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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

1-11 両の手に、掬えるだけのものを




「この城の奥に、ゲートがある。そこをくぐると、数代前の魔王が拵えた迷宮に移動する」
 魔王は念押しした。

「いいか、そこに行けるのは乙女だけ、しかも、その迷宮の内部は魔物だらけだ。本来は、通行印を持っていれば素通りできるはずなんだが……」
 魔王は苦い顔になって言う。
「その通行印が、どこにもなくてな。魔王は、不意の死に備えて重要事項をきちんと引き継げるよう用意しておく義務があるんだが、前魔王はそれを怠ったらしい。となると、自力で迷宮を突破する必要がある」

 少女は真剣な顔で頷いた。
「生娘で戦闘能力が高い者、となるとそうはおらん。こちらでも厳選して人を送り込んだが……」
 魔王は、かぶりを振る。
「帰って、来なかった。三人だ」

 少女も瞳を陰らせる。うら若い少女たちが、三人も命を散らしたのだ。
「さすがにこたえてな。それから、人を送り込んだ事はない。だが……内部は、かなり、危険らしい」
「私が死んでも、気にしないでいいわ」

 少女は、返還された装備を身につけながら言う。
「報酬をもらう以上、これはれっきとした仕事。それで死んだとしても、冒険者のならい。……コリュウたちには、うまく言ってちょうだい。あ……一つお願いしたいんだけど、私が死んで、彼らが暴れても、命を取らずにいてくれる?」

「それについては約束しよう。俺様は約束は破らん」
 少女は破顔した。
「信じるわ」

 黒の革手袋、額当て、皮の手甲(魔力付与つき)、腰には魔剣、盾はなし、胸には軽く強靭な神聖銀の胸当て、皮の脚絆(魔力付与つき)等々を身につける。
 今まで没収していたが、見れば見るほど、余裕で一財産できる品々である。
 その上、炎神の寵愛つき。
「そういえば炎神とはどこで会ったんだ?」

「あ、ああ……。物凄く信じてもらえなさそうなんだけど、砂漠で、行きだおれていた女の子に会って」
「またか!」
 思わず魔王は叫んだ。

 またか、またなのか!
 少女はヘコんだ。
「……それで、その、助けたら、いろいろ聞かれて……。何だか、気に入られたみたいで」
「よかったなあ、あのくそ婆、そうやって砂漠に入る人間を試すんだ」
 束の間少女は燃え尽きた灰のような表情になり、魔王を振り仰ぐ。

「……助けてなかったら私、乾き死に?」
「ま、その辺はあの婆の気分次第だな。砂漠はあの婆の領土だ。そこに立ち入る者の処遇は、まあ、あの婆の胸先三寸だなあ。ついでに聞いとこう。―――その魔剣、どうやって手に入れた?」
 少女の顔が引き締まった。

「この世に存在する魔剣は全部で十二しかない。失われたものもあるかもしれんから、今も十二本あるかどうかはわからんが、最大で、十二だ。……魔族の地に、一本ずつ継承された至宝だった」
「…………」
「勇者の挑戦に陥落した地から、剣は持ち出された。それに興味のない勇者だった場合は、陥落してもそのまま保存されたが。現在、魔族の領土にそのまま継承されているのは、この俺様のグレーオボシムを含めて五本しかない」

 少女は、悲しげとも見える顔で、魔王を見ている。
「―――安心するがいい」
 魔王はふっと笑った。

「お前の持つ剣は確かに魔族の至宝だが、魔族は力こそを最上の価値におく。その剣は、人間が魔王に勝ち、その結果持ち出されたものだ。どういう経緯でお前の手に渡ったかは知らんが、返還を要求する気はまるでない」
 少女はほっとした顔になった。

 やはり、返還となると、未練があるのだろう。どのような亜人種の作りあげた名剣でも、十二の魔剣に勝るものはないだろうから。
「その迷宮を越えたところに、生息地はあるのね?」

「ああ。……もう、十年も没交渉だ。向こうで何か問題が起きてないか、連絡を取って、ゲートを設置してほしい」
 異なる二点間をつなぐゲートは、維持と作成に膨大な魔力を必要とする……が、この魔王なら問題はないだろう。

 ただし、そのためには、誰かがゲートを作る地へ赴き、ゲートを作るアイテムを設置しなければならない。
 内部の様子はまるでわからない。わかっているのは、「危険」ということだけだ。
 食料、水、コンパス、各種魔法道具……。
 魔王は求められるままにそれらを用意し、少女は荷物を整えていく。

「え? これ奇跡の水じゃない! こんなのまで貰っていいの!?」
 ユニコーンの角からできる、至高の回復薬。
 ユニコーンが絶滅した今となっては、ほんの小さな小壜ひとつが、城ひとつと交換とも言われる究極の薬だ。

 万病を治し、どんな怪我をも癒すという……。少女も、見るのは初めてだった。その小壜を魔王が用意してくれたのだ。
「気にするな、お前が依頼を果たしてくれれば安いものだ」
「―――ありがとう。有難く、頂くわ」
 戦準備を進める少女の顔には、恐れも緊張もない。

 鏡面の様に、静かで透き通った表情は、彼女がこれまでに潜りぬけてきた修羅場の数を、暗に教える。
 水晶でできた女神像のように、美しい顔だった。
 その表情に、強く引き付けられるものを感じて、魔王は気づかぬままに口を開いていた。

「もし、生きて帰ってこられたら……」
「え?」
「生きて帰ってこられたら、あの取引もなしにしよう。その上で、お前に言いたいことがある」
 少女は目を丸くする。

「いいの? ……そりゃ、私としてはありがたいけど」
 魔王はふっと、真顔になった。
「おまえ、いつまでこんな生活を続けるつもりだ?」

「え……」
「困っている人間を見たら手を差し伸べる。それ自体は美徳だがな、キリがないぞ。世の中に、悪も悪に虐げられる人間も浜辺の真砂よりも多いのだから。永遠につづく、いたちごっこを、お前はいつまで続けるんだ?」

 少女は―――目を、陰らせ、そして何も言い返さなかった。
「お前も、胸に何か目的があって冒険者となったのだろう。それは、果たし終えたのか?」
「……ええ」

「なら、もう冒険者を引退する事を考えたらどうだ。―――お前のために命を顧みない人間だけでも、およそ三十名はいるんだぞ。この魔王城に無謀な殴り込みをかけるような、そんな奴が。こんな事を続けていたら、遅かれ早かれ、命を落とす。お前を愛する者たちを、悲しませることになる。それはわかっているんだろう?」
「……」
 少女は答えない。だが、目も、そらさなかった。

 ふっと、笑みを浮かべたのは魔王だ。
「不思議だな。お前と出会ったのはたったの三日前だというのに、お前が何と答えるのか、確信できる。お前は、頷かない。馬鹿でも、愚かでも、何と言われても、旅を続けるのだろう。その小さな手のひらに、救えるだけのものを救おうとするのだろう。お前は、そういう女だ」

 称賛のような声音のあと、一転してがらりと空気を変える。
「―――だが、わかっているのか? お前のやろうとしていることは、神の所業だということを」


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