あかね雲

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□ 君の死骸を苗床に、未来の樹を芽吹かせよう □

《君の死骸を苗床に、未来の樹を芽吹かせよう》


 世界樹のふもとへは、村の奥にある門から出入りする。
 出入りには長星の村の許可が必要だが、事情が事情のため問題なく許可は下りた。
 門の前で、コウヤは戸惑った顔でユージーンを見返した。
「ユージーンは一緒でなくても……」

 自分が苗床になるところを見たら、衝撃を受けるだろうと気遣って声をかけると、ユージーンは真面目くさって言った。
「あのな、コウヤ。よーく、この先を見てみろ」
 指示に応じて、前方を見る。……門を通じて、世界樹の広大な庭が広がっていた。
 昨日、小高いところから俯瞰した時より、ずっと広く感じられる。
「うん、でっけーな。広いな。お前もそう思うだろ?」

「うん」
「で、探すのはこれっくらいの、実な」
 ユージーンは、両手の親指と人差し指で輪をつくる。
「世界樹の実は、世界樹の庭のどこかに落ちている。言いかえれば、世界樹の庭の中なら、どこでも可能性はあるわけだ」

 コウヤは、思わず前方を見てしまう。
 見渡す限り延々と続く草原。その中央に見える巨木。
 この中に、この大きさの実がひとつ。
「おまえ、この広―いなかを、一粒の実を探して、たったひとりでうろうろしたいか?」
「……イイエ」

 コウヤは感謝して、ユージーンの好意を受けることにした。自分ひとりでは、今日一日かかっても探し終わらないかもしれない。
 世界樹の庭に二人で入って、二手に分かれる前に、ユージーンは釘を刺した。
「いいか、実を見つけても、まだ食うなよ。必ず俺を呼べ。あのクソばばあの指示がある。その通りにやらねーといけねーから」
「わかった」

 頷き、探そうと向こうへ行きかけて、足を止めた。
「ユージーン、世界樹の実ってどんな外見?」
「黄金色だってさ。ついでに、ぽわぽわ光っているらしいぜ」
「わかった」
 そんな特別な外見なら、他の実と間違えることはないだろう。

 きょろきょろと地面を眺めながら歩く。世界樹の庭はところどころに雑草がある以外、木々はない。気づかないほどの緩やかな傾斜のある、広い土地になっていた。実を隠してしまいそうなほど丈の長い植物はなく、探しやすい。
 ふと、そういえばこの庭にはしょっちゅう長星の村の住民が入っているのだということを思い出した。
 ぽわぽわ光って、黄金の実なら、目立つだろう。とうの昔に拾われているのではないだろうか? そして食べられていたり―――……。

 コウヤは思わず足を止めた。
 オルウは、世界樹の苗床になるという意思のある人物しかできないといった。つまり、そうでない人間が食べても、ただ消化され臓腑を通り過ぎるだけ、とか。

 ―――コウヤは不吉極まりない想像をやめた。
 考えても仕方ない。まずは探そう。それからだった。
 世界樹の苗床になるその時がすぐ近くになっても、コウヤの心は凪いでいた。多少心臓は多めに脈打っているけれど、心は静かだ。

 長い長い旅をして、やっとここまで来た。
 心に恐れはない。怯みもない。みんなから託された沢山の想いを、次へ繋げたいという気持ちで溢れていた。

 探し始めて、二十分ほど経っただろうか。
 ふと、何かに呼ばれた気がした。
 誰かの手で髪を一筋引っ張られるような、そんな「気のせい」で片づけてしまいそうな感覚。
 だがコウヤは逆らわず、そちらへ進んだ。
 予感があったのだ。

 引っ張られるような感覚は、進むにつれ強くなる。
 もう、誰が呼んでいるのかほとんど確信しながらコウヤは進んだ。
 世界樹の庭の入口の門から見て、左手。傘の下、折れた世界樹の幹に、ほど近いところに、その実は落ちていた。

 黄金色で、微かに明滅していたその実は、幻のようにぼやけていた。
 コウヤが膝を折り、両手ですくいあげると、ぼやけていた実は焦点を結ぶ。
 コウヤの目の前で、輪郭はくっきりとした線になり、透けて見えていた向こうの景色は見えなくなった。
「……これが世界樹の実……」

 オルウの言うことは真実だった。
 この実は、苗床になろうという人間にしか、見えないし触れないのだ。だから長星の村の人間には見えなかった。
「ユージーン! 見つけたよー!」

