ジョカが居住を決めたこの土地は、いくつもの条件を満たしている。
まず、治安が良いこと。
次に、政治が安定していること。
三つ目、温泉が湧いていること。
三つ目の条件はジョカがどうしても譲る気のなかったことで、リオンも特に異を唱える必要性を感じなかったことだ。
ジョカは綺麗好きである。
好き勝手に風呂に入れたころは日に一度は入っていたほどだ。
ついでにリオンを引きずり込み、中で不埒な行為に及んだことも、一度や二度や……十度や百度ではない。
相手の体液にまみれる行為をしたあとは、必然的に風呂に入りたくなるもので、しかし風呂を沸かすのは相当な費用がかかる。
薪代もかさむし水もタダではない。
多くの地域で風呂が富裕層の特権になっているのは理由があるのだ。
しかし風呂には入りたい。それもできれば毎日。せめて三日に一度は入りたい。
そんな情熱の赴くままに、ジョカは自分の希望を満たす地を探した。なお、それにあたって魔術師の裏技を使ったことは言うまでもない。
魔術師の特権。
ジョカは人に聞いたり本を調べたりしなくともその気になればいくらでも地理情報を調べられる。
知識が闇に隠匿され、異なる発想を持つ人間間の知識の共有による発展という発想自体がない時代である。
情報や知識はそれを持つ人間によって囲い込まれ、得ようとすれば代価を請求される時代であった。
ジョカの希望を満たす場所を尋常な手段で調べようとしたら、数年から数十年を必要としただろう。
そんな労苦をすっとばし、ジョカは特権を使ってこの街を選び出した。
温泉地というだけなら実は候補はいくらでもある。
その中で政治が比較的安定していて治安もよさそうな場所を選び出した。
いっそのこと、温泉地に町がなければ温泉地に居を構えて町まで毎日働きに行くことさえ考えていたが、無事に条件に合う町があったのでそこまでやってきたのだ。
なお、リオンはジョカに全部丸投げである。
住む町の選定も、そこへの移動ルートの調査も何もかもすべてだ。
できない人間ができる人間の仕事に下手な手出しをしても邪魔をするだけ、出来る人間がいるのだから任せておけばいい、というのがリオンの言い分で、手を出さないぶん口も出さない、を徹底していた。
そのため、リオンはこの街に住むにあたって文句を言ったことはない。首尾一貫している点は美徳といっていいだろう。
それに実際、温泉というのは気持ちのいいものであった。
この街にどんな欠点があろうとも、温泉が湧いていていつでも入れる、という一点ですべて許してしまえる気になるほどには、リオンも風呂好きにさせられていた。ジョカによって。
風呂好きのジョカはリオンを風呂に連れ込んでは色々といたしたので、リオンが風呂好きになったのは不可抗力ともいえる。
そして、ジョカはこの街に住むにあたって当然のように自分の家に温泉を引いた。……こっそりと。
見ていたリオンも顎が外れる思いだった。
原理自体は簡単だ。
ジョカは山中に湧きだした温泉の源泉を見つけると、そこから石組みの水路を通じて、街はずれの自分の家のすぐ裏に温泉が湧いたように見せかけたのだ。
源泉の場所を調査して見つけ、そこから街へ一直線に水路を伸ばしたところにある家を借りたのである。そのため水路はかなりの長さになった。
その水路の石組みをジョカが組んだのならまだリオンも理解の範疇内だったろう。
しかし、毎度毎度のこととはいえ、見ていたリオンは唖然とする思いだったのだが、ジョカはお湯を通じる水路を「石を作る」ことで作った。
例によって例のごとく、ジョカは「火山灰と石灰を混ぜれば固まって石になる」とのたまって実演してのけたのだ。
そうして固まった石は確かに石だった。固くて強靭な石だ。おまけに天然石とはちがって型枠の通りに成形できるので、つなぎ目のない石ができる。つなぎ目がないので水などの液体も漏れる心配がない。
いや、そういう知識を持っているのならどうしてもっと前に教えてくれないんだと言いたいのだが、心から!
