、明らかになることと思われます」
そう進言しながら、道化は考えを巡らせていた。
――早く、エルフと連絡を取らなくては。
ユーリッド姫を連れ、城下に逃れた緑髪のエルフ。クリスの信奉者で、クリスのために『身代わり』を作る技術を研鑽していたあのエルフが、血迷って馬鹿な真似をしないうちに。協力してもらうために。
――既にそれが手遅れで、彼が自害しかけたところを仲間に力ずくで止められ、更に赤ん坊の世話を押しつけられた結果考えを改めたことを知るのはその翌日のことになる。
いろいろと、遅かった。
ちなみに赤ん坊は人質にも何にもされてません。命をかけて乳母が抵抗してくれたおかげで無事でした。勇気の代償は、死でしたが。
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