リオンはぼそりとジョカにこの後の展開予想をたずねた。
「――ジョカ。あの子、どうなると思う?」
「真面目で優しくて、そのせいで悪党に食い物にされる典型だな」
「……」
リオンはしかめ面になった。
一つはリオンの予想とジョカの予想が一致したため。
もう一つは、それを口にした時のジョカの恬淡とした態度のためだ。
もっとこう……可愛がっている弟子に対して火事場の大気なみに乾燥した態度ではなく、情愛ある態度を期待する方が間違っているのだろうか。
かといってそれをリオンの立場で言うのもどうかという気がする。
ジョカは苦笑した。
リオンの感情の動きを、一から十まで見抜いた上での笑みだった。
「お前はほんとうに優しいな、リオン」
微笑まれ、リオンは複数の感情が交錯した気分になった。
不快かと言われればたぶん違う。良くある事でもある。
ジョカがリオンの感情を察知するのはいつものことで、それを苦笑まじりに見守るのもいつものことだ。
くすぐったい中にも安堵する、見守られていることに憩う気持ちがある一方で、見透かされていることに忸怩たる気分もある。
なんとも複雑な心境だった。
リオンはたずねた。
「……あの子はあなたの大事な弟子じゃないのか?」
「大事かって言われると、たぶんちがう」
「ちがうのか?」
「俺が大事にしているのはリオンだけだから」
ジョカは真正面からリオンをみて、微笑んだ。
てらいのない言葉に、リオンは嬉しいと同時に寂しい気分になる。
ジョカの中に、「たいせつなもの」は、きっとリオンだけなのだ。
それを嬉しいと思う心があるのは否定しないけれど、ひとつだけと定めてしまう心の在り様に、ふと物悲しくも感じる。
それが、赤の他人でも何でもない、はた目には大事にしているように見えて可愛がっているようにも見えた弟子のことだから、なおさらに。
「俺はもうすでに二度あの子を助けた。救われるチャンスがあって、それを彼女は自分の意思で拒絶したんだ。冷たいようだけど、それが彼女の意思で彼女の選択だ。これ以上俺は手を貸す気はない」
ジョカの言葉は残酷なようだが、ただしい。
いつものように。
リオンは納得できないもやもやを息とともに外へ捨てた。
「……あなたが人の意志と選択を重視する人だということは知っている。あの子は、自分の意思で戻った。なら、あなた自身はこれ以上手を差し伸べたりはしないだろう」
ただし、リオンが願えば別だが。
「でも……なんであの子はああまで言ってあなたにすがったのに、手を振り払ったんだろう? だって、治療師になりたかったんじゃないのか」
彼女は強い目で言った。治療師になりたいと。そのためには何でもすると。人から軽蔑されるようなことであろうと、すると。
それにリオンは心を動かされたのに、いきなり手のひらを返されると、あの言葉も嘘だったのかと思う。
ジョカは上に目をやり、一刀両断、弟子の批評をした。
「あの子は――真面目で一生懸命であれば何でも許されると思っているタイプの人間なんだ」
「……」
「確かに真面目だし優しいし頑張り屋だ。それはあの子の美点だ。でも一方で、そうであれば何でも許されると思っているところがある。真面目で一生懸命やれば、何とかなると。夢を諦めるんじゃない。父親を立ち直らせ、更生させてからでも治療師の弟子はできると思っているんだろう」
ジョカの手加減なしの激辛批評を聞いて、リオンの顔が歪んだ。
「……子どもにこういう事を言いたくないんだが、あの子は努力してもどうにもならんことが世の中あるってことを知った方がいいぞ」
「俺がなまじあの子の『成功体験』になっちゃったからなあ」
「成功体験?」
「人は自分の成功体験を信じる。俺が『真面目に一生懸命』懇願する彼女に折れて弟子としてとった。それが彼女の信じる力になってしまう。真面目に一生懸命やれば、気持ちは通じる。さんざん馬鹿にされて門前払いされた治療師になる道だって開けた、ならきっとお父さんだって、とな」
「…………まあ、気持ちはわからないでもないが……」
「あと、今が最後のチャンスというのも確かだ。さっき俺がやった金を父親が借金の返済に廻して定職につければ、立ち直れるだろう。でも……」
言葉を濁すジョカに、リオンは切りこんだ。
「でも、あなたはそうはならないと思うんだな?」
「いや、俺がいうのは単なる確率論。人は、立ち直るより身を持ち崩す方がずっと容易く、身を持ち崩した人間が立ち直るのはそのままでいるよりずっと難しい。人は、楽に流れる生き物だから、中々立ち直れない。だから失敗するだろうと思うだけで、確たる根拠があるわけじゃない。あの子が頑張れば、父親を説得できるかもしれない」
ジョカのことばをリオンはスパッとまとめた。
「要はあの子は食い物にされておわるだろうと」
ジョカもそれを否定せず、うなずく。
「何の根拠もない悲観的見方だけどな」
リオンはジョカの表情をしげしげと眺めた。
これが、ジョカが彼女を心配しているとか心を残しているとかならリオンも背中を押すのだが、ジョカの表情はさっぱりしていた。
あるいはポーカーフェイスかもしれないが、平静そのものだ。
「ジョカ、あなたはあの子が心配か?」
「そりゃあな」
「でも、追いかけて手助けはしないんだな」
「する必要を認めないから」
「なんでだ?」
「人生は、本人の選択で決めることだ。あの子が自分の人生を生きようとして、治療師の弟子となったように。リオン、お前が俺を解放したように。あの子は自分がどうするかを、自分で決めたんだ。それに口をはさむ趣味はない」
冷たいようだが、それがジョカの主義だった。
それは理解しつつもリオンが気にかかってしまうのは、彼女が女の子だからだろう。男なら放置する。当然だ。
ああまで大見得切った以上、自由にやれというだろう。
――だが、彼女は女の子なのである。
「……売春婦にさせられるんじゃないのか」
「可能性は高いな」
予想済みという顔で平然と答えたジョカに、リオンはつい厳しい目を向けてしまう。
ジョカはその視線を受けてかるく笑うと、また言った。
「リオン、そもそも、お前はあの子を助けたいのか? まずはそこからだ。お前が助けたいというのなら、俺も手を貸すが?」
そう言われ、胸を探ると……助けたいといえば助けたい。けれども、ジョカに迷惑をかけてまでは助けたくない、という答えが浮かんだ。
その中にはジョカと同じ、一度手を差し伸べたのだからもうこれ以上はいいんじゃないか、という感情も勿論ある。
要は、無責任な同情なのだ。リオンが彼女に抱いているのは。
少女のように、浅ましい真似をしてでも叶えたいほどの強い意思ではない。ただ漠然と、心配だというだけだ。
ジョカに頼んで迷惑をかけて自分が責任をとるのもいや、自分で動くのもいや、それでいて動かない他人を責めるという姿勢は無責任極まりない。
リオンは息を吐き出すと、ジョカに頭を下げた。
「すまなかった」
アルファポリス小説大賞にエントリーしています。
投票していただけると嬉しいです。
→ BACK→ NEXT
- 関連記事
-
スポンサーサイト
Information
Comment:0