そこで雑談を切り上げ、二人は新年の準備に戻った。
「まあそんなことはどうでもいいんだ、リオンこっちこっち」
ジョカは何かと物知りで、結構器用だ。
米の稲作が盛んなこの地域では、新年には餅をつき、食べる。
ジョカはもち米を炊き、その米をつき、こねて餅を作っていた。
ジョカがリオンを手伝いとして使いながらその餅を小分けにして茹で、小豆を煮込んで砂糖で味付けした中に入れ、差し出したのは――ぜんざいである。
「はい、できあがり」
「へええ……。あなたは、ほんとうに何というか、器用だな……」
「小さく切ってあるけど、餅は食感がもちもちしてべとつくから、よく噛んでな」
という注意のもと、リオンはぜんざいを食べたのだが……微妙な顔になった。
四苦八苦して最初の一口を呑みこみ、救いを求める様なリオンにしては珍しい顔でジョカを見上げる。
「……食べづらい……」
ジョカも思い至る。
「そういや、ルイジアナに餅みたいな食感の食べ物ってあんまないかも。嫌いなら残しておけばいい」
「……いや、せっかくあなたが作ってくれたんだ」
リオンは再び果敢にくにゅくにゅする未知の食感の食べ物に挑んだのだが……噛んでも噛んでも一向に小さくならない。そもそも噛み切れない。
泣く泣く丸のまま呑みこんで、ぜんざいを差し出した。
「ごめん。私にこれは合わないみたいだ……」
せっかくジョカが手間暇かけて手ずから作ってくれたのにと、リオンは申し訳なさでたまらなかった。
案に相違して、ジョカは不快な顔を見せることはなかった。
「食べ物が好みじゃないのは仕方ない。餅は俺が食べるから」
そこで曇った顔のリオンに気づいて笑いかける。
「気にしないでいいんだぞ?」
そう言われると、逆に申し訳なさが募って、リオンはぜんざいの器を引き寄せ、もう一度再挑戦した。
が、結果も繰り返された。
リオンは育ちがいいので毒でもない食べ物を吐き出すということができず……四苦八苦しながら口の中の異物を呑みこむ。
「無理に呑みこまないで、出してもいいんだぞ?」
「ううう……」
「というか、食べなくてもいいから」
ジョカはリオンの手からぜんざいの器を強奪する。
そして微笑みかけた。
「努力してくれるのはありがたいけれど、無理して合わせなくたっていいんだよ。リオンはリオンであって、俺じゃないんだから」
みんな違うからこそ、人は価値がある。
ジョカはそういう考えだ。
「これから長い付き合いなんだ。俺が好きな食べ物をリオンが必ず好きにならなきゃいけない、なんて疲れるだろう?」
「でも……この辺でモチは新年の恒例の食べ物なんだろう?」
ジョカは肩をすくめた。
「それはそうだけど。でもだからって無理して食べなきゃいけない理由にはならないよ」
通常ならばそれはそうだが、この地域では餅が非常に愛されている。
ご近所付き合いの上でも、餅を食べれないというのは支障をきたすだろう。
そういうリオンもまた、一年に一度新年のお祝いにだけ食べられるご馳走として夢物語のように語られる「もち」というものに幻想を抱いていたのだ。
そんなに美味しいのか、ならばぜひ食べてみたい……と。
そんなリオンのためにジョカはもち米を搗(つ)いてくれたのだ。
それなのにここで挫折していいのか。
リオンは顔を厳しくすると、四度目の挑戦に挑んだ。
噛む。噛む。噛む。
噛むたびに口の中にじんわりと広がっていくほのかな甘みがある。
ぜんざいのくっきり甘さではない。噛むたびに広がるこれは、餅自身の甘みだ。米の甘みだ。ぜんざいの甘みがはっきりした原色の色彩なら、これはおぼろな中間色だ。ふわりと香り、そして消える。強い味ではないけれど、美味だ。
リオンは餅の旨みを理解した!
それでもなおリオンは噛み続ける。
この白いくにゅくにゅを噛みちぎるために。
どうして噛み切れないのかリオンは理解した。
ジョカのおかげで餅は小さく刻まれている。その小さな餅の一つに歯を立てても、餅は変形するだけで加えられた力を柔軟に逃がしてしまう。
もしこの餅を噛み切りたいのなら、歯の使い方を根本的に間違っている。
ジョカが小さく切ったのはかれの思いやりだろうがミスだ。
どうしても噛み切りたいのなら、餅本体を口外へ置き、箸と己の歯によって、引き伸ばすように切るべきだったのだ。
煮ることによって柔軟性を増したこの物体を歯で噛み切るにはそれしかない。
しかしリオンは小さくなった塊をそのまま口の中に入れてしまった。
かくなるうえは、噛み切ることに注力するのは得策ではない。
リオンがすべきことは噛み切ることにやっきになることではない。
餅のカタマリをそのままにその妙味を味わい、食感を味わい、そののちに胃の腑へと落とすことだ。
餅の味わい方を習得したリオンは焦らずじっくりと繰り返し餅を噛み締めた。
口のなかでぜんざいの甘みと、米由来のほんわかした餅の旨みが共存している。
それをしっかと受け止めて舌全体で味わってから、リオンは嚥下した。
そして一つ頷き、ジョカの方を向く。
「美味しかった」
「え、えーと……まあ美味しく味わってくれたのなら、よかった」
そう言うジョカの言葉にリオンは頷いて、ぜんざいの残りへと箸を進めたのだった。
生まれて初めての餅との遭遇は、うまくいったようである。
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