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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

5-14 負けに等しい損害


 ころころと転がる首をそのままに、ラージャは胴体を抱き上げた。
 確認するように、彼は後ろに目をやる。
「約束通り。これは、俺の自由にしていいんですよね?」
「……ああ」
 ただ一人の生き残りの魔族は、頷いた。魔族同士の重大な契約の際は、束縛の鎖が巻かれるのが普通だ。
 彼にもそれはあった。惜しいとは思うが、束縛の鎖に違約はできない。

 ラージャはどこか楽しげに周囲を見回す。
「しっかし……死にも死にましたねえ。あんだけの手練れが十一人ですよ」
 先ほどまで瀕死の重傷で呻いていた二人も、もう事切れている。惜しい。回復系のスキルか、回復魔法の持ち主がいれば死ぬことは無かっただろうに。
 魔族の欠点は、補助系と回復系が苦手で、習得者がほとんどいないことだろう。適性は無くとも魔力はあるのだから時間を注ぎ込めば何とかなるだろうに、皆が皆、攻撃魔法ばかり習得するから数を揃えても効果が出ないのだ。

 戦闘要員がたったの四人しかいない王妃のパーティと正面から当たっても、勝てないだろう。あっちは数の生かし方を知っている。こっちは知らない。
 数は勝敗を決める最も有効な力だが、数の生かし方を知らないのでは意味がない。今の戦闘で言うなら序盤の前衛の三人に補助呪文をかけ、武器に魔法付与でも硬化でも何でもいい、魔剣と打ち合えるだけの何らかの付与をかけておけば、前衛の三人だけで討ちとれた。
 それも、恐らく、戦死者ゼロで。

「殺されたのは、ほとんどが不意打ちです。戦いの機微を王妃様はわかってらっしゃった」
「……」
 魔族はむっという顔をしたが、言い返すことはしなかった。
 実戦で、卑怯という方が愚かなのだ。

「あと、事前調査が甘いですよ。王妃様が魔剣召喚をできるようになったことぐらい、調べておきましょうよ」
「……冒険者時代には、できなかったのだ」
「じゃ、魔王さまから聞いたんでしょう。夫婦ですし、仲睦まじいじゃないですか。魔剣の持ち主同士、情報交換をしても、何も不思議はない」
「魔力のない王妃が武具召喚ができるとは思わなかったのだ!」
 それは一理あると認めよう。
「他の防具とかはできなかったですから、魔剣に限って出来るんでしょうね。敵の戦力把握は正確に、ですねえ。産後で弱った素手の女を嬲り殺すつもりが、おかげで死屍累々ですよ」

 魔族は同胞の遺体を見やり、反論する気力もなく肩を落とす。
 一族の中でも上から十一人集めた。そのすべてが死んだ。
 魔族で力ある者はほとんど貴族の称号を持つ。ここにいる十一人は全員が貴族だ。
 魔族のなかでは、力の有無が権勢に直接的につながる。一族に連なる貴族が十一人も死んだ。
 彼の一族は一気に数を減らし、発言力を減らし、権力を失ったわけだ。

「正々堂々一対一の同じ武器なら、たぶん前衛の一人で王妃を討ちとれたんでしょうがね。そんな都合のいい状況はありえませんよ」
 余程周到に状況を操作しないかぎりは。

 王妃は魔剣という装備の差で勝ち。
 数による仲間同士の阻害で勝ち。
 不意打ちで勝ち。
 最後に負けた。
 勝者であるはずのこちらは、負けたに等しい損害だ。

「王妃様は、筋力が落ちていたから、剣と剣で正面きって立ち合う状況にはしなかったんですね。逆に剣と槍なら、突っ込んで近距離で戦った方が勝率がいい、と。なるほど。的確な判断で。
――喧嘩売る相手を間違えましたねえ」
 皮肉を込めて、ラージャは依頼主を見やる。
「……ここまでの被害がでるとは……」

「しかも、王妃さまは魔王さまのお気に入りですよ? 俺なら、とっとと逃げ出すことをお勧めしますね。もたもたしていたら一族郎党皆殺しですよ」
「なに。いくらなんでも……いや……」
 彼が、名門貴族として勢力を誇っていたのは昨日までのことだ。
 一門の有力者が十一人も突然死したことで、勢力は著しく衰退するだろうし、いきなりそれだけ大量の行方不明者を出したのだ。彼が王妃を「やった」ということは、すぐに噂されるようになるだろう。

 そして、魔王のあの王妃への寵愛ぶりを考えれば……ラージャのいう通りのことになる可能性は極めて高い。
 もう、魔王ですら意見を無視できない権門ではなくなったのだ。
 その気になれば、一族ごと狩りつくせる弱小一族になってしまったのである。ただ一度の戦闘で。
 万全を期そうと、上から十一人選んだのが仇(あだ)になった。
 ……いや、それは、間違いではなかったはずなのだ……。

