ズタズタの服を着替え、身支度を整えてから、テーブルにつく。
「ひとつ確認したいが、お前は、生娘か?」
少女は当たり前の表情をした。
眉と眉を接近させ、口元をへの字にし、とても嫌そうな顔になったのだ。
それでも答えを口にしたのは、わかっていたのだろう。乙女である、ということが、ある種の魔術の必要条件でもある。
「……そうよ」
「では、依頼したい。ただし、これは、口外無用だ。……この国には、あるもの、がある。それには乙女しか手を触れられん。だが、そのあるものからのみ手に入れられるものが、極めて重大なのだ」
少女は沈思していた。
やがて、顔を上げる。
「……ひとつ、聞いていい?」
「ああ」
「そのあるものって、……生きもの?」
「―――そうだ」
少女は大きく息を吸った。驚きを抑制しようという、動きだった。
「……なるほど……。わかったわ。だから、あなたは、私を妻なんかにした。でも手は出さなかったのね……」
「お前の仲間を殺さなかったのもな。依頼をする以上、憎まれるようなことはつつしむべきだろう」
魔王は、実に常識的な事を口にする。少女の仲間への、寛大な対処の理由がわかった。
「どうだ? やってもらえるか?」
「条件が一つ」
少女が手をあげた。
「この件に関しては、あなたと私は対等の関係よ、そうよね? これは、『依頼』であって、私の道楽じゃないんだから。だから、報酬をもらうわ」
「まあ当然だな」
平然と魔王が言って、少女はほっとする。世の中、強欲な人間はいるもので、無償の善意が当然、報酬を貰うと言ったらとたんにわめきだす人間も多いのだ。
「私の望む報酬はひとつ。十二の種を、分けてほしいの」
「…………」
魔王は黙って少女を見下ろしたが、失笑した。
「―――なるほどな。娘、どうしてお前が俺様に挑戦したのかと思っていたが、そういうことか」
「……」
魔王に挑戦するパーティは古今東西問わずよくいる。
魔王協会統一法第一条があるため、それは認められている。
魔王を殺すことは、誰にも咎められない「合法的」な行為なのだ。
魔王に勝てば、その財産、地位はそっくり勇者パーティのものになる。ハイリスクだが、ハイリターンだ。
魔王が持つ魔剣や至宝、財産を目当てに、様々な種族が無数の挑戦を繰り返してきた。
だが、少女は売名も、財産も興味がなさそうで、少し引っかかっていた。
「飢えに苦しむ村から依頼を受けたか? それともお前の『道楽』とやらか?」
「……道楽、のほうよ」
「なるほどなるほど、逃げなかったのもそのせいか。―――お前は、自分の身が危うくても、単なる口約束を優先させるのか?」
魔王は、本気で不思議そうだった。
「どんな強い冒険者だとて、最初から強いわけではない。真の強さは実戦でしか磨かれん。負けと勝ちを繰り返し、少しずつ強くなるものだ。娘、お前の様に」
「……」
「お前は、俺様に負けた。それは恥じるべきことではないぞ。お前はよく戦ったのだから。だが、負けは負け。俺様がその気になれば、お前はあの場で死んでいたはずだ」
「……そうね」
「お前は、それでも、その願いに固執するのか?」
少女はうなだれた。
「あなたの言いたいことは、よくわかる……」
けれども、少女は顔を上げた。
「でも、それが私なの。馬鹿で阿呆で大馬鹿で、どうしようもないと思う。実際、ギリギリの状況で命がかかっていれば、私だって自分の命をとるわ。でも、……」
妻になれという言葉に頷いて、実際に妻として遇されて、驚いたと同時にひょっとしたらと思った。
ただの戦利品ではなく、本当に、妻になるのなら、魔王の妃としての権力であの村の願いを叶えてやれるのでは、と。
「でも……そうしたいの」
魔王は新鮮な驚きと、これまでの興味本位とは違う関心をもって少女を見た。
自分に余裕があるとき、余裕の範囲で人を助けるのはたやすい。
だが、自分に余裕がないとき、自分自身を削って人を助けるのは、至難だ。
魔王はしげしげと少女を見つめる。珍しい、なんてものではない。絶滅危惧種だ。
魔王に負け、囚われている状況で、まだ人の事を気にかける。託された願いを叶える方法を、その状況でも考える。
生半可なものではない。
この少女のお人好しぶりは、筋金入りだった。
少女は言う。
「魔族の王は、十二の至宝を持つ。古くから、人間たちはその宝を狙って戦争を仕掛けてきた。この国の至宝は、『種』……。どんな過酷な地でも生育し、たくさんの実を付ける種。十二の地のうち、挑戦に陥落した地では、至宝は奪われた。でも、この地はいまだ一度も挑戦者に膝を屈したことはない。……あなたを殺すつもりはなかった。地位を奪うつもりもなかった。あなたに勝って、その種を持ちかえりたかったの」
少女は魔王を見上げる。
「幸い、この地の至宝は種。種なら増やせるし、一粒だけってこともないでしょう。お願い、少しでいい。分けてほしいの」
ひたむきな目をした少女に見上げられ、懇願されて。
魔王はつい、衝動に負けてしまった。
「んん~っ! んんん~~~っ!」
もがく少女の力はかなりのものだったが、魔王の力はそれ以上に強い。
柔らかな唇を堪能して、その顔を離す。
「な、な、な、ななななにするのよっ!」
「何故怒る? お前は私の妻だろうに」
「そ……っ、そう、だけ、ど……」
怒りが突然行き場を見失って、視線がうろうろとさまよう。
「その様子からすると、唇も初物か」
少女の顔が羞恥と憤怒で真っ赤に染まる。
憤然と、何か言おうとしたその瞬間に、魔王は言う。
「娘、お前の望みを受け入れよう。ただし、成功報酬として」
少女が驚いた顔で魔王を見上げる。
魔族の十二の至宝のひとつだ。それを、人間に譲るのがどれほど抵抗あるか、己が身に置き換えてみればすぐわかる。
長年、それを奪おうと多くの盗賊がやってきた中で守り抜いてきたものを、その盗賊に渡してくれるというのだ。
「あり、が、とう……」
「礼を言うのはまだ早いぞ。俺様は約束は破らん。だが、成功報酬を受け取るのは、楽ではないからな」
少女は顔を上げる。
「―――私は、クリス。クリス・エンブレード。私の名において、あなたの依頼を受ける。……依頼の詳しい内容を、教えて頂戴」
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