「よく位置を教えてくれました」
倒れたラージャから這い出してきた小人を、マーラはねぎらった。
パルは、クリスが倒れてからずっと、ラージャの側について情報を送ってくれたのだ。
マーラは最初それに気づかなかったが、やがてパルからの手紙が郵便屋によって郵送されてきて気がついた。
そんな訳で、ラージャは最初のひと月ほどを除いて、動向を常に把握されていたのだ。すぐに動かなかったのは、スゾンから頼まれたものを作るためである。
パルが今の今までラージャについていたのも、もし万が一逃げだしたらその位置を教えるためだ。
餓死寸前まで衰弱させて、逃げられるとは思わないが、絶対は無い。
なんせ、クリスの間近にいてその超人ぶりを見せつけられ、クリスと付き合いのある同類さんたちの超人ぶりも見てきたのである。一つや二つといわず、保険の三つや四つ、かけておきたい。
もしクリスが相手なら、これでもまだ安心できないところだ。
持っているときは危険で仕方ないという印象だったが、『勇者の恩寵』は敵に回すと不安要素満載のスキルである。どんな幸運の重なりが相手に味方するのか、わからないのだから。
椅子の上で倒れた青年を引っ張り上げ、仰向けに床に下ろす。
その作業をしたのはゾンビのスゾンだ。
力の弱いエルフは論外として、コリュウは持ちあげるときに「うっかり」手足を噛みちぎりそうで、ダルクも「うっかり」運ぶ時に頭を思いっきりテーブルに強打しそうで、魔王も「うっかり」力を込めすぎて骨を折りそうだったのだ。
そうして整えると、スゾンは呼びかけた。
「――『緑を呼ぶ娘』。出ておいで」
全員が見つめる中、スゾンはラージャの少し上の虚空に話しかけた。
「聞こえる……? 状況は、わかってる?」
そこには、何かあるようには見えない。
「……うん、そう……、駄目だよ」
しかし、スゾンは見えないものと会話を重ねていく。
やがて振り返り、マーラに話しかけた。
「作ってきてくれました?」
「……ええ」
マーラは小さな玉を取り出すと、床に投げた。
ぱりんと音を立てて、中のものが現れる。
そこにあったのは、人形だった。
人形師と呼ばれる魔術師が使役するような、等身大の人形だ。
クリスの『身代わり』として、いざという時、彼女の死体として死を偽装するために、彼が長年研鑽してきた技術だった。生きた人間を材料にすれば、本当に人の死体と寸分違わない出来になる。
だが今度の人形は、人間を材料にしたものではない。すべて人工物で作った人形だ。サンローランの鍛冶屋や採掘屋や布屋の協力を得て作り上げた傑作だが、人間を材料にはしていないので、人形だとすぐにわかる。
まるで生きているかのような質感の肌の人形だが、関節や顔の造形に生物の気配がない。簡単に言えば、産毛もないし爪の甘皮も根本の白い部分もないし、どんな人間でも目蓋に必ずある皺もないのだ。
一つ一つは細かな違和感だが、それが積み重なると、すぐに人形だとわかってしまう。さすがに、人間を材料としない人形にそこまで細かな部分はない。
しかし次の瞬間、全員が目を剥いた。
人形が動いたのだ。床に手をつき、滑らかな動きで体を起こす。
しかし、人形は顔を下に向けたまま、彼らの方を見ようとはしない。
「『緑を呼ぶ娘』。顔をお上げ」
スゾンの声に、人形は顔を上げる。
そこで、居合わせた一同はやっとその人形が女型だということに気がついた。服を着ているし、肉の凹凸のない人形なので、男女の性差がわかりにくいのだ。
長い藍色の髪と、黒い瞳を持つ整った顔立ちの人形だった。
「……
長……」
「わかっているね? 名乗りなさい。君の義務だ」
「……はい」
彼女は向き直り、そして告げた。
「以前の私の名前は――クリス。クリス・エンブレードです」
ちょっとあからさま過ぎましたね。
人形については、第二章「ほんの少しの勇気を振り絞れたなら、全ては変わっていただろう」でマーラが言っていた、「クリスに伸びる魔の手を何とかする方法」はこれのことです。最終章「訃報」でもダルクが言ってます。
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