 声を張り上げると、遠くからユージーンの声が聞こえてきた。
「わかった! 世界樹の根本まで来い! 俺もそっち行くから!」
 両手に世界樹の実を抱え、根本まで歩く。

 コウヤがついたとき、根本にはもうユージーンが来ていて、コウヤの腕の中のものに目を落とした。
「なんだそれ? ……ああ、今俺にも見えた。なるほど、そういう作りかよ」
「うん。長星の村の人たちがもう見つけて食べちゃったんじゃないかって心配したけど」
「ああ。実は俺もそう思った。……見ろよ、この幹」

 コウヤは折れた世界樹に目をやった。
 折れた個所は、二人の目線の上にある。それでも、世界樹を襲った病変は見てとれた。
「虫が食って、病気になって、重さに耐えきれなくなって、ぼきんだ。折れた幹の断面に、雨が降って、ぎざぎざの部分に水がたまって、腐って、栄養満点の苗床になってる」

 コウヤは、ゆっくり頷いた。
「うん」

 条件は全てそろった。
 コウヤは長い旅を経て、辿りついた世界樹を見上げる。
 朽ちた世界樹。
 世界樹の実。
 世界樹の苗床になる意思をもつ、若い人間。
 これから世界樹を再生させる、神聖な儀式が始まる。

 その時聞こえてきた声に、コウヤは驚いて振り返った。呪文の詠唱!
 その動きの途中で、止まる。
 全身が硬直し、動けない。
「ユ……ジーン、なんで……」

 ユージーンの手が、コウヤの手から世界樹の実を取り上げる。
 ユージーンは、場違いなほど優しく笑って言った。
「……世界中を蘇らせるのは、誰かがやらなきゃいけない。でもそれは、『誰か』であって、自分の大切な奴じゃいけないんだよ」

「……ま、さ、か」
 まさか、ユージーンは。
 戦慄するコウヤに、ユージーンは笑ってかぶりを振った。
「……さすがの俺も、この実を燃やすとか、そういうことができるほどの度胸はねーよ。あのばばあは、それも、ちゃんと、読んでたんだ。全部ばばあの、思惑通りだよ」

「お……るうさま、の?」
「ああ。あのクソばばあは、最初っから、お前を生贄にする気なんざ、これっぽっちもなかったんだ。あのばばあは、最初から俺を苗床にするつもりだったんだよ」

 コウヤは目を見開く。まさか―――そんな。
 ユージーンは魔法使いで、それもとびきり腕のいい魔法使いで、孫息子だ。かたや、コウヤはただの両親のいない一村人でしかない。
「……あのばばあ、そういうところは本当に厳しくてやがる。村長とその一家は、誰よりもまず真っ先に犠牲になるのが務めだってな。
 でも、俺にただ命じたって、そんな殊勝なことやるはずねえ。だから、あのクソばばあは、俺の目の前で、お前に命じたんだ」

「え……?」
 意味が分からない。それで、どうして、ユージーンが?
「お前はクソばばあの命令を素直に受ける。その通りにする。……俺は、お前を、死なせることができない」

「あ……」
「あのばばあは、俺も気づいてなかった俺の気持ちを、誰より正確に読んでやがったんだよ。何と引き換えにしても、守りたい相手だと」

 その言葉は、雷鳴に貫かれたような衝撃をコウヤに与えた。
 強く、美しく、賢いユージーンが、自分、を?
 でも、そう考えなければ、この状況に説明がつかない。
 ユージーンは笑う。
 この上なく優しく、寂しげな笑顔だった。

「なあ、コウヤ。俺はな、お前以外が生贄なら、こんなことしねえ。お前が生贄でも、ずっと、ずっと悩んでいた。俺はお前ほどできた人間じゃねえから、喜んで他のみんなの幸せのために死のうなんて気になれねえ。
―――でも、お前がいなくなった後の世界で、生きていてもしょうがない」

 クソばばあ、と、何度もユージーンが口にした言葉を、コウヤはただ、それだけとしか思っていなくて。
 自分の馬鹿さ加減に、体が震えた。
 ずっと一緒にいたのに、ユージーンの悩みにも、苦しみにも、何一つ気づかなかった。

 『いいじゃないか! 生贄になるのは俺で、ユージーンじゃないんだから!』
 ああ、そんなひどいことも、自分は、言ったのだ。
 どうして、さっき気づかなかったのか。ユージーンにその実が見えたということは、ユージーンも、苗床になる覚悟を決めていたということなのに。

「駄目だ、ユージーン! だめだ!」
 ユージーンは叫ぶコウヤを愛しさと切なさの混じった眼差しで見つめてから、叫び続けるコウヤの声など聞こえないように、世界樹の実に、口をつけた。

