死なれては困るが、かといって回復されても困る――。
ゾンビの言葉は忠実に実行され、ラージャはぎりぎりの食料で護送された。もちろん、その間も体は黒い縄のような魔術でぐるぐる巻きになっている。
隙あらば逃げようと思っていたのだが、隙がない。
さすがに王妃と付き合いがあっただけあって、高レベルの戦士系の人外っぷりをよくわかっている。
きゅるるるる……。
胃袋はひっきりなしに鳴いている。
それでも、後悔とか、しなきゃよかった、とかはあまり浮かんでこないのがラージャという人間である。
――うーん、殺す前後の状況、知られてるっぽいなー。ってことは、王妃さまが食べられずに済んだのは俺のおかげ! って主張して切り抜けるのは無理っぽいなー。
これは嘘ではないので、嘘を見破る魔法なりスキルでも真実と判定される。
しかし、どうやら前後の状況は正確に伝わっているらしい。
ということは。
――王妃さまは魔王さまに寵愛されてたって話だしなあ。反対押し切って人族なのに正妃にしたっていうし。ってことは、車裂きとか? 魔族の拷問好きじゃない性質にかけるしかないかなー。
空腹で意識が飛んだ頃、彼自身が気づかぬうちに、ラージャは目的地についていた。
周囲に人の気配がしない、人里離れた建物。
一見森番の粗末な山小屋なのに、恐ろしくガチガチに魔法防御がかかっていた。
焦点は……ラージャだ。彼を絶対に、決して逃がすまい。そんな意志が感じられる。
そこで待っていたのは、緑の髪のエルフだった。一目でエルフとわかるエルフだ。顔にも見覚えがある。「あの」エルフである。
――王妃の信者の筆頭か。
温和と言われるエルフだが、ラージャのことは喜んで八つ裂きにするだろう。
そこで何重にも魔法の拘束を受けてから、やっと、ラージャはまともな食事にありつけた。
「最後の晩餐です。良く味わって食べてくださいね」
抑揚のない声でそう言ったエルフの瞳は、氷より冷たかった。
「手足を食いちぎってしまえばいいのに」
そういったのは、飛竜の幼生。しゃべると、ぞろりと鋭い牙がのぞいた。噛みつかれれば簡単に手足がもげそうだ。
落ち着いて、エルフは返す。
「いまは駄目ですよ、コリュウ」
「死なれちゃ困るからな。……まだ」
そう言ったのは、半魔族の男。
うびゃあ、と内心ラージャは悲鳴を上げた。
揃ってる、揃ってる、全員揃っている!
これはあれだ、公開処刑ってやつだ。死ぬところを全員で観賞して溜飲を下げようって奴だ。
……と、いうことは。
ラージャは恐る恐る、顔を上げた。
予想通りの人間がいた。
一言も言葉を発さずに、ラージャを見ている。
――十二の魔王の一。
魔王の職業をもつ、世界最強のひとりが、冷酷な瞳でラージャを見ていた。
さすがに、諦めた。
これで逃げられるはずもない。逃げるのなら奇跡の三つ四つ起きなきゃ無理だろう。地震と落雷と地割れがいっぺんに起これば逃げられるかもしれないが。
でもあいにく、ラージャには『勇者の恩寵』はない。
ならせめて、最後の食事は美味しく食べようと、遠慮なく食べた。
呆れたような目。どこか懐かしむような目は……王妃を思い出してるのだろう。王妃なら同じようにこの状況でもぱくぱくやりそうだ。
餓死寸前の胃袋にこんな食事を入れたら普通は悶絶する羽目になるが、それはそれ。人外に片足つっこんでいる戦士系である。問題なくむしゃむしゃ食べた。
おかわりまでした食事が終わると、ラージャはあっさりと気絶させられた。
苦痛がなければいいなと、思ったのを覚えている。
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