あかね雲

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□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

魔法使いの弟子 5



 リンカの父親は、分量的に寂しい頭をした三十代の男だった。早婚の時代、三十代で十三の娘を持つ男はごく普通だ。
 髪は黒、瞳も黒い。そして黄色い肌。これはこの地域の人間に共通している色彩だ。ジョカと同じ色彩でもある。
 体格は中肉中背だが、全体的に締まりのない体をしている。かつては肉体職で真面目に働いていましたという筋肉の名残があるが、その残滓も上につく脂肪の海に消えつつある。
 全体的に怠惰で鈍重な印象を与える体つき。

 何よりも――リオンは眉をひそめた。
 だらしのない表情に、イラッときたのだ。
 腐った性根の滲む、おもねるようなへつらうようなへらへら笑い。
 この手の笑い方をする人間が、リオンは無条件で嫌いだった。

「このたびは、いやなんともありがとうございます。借金を肩代わりしてくださるそうで、非常にありがたいことで……」
 ここで、
「ふざけるな」
 鋭く叫んで殴りつける――事が出来れば、どれほどいいだろうか。

 リオンが物騒な妄想にとらわれている間も、ジョカと男の間で話は進んでいく。
 リンカは固い表情で体の前で両手を合わせ、家に着いた時から一言も喋っていない。

 男は卑屈な笑顔で家の中へ誘う。
「粗末なあばら家ですが、どうぞお入り下さい」
 謙遜になっていない、言う通りのあばら家である。ちょっと強い風が吹いたら倒れそうだ。

 どうせ家の中にはならず者が待ち構えているのだろう。
 二人はそれに応じる気はさらさらなかった。
「いいや。この場でサインをしてもらおう。それと、あなたの拇印もな」
「え……?」
 ジョカはずっしりと金の詰まった袋を見せた。ここへ来る前に両替商から引き出してきた金だ。
 揺らしてみせると、袋はじゃらじゃらという音を立てる。
 ごくりと生唾を呑む音が聞こえた気がした。

「その子に重大な不名誉があって家から絶縁する、そう書いた絶縁状を持ってきた。それにサインして、金輪際この子と関わるな。それを約束するのなら、この金はくれてやろう」

 視線を金袋に吸い寄せられながらも、男は虚勢を張った。
「む、娘は売りもんじゃありませんぜ。こんなはした金じゃ……」
「じゃ、いらん」

 未練なくくるりと背を向けたジョカにつかみかかろうと男が伸ばした手を、リオンは脇から剣の鞘で叩き落とした。

「いてえっ! 何すんだ! あーあー、こりゃ」
 そこまでしか言えなかった。
 リオンの二撃目が額をしたたかに打擲したからだ。

 鞘の平でとはいえ強烈な一撃だ。衝撃が脳まで貫通し、物も言えないでいる数秒の間にリオンは男の胸倉をつかむ。
 リオンの方がずっと背が高いので、引きずり上げるかたちになり、視線は斜めの橋をつくる。
 冷酷なアイスブルーの瞳が男を見据える。
 一瞬で気圧され、男は息を呑んだ。

 リオンはこの手の人間の対処法を熟知していた。
 この種の輩には、口で説得するのは愚の骨頂だ。
 あれこれと理屈にならない理屈を並べ立て、道理のねじ曲がった論理を恥ずかしげもなくべらべらと繰り返す。
 問答無用で黙らせる力――権力もしくは暴力の行使が、最も手っ取り早い。

 凄みのある笑顔で、リオンは笑った。
「いいか、今日の幸運に感謝して金を懐にしまってそれきりあの娘の事は忘れるんだ。もしこれ以上、我々に付きまとうようなら、殺す」
 リオンは本気だった。
 次にもしこの男が不快な出会いをしたのなら、うっかり首をはねてしまいそうである。

 リオンの本気の殺気を受けて、男の全身が震えだす。
 無造作に、躊躇なく行使された暴力への怯えがその瞳にある。
 肉体に刻まれた痛みと恐怖は、欲よりも強い。

 リオンの事は有名だが、同時に美貌の印象が強すぎ、情夫という事実も加わって、彼がジョカの護衛でもあるという事はとんと忘れられて久しい。
 だが、こうして一対一で正対すれば、否応なくリオンの威圧は伝わる。
 リオンは長身で体格に恵まれ、武術の心得もあり、人に躊躇なく暴力を振るえる人間、という認識は正確に男にも伝わった。

「そ、そんなことをすれば……」
「どうなるというんだ?」
 いっそ優しげに、リオンは尋ね返した。

 その気になればリオンはいくらでもこの男を殺せる。
 ――そして、それを真面目に裁いてくれる人間もいない。
 殺人の追及も、流民である彼らに大した枷にならない。いざとなれば町を出てしまえばいい。しょせん、下町に住むごろつきの安い命だ。町を出た彼らを追って捕縛するほど情熱のある官憲などいない。

 それを理解した男が蒼白になった頃合いを見計らい、ジョカが口を挟む。
「まあまあ、リオン。その辺りでやめとけ。――あなたもサインしちゃって儲けものの金でぱあっとやって……で、娘さんがいたことなんて忘れちゃった方がいいですよ。そうでしょう?」

 ジョカは半ば呆然自失している男に書類を示し、筆を握らせ、さっさと署名させる。ついでにその隣に墨でぐりぐりと男の拇印を捺印した。
 男が衝撃状態から冷めやらぬうちに、ついでにもう一枚にも。

「はい、どうも。じゃあ約束です」
 ジョカはにっこり笑って男を解放し、さっき見せた金を約束通り男に放る。
 袋は胸元に当たり、少し転がり、止まった。
 下層民にとっては大金だが、彼らにとっては大した金ではない。

 用は済んだ、さっさと帰ろうとジョカは弟子の少女の背を押した。
 もちろんリオンもそれに追従する。

 道行きを半ば以上行ったところで、少女は声を上げた。
「――待ってください」



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Date:2016/01/08
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