異種族が共存する平和の町、サンローランの一角に、その家はある。
かつて大陸中に勇名をはせた勇者が住んでいたと伝えられる家で、大きさはさほどない。二階建てで、小さくもないが大きくもない。
勇者の家とも思えない、こじんまりとした家だ。
勇者亡きあと、今はそのパーティメンバーたちが住んでいる。
彼らの世話をするのは一体のメイド人形。
まるで生きているかのように見える美しい人形は、作り手であり、勇者の仲間であったエルフに寵愛され、他のメンバーからも可愛がられながら日常の家事雑事すべてをこなしている。
その家には勇者の子と噂されていた一人の子どもがいたが、十年も前に成人して冒険者として巣立っていった。一緒に育った飛竜もそれについていき、今は時折無事の便りが届くばかりだ。
今はかつて勇者がゼトランド王国に作り上げた町を拠点にして、その町の数々の問題を解決しているようである。
半魔族の青年の母も、もう何年も前に勇者の居る場所へと旅立った。
近所の住民は皆、そのメイド人形が勇者の仲間のものだと知っているので余計なちょっかいをかける者はいない。
たまに人間と誤解した相手に話しかけられても、困ったように首を傾げて微笑むだけだ。
人形である彼女は定型文しか喋れない。瞬きも呼吸もしない彼女が人形だと悟った相手は、黙って引き下がるのが常だった。
彼女は家の掃除をし、洗濯をし、買出しをし、料理をし、家の住民にして主人であるエルフと半魔族の世話をする。
ときどき訪ねてくる魔族や、たまにくる道化師とお茶を囲むこともある。
そんなとき、すべての段取りをするのはもちろん働き者の人形だ。
白いテーブルクロスを用意し、家中をピカピカに磨き上げ、至福のお菓子を作りあげて提供する。
ときどきは目新しい客人に提供することもあるけれど、人形の作った風変りなお菓子や見たこともない異国の料理を口にした人間は決まって固まり、溢れんばかりの絶賛の言葉を並べたてた。
そんな人形に感心し、譲ってくれという申し出は無数にあるが、エルフがそれに頷くことはない。
いつか遠い日にエルフが死んだ時は、人形もまた塵へと返るだろう。
不慮の事故でエルフが死んでも主人を複数持てば、生き長らえる。
そう言われても、エルフが頷くことはなく、人形もまた微笑んだままかぶりを振った。
――そして今日も、彼らは彼女の作ったお菓子を前に、一緒に笑ってお茶を飲む。
こんな長い物語をご愛読いただき、ありがとうございました。
これにて「勇者が魔王に負けまして。」完結です。
ヘタレと言われたダルクも大分株をとりもどし、再度与えられたチャンスに果敢にトライしています。さて、今度こそうまくいくでしょうか。
なんせ魔王さまは「娘を殺しかけた(いくら尋常でない精神状態でも)」という大減点が。逆にダルクは「マーラを守った」「娘を守った」というスペシャル大加点があるので、なかなかいい勝負だと思います。
推理すれば読者の方にもわかる充分な伏線を引いて、かつ、展開を悟られないようにするって難しいですね……。
私にはこれが精いっぱいでした。伏線を張りすぎて、クリスの正体はバレバレだったようで、展開をズバリ当てた方もいらっしゃって、冷や汗をかいたものです。
あと、最初は「結婚式」の章と、最終章をいっしょにやってしまう予定だったんですが、今となってはなんて無謀なことを……と思います。こんだけ長いのに、一つでやるなんてムリだろ! と。
大体一つの章が、文庫本一冊分ぐらい……というのが理想です。文庫本といっても厚いのから薄いのまであるので、四百字詰め原稿用紙で250枚から400枚ほど、と幅がありますが。
しかしどう考えても最終章と結婚式は一つの章では無理ですよね。これでも新婚旅行とか丸々削ったんですが……それでも長い。
五章もありますから、大体文庫本五冊分……。
ここまでよくぞお付き合いくださったものです。どうもありがとうございます。
――――――――
作中こぼれ話
・クリスの名前は透明で固くて清らかなもの……という連想で「クリスタル」からです。最初はまんま「クリスタル」にしようと思っていたのですが、私が好きな某ネット漫画(蒼い世界の~)でクリスタルという名前の女性キャラが出ていたので、クリスにしました。
他のキャラの名前はフィーリングでつけました。特に由来はありません。
・作中の展開については数パターン考えていて、
ファーナが憑依を解かれて本物のクリスが出てきて、それを巡って仲間が対立するパターン。
対立せずに分裂して、行方不明のファーナを探してマーラとダルクが旅をするパターン。
などあり、迷いましたが、結局こうすることにしました。
・途中で何度かクリスは天才! と何度も持ち上げたのは、「別に天才じゃなかったんだよ」と、やりたかったからです。
いわゆるチートや天賦の才で勝つ「天才」の粗製乱造にうんざりしていたので、逆に「天才」と言われた人間が実はちがったよ、というのをやりたかったのです。
クリスは天才ではありません。異世界人の基本技能で肉体が底上げされていたにすぎません。スゾンでも同じことはできます。
片やゾンビ、片や人形で、習練しても上達しない体になった今は、ずっと同じ能力値のままですが。
彼ら二人は最後の生き残りですが、足掻く気はありません。
人形が死んだ時、中身のファーナも消滅を選び、それを見届けた後に長も死にます。
えー、読み返していただけると、いろいろとそうかと膝を打つところもあるかと思います。……ありすぎて皆さんに言い当てられてやりすぎたと反省しましたが。
次はもうちょっとバレないさりげない伏線の張り方を頑張りたいです。
いろいろと未熟な点がぼろぼろ見つかる稚拙な小説ですが、付き合って下さった方、本当にありがとうございました。
我が儘なお願いですが、感想など頂けると、とても嬉しいです。
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