 何が悪かったのか。これからの未来を思い、暗澹とする魔族を叱咤し、ラージャは後始末をした。

 ここはシャボン玉のようなものだ。
 この空間を潰した瞬間、ここにあるものすべてが通常空間に移動する。十一人の遺体を始末しなくては、顔からすぐに彼ら一族の仕業とバレてしまう。
 いずれは露見するだろうが、即座にばれるのと、いずればれるのとはまるで違う。
 復讐に猛る魔王が追討の手を伸ばす前に、逃げるための時間が必要だった。

 その際、ラージャは王妃の首はそのままにした。通常空間にもどったあとに、魔王側に回収されるように。

「……契約通り、王妃の体はお前の自由だ。いいのか? 持っていく場所に持っていけば高値がつくと思うが」
 人が個体識別に用いる場所だ。
 おまけに、ラージャが炎で埋葬しようとしても、傷もつかなかった。あの有名な炎神の寵愛は死体となっても有効ということで、高額賞金首である証明は容易ということだ。
 首と引き換えに、目もくらむ額の金が手に入るだろう。――その代わり、その首には無惨な運命が待っているだろうが。

「……敬意を表して、かな。命よりも選んだ旦那さんのところに、首ぐらいは返してあげたいなと。王妃様と同じく、俺も金には困ってないんですよ。俺ぐらいの冒険者となるとね、仕事なんざ引く手あまたですから」
 あくまで彼がこの仕事を受けたのは、王妃への反感と、そして同情だ。
「……奴隷にして、飼うのもいいかなあと思ったんですけどねえ。優しくするから俺の子を産んでくれないかなーって。でも、考えてみれば、無理ですよね。必死に探しまわるに決まっている魔王さまやら王妃さまの仲間やらにいつかは必ず見つかって殺されますよ。それに、まあ、隣の畑のものは良く見えるってやつで」
「隣の畑? なんだそれは?」
「ああ、知りません? 人族の言い回しで、手に入らない物は良く見えるって意味です。彼女が断ったから、尚更惜しく感じるんでしょう」

「なら、生きているうちに楽しめば良かったろうに」
 ラージャは嫌な顔になった。
「それもちょっとなあ……。嫌がる女に無理矢理乗っかるのは嫌なんですよ。おまけに相手が王妃さまでしょ? 男なんざ、ヤってる最中と事後が一番警戒薄いし……無防備な急所に渾身の一撃喰らったら、俺でも死にます」
 実際王妃の逸話にはそういうものがある。
 寝所に引き込み、無抵抗の少女にのしかかってさあというときに男の急所を蹴り潰され、のたうち回ったという話だ。

 そこで、魔族は全裸に近い王妃の体を抱えたままのラージャに、いぶかしむ目を向ける。決して軽くない重量だ。
「契約だからどうしようと自由だが……、その身体をどうするつもりだ?」
「魔王さまにとって最愛の王妃さまでも、愛しているからこそ食べるかもしれないでしょう。そんなの可哀想じゃないですか」

 魔族は変な顔になったが、何も言わなかった。

 種族間の価値観の相違、というもので、人食いする魔族にとって食われる人族は、可哀想でも何でもないのだ。死んでいるなら尚更。
 この辺は人族の家畜に対する考え方と近い。豚がぶぎぶぎ鳴いているのを見て、殺して食べるなんてかわいそう、そういう人間はいるだろうが、ほとんどの人間は気にせず食べる。
 まして、豚がもう死んでいるのなら、それを食べるなんてかわいそうという人間はもっと少ない、そういうことだ。

 ラージャも微妙な感情を読み取ったが、何も言わなかった。
 その昔、創造主が定めた運命。食うものと食われるもの。
 ――両者が判り合うには、食うものが食うことをやめるしかないのだ。





 もしも補助魔法が使える人間が一人でもいて、きちんと武器に魔剣と打ち合っても大丈夫なだけの付与を与えていれば、産後で体力が落ちた彼女となら一対一でも勝てたでしょう。

 敗因は三つ。
・魔剣の召喚ができるとは思わなかったこと(情報不足)
・この陣容なら大丈夫だと、油断しきってたこと。
・回復・補助呪文の使い手を何としてでも引っ張り込まなかったこと。(もしマーラ並みの魔術師がひとりいれば、一人道連れにできるかどうかでした)

 ラージャは報酬として「王妃の体を全部寄こせ」が条件だったので、刺客の魔族たちとしては、切り札として用意したけどできるだけ手を借りたくなかったのです。

 ifの未来ですが、もし生き残ったこの魔族が能力低下前のクリスを食ったら、魔王に匹敵する力を得られたでしょう。


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Date:2015/12/16
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