しかし大人なリオンはその心の声を心の中だけにとどめた。
なお、ジョカは実に周到に温泉の湧きだし口と逃げ口を作ってあった。ある一定の水位に達した水は自動的に逃げ口から逃げていく。
もちろん周囲に少しは零れるが、元が温泉地であちこちから硫黄の匂いがし、あちこちから温泉が湧いている土地柄だ。
地面から硫黄の匂いがしようが地面が柔らかくなろうが誰もが当然と見なして気にしない。
こうしてジョカは毎日毎晩好きな時間に風呂に入れる生活を確保したのである。
まったくもって自分の欲求のためには全力を尽くす人間であった。
しかし、リオンにそれを責める権利はない。
なんせ、ジョカがこっそり自宅の裏庭で温泉を満喫しているとき、大抵リオンもその隣で一緒に満喫しているのだから。
「あー、極楽極楽……」
ジョカは温泉の中で手を伸ばした。
彼が火山灰を固めて作った浴槽は、ちょうどリオンと入ると一杯になるくらいの狭さだ。そういう大きさに設計し、地中に埋めるように作った。
定期的に風呂に入るのは健康上もいい。
病疫の問題は常に衛生とリンクしている。
あまり清潔にしすぎても人体に害だが、不衛生だともちろんそれは害だ。
特に男同士で性愛関係に至っている場合、衛生問題は大事である。
使用する場所が場所なので、病理学上のリスクが高い。神があるべく定めた男女とは違うのだ。
それならそんな関係やめればいいのだが、ジョカにとってリオンとの関係をやめるなど、考慮するまでもなく論外なのだった。
隣で同じように風呂を満喫していたリオンが手を伸ばし、ジョカの頬に触れた。
気遣う青い瞳と至近距離で見つめあう。
「ジョカ……大丈夫か、ショックじゃないか?」
「ん? いや別に」
さばさばと後を引きずらない態度でジョカは答えた。
「あの子の人生だ、あの子が選べばいい」
それは強がりではなく、彼が心から思っていることだった。
ジョカは背を浴槽につけて、上向いた。
露天にあるこの温泉からは、満天の星が見える。
この世界の夜空は美しい。
空を白く汚す大気汚染物質もいまだほとんど発生せず(皆無ではないが)、地上の星もいまだ未発達だからだ。
闇の中、輝く無数の星は、ジョカにある連想をさせた。
「リオン。俺は、人の意志を素晴らしいものだと思っているんだよ」
「え……」
「俺たちは多くは状況や周囲の目や社会の慣習に流されて生きる。でも、それでも俺たちは人間だ。己の、自分の意志をもつ人間だ。自分で自分の未来を決めることができる生き物だ。たとえ決められる範囲が極小であっても、それでも」
「……」
「未来はあの空と同じ、闇でできている。どこをどう変化し、どんな未来に続いているのか、透かし見ることができない真の闇。それでもその闇を照らすものがあるとしたら、それは人の意志だ」
「だから、金だけだまし取られても気にしていない、と?」
その言葉に、リオンが内心憤激していることがわかった。
事象の表面から見れば、少女に泣きつかれてほだされ金を渡して悪い父親と手を切らせようとしたにもかかわらず、金を受け取ったあとに少女は「やっぱり見捨てられない」と父親のもとに戻ってしまったわけで、これはリオンの怒りも当然だろう。
だが、ジョカはリオンとは違ってあの子に多少の情がある。
温泉の匂い。
独特の硫黄の匂いに包まれながら、ジョカは答える。
「あの子が、決めたことだから。それに、俺はお前と違ってあの子を多少知っている。きっと、生きているかぎりは、金を返そうとするだろう。そういう子だよ」
『生きているかぎりは』。
ジョカの一言にリオンは黙る。
あの少女が父親に食い物にされて死んでしまったら、もちろんそこまでだ。
ジョカは、今はただ願う。
「俺は、あの子が幸せになれることを願うよ」
