「ところで、こいつはどうする?」
と言ったのはダルクで、指差されたのは気絶中のラージャである。
興味のない人間にはどこまでも冷淡な魔王はちらりと見ただけで言った。
「……賞金首だ。首でも刎ねて持って行けばいいだろう」
中身が人形になって戻ってきたと言っても、彼の妻のクリス・エンブレードが殺されて永遠に失われたことは変わりない。
今すぐ殺してやってもいいぐらいだった。
一同、異を唱えるものはいない。……いや、ひとりだけいた。
最大の被害者であるファーナだ。
「まって」
「……お前、こいつに首を刎ねられたんだぞ?」
「そうだけど……、私はそのことに、恨みはないのよ」
仲間たちはさもありなんと頷いた。魔王は不服そうな顔になったが。
「取り憑いている間、ずっと見てたんだけど、彼は私の体をその……辱めたりしないで、すぐに埋葬してくれたの。それに、勿体無いなあって」
言葉の意味をすぐに察した。
「――以前のお前と同格の戦士職なんて、この大陸探しても十人に満たないから、と?」
「うん。その修練に使われた時間も、労力も、ここで首を刎ねてしまえばすべて無に還る。当たり前の話だけど……勿体ないって思った」
この大陸で、十人といない人材が、死によってゼロになる。
その技も力も、何一つ残すことなく。
「――だからね。殺すんじゃなくて、コキ使う方向でいきましょう。ただ殺すより使いつぶす方がいいじゃない」
「……おまえ、結構ひどいな」
魔王は遠慮なく正直な感想を言い、仲間たちはいかにも言いそうな事だと苦笑している。
「そうですね……じゃあ、無償奉仕の奴隷にでもしましょうか。以前のダルクと同じ立場で、今度の主人はわたしで」
ダルクは嫌そうな顔になったが、反対はしなかった。
対外的にも問題はない。勇者を殺した犯罪者を、勇者の元パーティメンバーが奴隷にしてこき使っている、と人は見るだろう。
人形になった彼女は、いくら鍛えても強くなることはない。完全な非戦闘要員になった。
そしてこのパーティには、盾役となる前衛が不足しているのである。コリュウは防御力は申し分ないものの、表面積が小さいので、盾が盾にならずに後衛まで素通りしてしまう。
もっとも、これは無罪放免からは程遠い。
マーラが締めくくった言葉が端的に示していた。
「クリスを殺した人間です。どれほど危険な場所で使っても良心の咎めが無いところが、一番いいところですね」
そういうことだった。
◆ ◆ ◆
「――で? 生かしたってことは、私たちを使いたいっていうことですよね? リーダー?」
マーラの「完璧な笑顔」は神経を削るものだ。
削るものだが……なにぶん本当に久しぶりにみたもので、ついダルクは微笑んでしまった。
「……何がおかしいんですか」
「いや……よかったなと、思ってな……」
「良かった?」
「――クリスの生首を見たとき、お前は一瞬も迷わなかった。そのまま首を掻き切ろうとした」
「……」
「人形作りに一心不乱に取り組んでいる姿は、時間を早く過去へと進めようとしている人間の姿そのものだった」
「……」
「よかったよ、ほんとうに」
ダルクが一方的に言って、それにマーラが何の反論もできない、という状況は滅多にあるものではない。
ファーナは目を丸くしていた。
そして悟る。
この半年は、自分にとっても短いものではなかったが、彼らにとっても、短いものではなかったのだろう。
「それで、何を願いたいんですか? ファーナ?」
「……私が作りだしたあの町が今、どうなっているかを、見てきて欲しいの」
「いいですよ」
実質的にリーダーの役を担っているマーラは、即答した。
「……いいの?」
「ラージャはちょうどいいことに混血です。定期的に探りに行って貰いましょう。もちろん、首から俺は混血ですという札をかけてね。その時の住民の反応ひとつひとつが大事な情報といえるでしょう。こう見えて世間知もあるでしょうし、情報を探り出す術も持っているでしょうし、各地に情報屋も抱えているでしょう。うちと同格だったんですから」
うわあ、と思ったのは誰だろう。
「使いつぶしても構わない一級品って、使い勝手がいいですね」
見た人間の背筋がヒンヤリ涼しくなる笑顔で、マーラは言い切った。
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