 一口、二口。
 小さくなっていく実を、コウヤは息をするのも忘れて見ていた。
 あらわになった種を、ユージーンは、飲みこんだ。
「……ッ!」

 コウヤは、声にならない悲鳴をあげる。
 ユージーンの体が、ゆっくりと光の粒に覆われ始める。
 ユージーンは、コウヤを振り返り、笑った。
 それは、コウヤが見た、ユージーンの最期の顔だった。

 愛しさが、正直に溢れだしている笑顔。
 誰が見ても、最愛の人間に向けているとわかる顔だ。

「……『俺が春を呼んで、お前が幸せになったら、俺も幸せだ。俺の犠牲に囚われんなよ。可愛い女の子を見つけて、結婚して、子どもを作って幸せになれ。俺は、コウヤがつらかったらつらいし、幸せだったら幸せだから』」
 それは、あの晩、コウヤが言った、言葉。
「ユージーン!」

 コウヤはありったけの力で叫ぶ。
 目の前で、黄金の粒に覆われたユージーンの体が、砕けた。
 ユージーンだったものは、金の粒になり。
 髪の一筋、服の一切れにいたるまで、すべてが黄金の渦になる。
 なのに、ユージーンの想いが、コウヤに語りかけるのだ。

 ―――こんな、土壇場まで、迷っててすまなかった。でも、ちゃんと、俺は選べたから。だから、許して。

 ―――迷ったけど、よかった。俺より、お前を選べた。こんなクソみたいな自分だけど、最期に、たったひとつだけ、誇りに思えることができた。

 ―――コウヤ。とうとう、今になるまで言えなかった。お前を、愛している。

 コウヤの、見開かれた瞳から、涙がこぼれおちる。
 声にならない声は、ユージーンの想いすべてを、コウヤに伝えてきた。

 生まれた時から見ていた。
 春も、夏も、秋も、冬も、やがて訪れた長い冬も、コウヤはずっと、ユージーンにとって慰めであり、救いであり、癒やしだった。
 減らず口をたたく口の減らない少年を懲らしめたり、文句を言われたり。村人全員が頬をほころばせ、見つめる他愛ないやりとり。
 ユージーンにとっての、春。
 当たり前のように側にいたから、こんな時まで気づかなかった。
 奪われそうになって、やっと、気づいた。
 愛している。

 コウヤは喘ぎ、喉を押えた。魔法は解けている。ユージーンが、いなくなったから。
 気づかなかった。少しも。
 ユージーンはコウヤを気に入ってくれていて、それは感じていたけど、でも、それだけだと思っていた。

 愛している。
 春は白詰草の衣の中に、夏は夜の星の中に、秋は漂う甘い果実の香りの中に、冬はその美しい銀世界の中に。
 取り戻した四季の中に、俺は、とけて。
 お前の幸せを祈りつづけるから。
 輝くお前のこれからを、願い続けるから!!

「ちがう、ちがう、ちがう! 俺は、こんなに、こんな思いを向けられるほど、そんな上等な人間じゃない!」
 膝をつき、闇雲に地を叩く腕に顔をうずめる。涙がしとどに袖を濡らす。
 一緒に旅をしながら、何を見ていたのだろう、自分は。
 迷って当然だ。自分の命を捨てるかどうかという決断なのだから。

 ユージーンは、自分の命をどうでもいいと思っている人間ではなく、ちゃんと、自分で自分を慈しめる人間なのだから。
 どうして、どうして気づかなかったのか!
 ユージーンの、悩みも、苦しみも、気づいていたけれど中身を誤解していた。コウヤを見送ることへの、苦しみかと思っていた。
 むせび泣く、その、コウヤの眼前で。

 地面を割り、緑が芽吹いた。
「あ……」
 一本の、細い茎。その先に開く、双葉。
 世界樹だった。
 分厚く空を覆っていた雲は晴れ、うららかな日差しが差し込んできた。

 コウヤの目の前で、太陽の光を浴び、世界樹は背を伸ばしていく。
 隣の折れた世界樹の幹を飲み込み、急速に大きくなる。蒼天に手をのばし、抱きしめようというように枝葉が広がる。
 もう世界樹の梢はコウヤの身長をはるかに超え、見上げてもその高みは見通せない。
 頬を撫でる風までも違う。
 優しさを含んだ、春の風だった。

 快哉を叫ぶ声が聞こえた。
 振り返ると、ずっと遠くの門から、村人が押し寄せてくるところだった。
 誰もが喜びに顔を輝かせている。
 待ち望んだ春がやってきたのだ。

 命は……次の世代に。
 けれどもそれを喜ぶ者たちの間に、ユージーンだけがいない。



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Date:2015/12/28
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