暗闇に等しい未来に、自らの意志のみを味方にして斬りこんでいった少女。
職、住居、将来の職、自らの夢。ジョカのもとにとどまれば先が保証されるというのに、それらすべてを投げ捨てて父親の元へ戻った彼の弟子。
彼女が彼女の意志で選んだ道を憐れむ気はないけれど、こう願うことは許されるだろう。
――どうか、彼女が幸せでありますように。
目を天空から地上へ戻し、ジョカはリオンを見た。温泉の近くには、火を入れた燈明を置いてある。それでもリオンは闇に包まれて輪郭程度しか見えないだろうが、ジョカはちがう。
彼の眼は、どんな暗闇でも見ることができる。暗闇の中、三百年以上幽閉された副産物である。
リオンの鍛えた首すじや濡れた大胸筋が目に入って、ふと触れたくなった。
ジョカはリオンとの距離を詰めて覆いかぶさるようにその唇を塞ぐ。
一瞬驚きで強張る体。
すぐに受け入れてやわらかくなる体。
自分が受け入れられていることが、魂から実感できるから、ジョカはリオンと触れ合うのが好きだ。
ジョカは唇を離すと湯の中のリオン自身に触れ、手の中に包みこむ。
そのとき、愛撫をまちかねるようにリオンが身じろぎした。
リオンは自分からも体をずらし、ジョカの体をたどるように手を滑らせてジョカ自身を手の中に包み込む。
リオンの目には、闇は闇だ。ジョカのように見えはしない。だから夜ジョカに触れるときはからだの線をたどるようにして触れる。
お互いの手にお互いの性器を握って、重ねるようにして擦りあう。
「ん……」
「はあ……っ」
お互いの手でお互いのものをこすって、息遣いをかさねて、強弱をつけて、タイミングを見計らって、ほぼ同時に達した。
体液も、滞留することなく流れていくのが温泉のいいところだ。
ジョカは一度頭を振って絶頂感を追い出すと、リオンの胸に顔を寄せた。
「ん……」
乳首を口に含み、転がすとリオンは甘い声を洩らす。
だが、リオンは尋ねた。
「まだ……するのか?」
「最後まではしないから。ちょっと欲が暴走しているというか、お前にさわりたいんだ」
「いつもさわっているだろうに……」
と言いつつも、リオンもこばむ気はないようで目を閉じる。
湯に濡れたリオンの全身を、ジョカはいつくしむように触れた。
耳元、耳たぶ、そこから首へと移し、耳元からうなじへと浮かびあがる筋肉のすじを甘噛みしながら辿っていく。
「あっ、ああ……っ」
洩れる声を唇でふさぎ、ジョカはリオンの体を思うぞんぶん嬲った。
ジョカはリオンの胸の突起を満足するまでいじり、首すじや耳元、後孔にいたるまでリオンの弱い場所を指と舌で愛撫しつくした。
しかも、リオンが絶頂に至る寸前でとめる性悪さで。
満足すると、ジョカはリオンの手に自分の猛ったものを握らせた。
うっすらとリオンの目が開かれ、ジョカを見る。問いかける眼差しは、ここで出してしまっていいのかという問いだ。その紅潮した目元の艶に酔いながら、ジョカは頷いた。
リオンの体に負担はあまりかけたくない。おまけにここは外だ。揺すられた背中に細かな傷がついてしまう。互いに出して終われば、それでよかった。
リオンの手がジョカをしごき、ジョカの手がリオンのものをしごく。
潮が高まっていたぶん、解き放たれるのも早い。
呆気なく解き放たれて、リオンは疲労感と満足感が入り混じった息をつく。
その吐息を盗むように、ジョカは口づける。
リオンもそれを受け入れた。
舌と舌がからまりあう、しっとりした口づけだった。
愛しくて愛しくてならない。ここでこうして二人穏やかに暮らしていけるのなら、何もいらない。
それがあの日、ジョカが自分の意志で仲間を殺して選び取った、未来だった。
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