エルフ族の青年はため息をついた。
「……だめですね。この結界、外側からでないと破れません」
四人が閉じ込められている部屋には結界があり、それがにっちもさっちもいかずに四人が閉じ込められている原因だった。
ちなみに、脱出魔法に関しては並ぶ者ない小人族はこの結界もかいくぐれる。
だが、モノが結界なだけに、牢の様に鍵を盗んできて脱獄、というわけにもいかないのだ。
小人族のパルには戦闘能力は皆無。彼一人逃げだしてどうなる、というのが現状だった。
「あんたでも解除できないのか?」
一般に、この世に生きる全ての種族の中で、最も魔法能力に特化しているのが、エルフ族だ。その分、肉体的に脆弱だが。
だが、エルフ族の一般人であるマーラより、魔族の長である魔王の方が勝る。
「これ……たぶんあの魔王自身が張った結界ですよ。魔力が私より高いです。普通なら力技で内側からも破壊できますが、術者が私より高い魔力を持っているとなると……ちょっと、無理かと。しかしさすがですね。補助魔法に不得手な魔族なのに、こうまで見事な結界を張れるとは」
「クリスがークリスが―」
ぱたぱたとコリュウが輪を描いて飛ぶ。
ダルクは投げやりに言った。
「あの馬鹿はここの生活にも適応しているみたいだし、ほっといてもいいんじゃないか?」
助けに来たのに叱り飛ばされ、更に逃げようと言ったのに拒否されて力ずくで逃げだされて、彼はかなり機嫌を損ねていた。
考え込んでいたマーラが言う。
「……魔王は、彼女に手を出している様子はなかったですよね」
「―――ああ。ってことは、あいつの純潔に何らかの価値を見出しているってことだ」
マーラは天を仰いで慨嘆した。
魔王の意図はわからない。だが……。
「……あの子は、生贄としては、最高ランクでしょうしねえ。魂も綺麗だし、乙女だし、善行積んで
徳も抜きん出て高いですし」
パルが言う。
「だからダルクがさっさと押し倒してればよかったのによ~っ!」
「馬鹿言え。あんな乳臭い馬鹿ガキにそんな気になるかっ!」
線の細い美青年であるエルフ族のマーラは、にっこりと目は笑っていない笑顔でダルクの耳を引っ張る。
「ど、こ、の、ど、い、つが、そんなことをいってるんでしょうねえー」
「いつっ……! やめろ!」
耳を引いたまま、目を厳しくしてマーラが言う。
「あの子はたしかに馬鹿です。阿呆です。ちょっと止めとけと言うようなことにほいほい手を出すお馬鹿さんです。―――でもね、あの子がそんな大馬鹿さんでなければ、私たちは今ここにいませんよ」
その場にいる全員が揃って沈黙した。
全員が、あの少女の「馬鹿さ」に助けられた経験持ちだ。
「私は、一族ごと奴隷狩りに狩られるところを彼女に救われました。その時、この恩義を忘れず返そうと心に決めました」
「ボクはお母さんの中で、お母さんと一緒に死んじゃうところだったのを、助けてもらった」
「俺っちは猫に食べられそうになったところを助けてもらった」
「……」
ダルクは一人だけ、無言だった。
「で? あなたは? ああ、彼女に頼まれた私が、あなたの母のために薬を調合した『だけ』でしたねー」
マーラはにっこりする。
「彼女が馬鹿でなければ、今頃あなたの母は死んで、あなたは処刑されてますよ。わかってるんですか?」
一介の冒険者である彼女は、その「馬鹿さ」によって一国の王にも匹敵する人脈を誇る。
脱走した囚人は処刑が当然だが、彼女のごり押しと実績によって、彼女が更生を指導する「更生指導員」となり、犯罪者であるダルクを教育する制度を用いることを許され、ダルクは外に出られた。
彼女は馬鹿だ。
それはもう天下一品の、賞賛したくなるほどの馬鹿だ。
そんな彼女を恨み、呪う人間は悪人以外にも山ほどいる。助けられて、感謝する人間ばかりではない。それが悲しい現実だった。
だが、彼女のその馬鹿さによって救われ、それを感謝している自分たちや他の多くの人間は、彼女のその馬鹿さをこよなく愛し、そして決めていた。
場合によっては身を呈してでも、彼女を守ろう、と。
命だけではない。彼女が、その稀有なる美質を歪めずにいられるように、力の限りその心をも守ろうと。
「あなたは馬鹿馬鹿言ってますけどね、じゃあ聞きますが、あの子が賢くなって世渡り上手の、困っている人がいても自分に関係なかったら関わらない『普通の人』になったら、あなたは満足するんですか?」
「…………」
ダルクは答えない。だが、そのしかめ面が何より雄弁な答えだった。
「ついでに言うと、ですね。小娘小娘馬鹿娘って連呼してますが、あなたの気持ちぐらいお見通しです。しっかりしなさい。あの子に恋焦がれている人間がどれだけいると思います。せっかくあの子の側にいるなんていう絶好の位置にいるんです。脇から出てきた誰かに取られるのが嫌なら、しっかり自分の気持ちから逃げずに向きあいなさい」
ダルクは渋面のまま、下を向いて表情を隠した。
むかつく。
なんといっても、パルもコリュウも、この会話を聞いているのに無言で見守っているのが一番むかつく。……腹立たしい。
それはつまり、自分の少女への気持ちなど、みんな暗黙の了解だったということで。
「……あいつは嫌いだ」
「へーそうですかー」
「側にいると、ちっとも気の休まる暇がない」
「そうですねー」
「誰彼構わず手を差し伸べまくって信奉者を作りまくって、何を考えているんだ」
「そうですねー」
「それで犠牲にする自分の事なんか考えてもいない。もっと自分を大事にしろ」
「それについては心から同意しましょう」
「今だってそうだ。俺たちを助けるためあっさり了承しやがって。しかもこんなことになってもまだ依頼を果たす事を考えてるときてる」
「ほんとに困った子ですねえ」
「しかも、あいつは……敵である魔王の困りごとまで解決しようとしているんだぞ」
マーラは額に手を当て、ため息をついた。
「…………それが、あの子ですからねえ」
本当に困った少女だ。
だが、なんだかんだ言っても、彼らは、少女のそういうところを、この世に二つとない宝として、こよなく愛しく思っているのだった。
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