少女に啖呵をきられ、リオンは黙った。
リオンも、彼女の夢を馬鹿にしてきたひとりだ。
リオンは以前、ジョカに言ったことがある。――自分は、女性の治療師なんてとんでもないと考える人間だ。だからこそ、彼女がどれほど頑張ってきたのかわかる、と。
リオンは、女性が男と同じように社会に出て働く姿など、想像したこともない。ごく一部の分野では女性も働いているが、あくまでそれは例外だ。たとえば娼婦といった性産業だ。
「治療師」という分野では存在しなかった。
だが。
「そのために、恩ある師匠を裏切るのか?」
少女の瞳に、サッとある光がよぎった。リオンにはお馴染みの目だ。反発する目。
苦労知らずのリオンに対し、世の辛酸をなめてきた少女は、その正論が受け入れられないのだ。
いっそう強く、少女はリオンを睨みつける。
「あなたには、夢がありますか」
「他人を踏みつけにしてもいい夢の持ち合わせは、私にはあいにくとないな」
もちろんこれは皮肉だったが、少女はひるみもしなかった。
「ええ。他人を踏みつけにしても、叶えたいという夢です」
わずか十三の少女は、全身全霊でリオンを見据えていた。
粗末な身なりの、どうということもない平凡などこにでもいる少女だ。だが、今のたたずまいは、とうてい平凡とは言い難い。
声を荒げず声量を大きくもせず、ただ強い芯のある声で、少女は訴える。
彼女が助かるためには、リオンを説得しなければならないのだ。
「私は、誰に迷惑をかけても治療師になりたい」
「きみは、女の子なのに?」
少女はきっぱりとかぶりをふった。
「ちがいます。私は『女なのに』、治療師になりたいんじゃありません。『女だからこそ』、治療師になりたいんです」
少女は下を向き、自分の胸元に手を当てた。その膨らみ、男との差異に。
十三にもなれば、男と女の違いは歴然としている。
「もし私が男だったら、治療師になりたいなんて思いつきもしなかったでしょう。親の言うままされるがままに農夫として人生を生きていたでしょう。私は女だから、男には踏み入れられないところにも踏み入っていける。私は女だから、女性の体がわかる」
少女は顔を上げ、リオンを見た。
「どんなにみっともない真似をしても、浅ましいふるまいをして軽蔑されても、私は治療師になりたい。
先生はやさしい人です。知っています。その優しさにつけこむ真似を私はしました。それでも、私は治療師になりたい。……わかってます。これは、恩をあだで返す行為です。そのとおりです。でも何と言われても、私が売られずに治療師になるにはそれしかないんです。
――ならば、私は、その道を選びます」
リオンは黙る。
その行為を浅ましいというのは簡単だ。
だが、現実的に、習俗と慣習でがんじがらめになったこの国で少女が売られる道を回避したければ、ジョカにすがるほかないだろう。
少なくとも、王族で男に生まれ、子どもを売るような話とは無縁に生きてきたリオンが責めていいことではない。
ジョカはその光景をいささかの驚きとともに見ていた。
リオンは弁も立てば頭も回る。そのリオンを、ただの土臭い熱意しかない少女が圧倒している。
リオンの沈黙を受けて、少女は強い光の宿る目を伏せた。
「たしかに……先生には、申し訳ないと思います。先生にはどんなことをしても恩をお返しします。体を売れと言われれば売ります。先生の言う通り、あなたに対しても多大なご迷惑をかけることになります。それでも私は、なりたいんです……!」
彼女はリオンのような「考えもしなかった」人間たちの間で、さんざんにぶつかって傷つきながらも、ジョカを探し出した。
女であっても平等に扱い、きちんと技術を伝授してくれる師匠を。
そしてこれまで、ジョカにこき使われながらも頑張ってきたのだ。
少女はリオンに目を当てたまま、リオンの前まで歩み寄ると、膝を折った。
両膝を折り、膝から下を完全に床につけ、上半身を折ってその上に被せる。額を床につけて声を絞り出した。
「お願いします、どうか、私を、助けて下さい……!」
最終的にリオンの背を押したのは、その声だった。
助けて下さい、という声を無視するのはリオンには荷が重かった。どうでもいい相手ならともかく、ジョカが可愛がっていたことを知っていればなおさら。
リオンは、自分でもどうにも甘いと自覚してはいるのだが、助けてくれとすがる子どもを突き放せない。これが大人の男なら、男のくせに何言ってる自分で何とかしろと一蹴するのだが、子どもには同じことができないのだ。
リオンはため息をついて曲げていた膝を伸ばす。
そして、愛しい人を振り返り、答えを告げた。
「――ジョカ。私はこの子を見捨てたくない。助けたい。でも、私はこの子を助けるためにどうすればいいのかわからない。最善の道すじを、教えてほしい」
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