あかね雲

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□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

魔法使いの弟子 10



 何とかその場で女郎屋に引きずられていく運命は回避できた。
 今この場から二か月後に変わっただけだけど、選択肢を一つも与えられず唐突に女郎屋行きになるのと、猶予があるのとじゃ、ぜんぜんちがう。
 二か月あれば、何とか解決できるかもしれない。

 その時間を使って、私はこの界隈の世話役に相談した。

 この近辺の人望を集める長老のお知恵を借りにいったのだけれども……、答えは残酷だった。

 長老は私の話を聞くとうーむと唸り、そしてほうぼうへ話を聞きに行ってくれた。
 そうして帰ってきた長老の言葉に私は打ちのめされた。

 娘は父親のものであり、売るのは父親の勝手だ。
 よってお父さんの書いた借金の証文は有効。
 そして借金の証文を書いた先はまっとうな金貸し屋で、官の許可も得ている。よって悪徳金貸しのように証文無効とはいかない。

「悪いけど……うちにはどうしようも……」
 長老は同情の眼差しでそういった。
 その答えに私はうなだれた。

 私は帰り道、歩きながら暗く沈みかける心に声をかけて引き上げる。
 人の心には、不可能を可能にする力があるんだ。諦めちゃだめだ、きっと道はある!

 でも、実際にどうしよう?
 町を逃げ出すのは非現実的だ。
 少女がひとりで夜道を歩くだけで危険な世の中なのに、ひとりで町の外を旅するなんてとんでもない。しかもどこに行くあてもなかった。

 すぐに夜盗か暴漢につかまって乱暴され、女郎屋に売られるのが関の山。
 それならまだこのまま売られて年季が明ければ自由になれる方がいい。

 頼れる親戚も自分にはいない。
 お母さんの縁戚については私は一人も知らない。教わる前に死んでしまったし、近くには住んでいなかった。お葬式のときに訪ねてきたかもしれないけれども私は覚えていない。

 お父さんの親戚についても、同じだ。
 お父さんの親戚はこの近くに住んでいない。聞く機会もなかった。

 今さらお父さんに何を聞いたって、答えてくれるとは思えない。話しかけたくもない。それに親戚がいたところで、そんな大金を貸してくれるとは思えない。
 じゃあどうすればいいんだろう……。

 お父さんが借りたお金は銀十枚。
 私はその借金のかたとして女郎屋に売られる。女郎屋で私は銀十枚……ではなく、その十倍の銀百枚を稼いでおさめるか、年季が明けるまで、自由にはなれない。

 私は、悩みぬいた。
 お金を工面する方法……は、銀十枚もの大金を稼ぐ方法ということになる。貸してくれ、と言ったところで、十二歳の小娘に大金を貸してくれるような知り合いはいない。

 ――いや、ひょっとしたら。

 私は帰宅途中だった足を止め、踵を返した。

      ◆

 私は重い足取りで、帰宅した。
 勤め先に事情を話し、借金を申し込んだところ、けんもほろろに断られたのだ。
 それは、仕方ない。
 何の後ろ盾も保証もない十三の子どもに、銀十枚を貸してくれる酔狂な人は滅多にいない。

 ほかに、どうすればいいんだろう……。
 私は上り口で靴をぬぎ家に入った。この地方では、靴を脱いで家に上がる。
「ただいま」

 いつもの癖でそう言って……今の関係を思い出した。

 お父さんは、奥の部屋で背を向けて横になっていた。
 丸い背中。
 自分の酒代のために娘を女郎屋に売りとばした父親の背中だ。

 その背中を見ていると、胸の中に虚しさが溢れてきた。それは瞬く間に勢いを増して私の胸を砂で満たした。
 思わずつぶやきがこぼれた。
「……わたし、何のために生まれたんだろう……」

 あんなに応援してもらったのに。
 私は二か月後、女郎屋に売られていく。

 近所のおばさんにも相談した。おばさんたちはそろって私の不遇に気の毒そうに顔をゆがめたけれど、かといっておばさんたちに銀十枚もの金銭があるはずもなく、私の苦難に何の助力もできないことははっきりしていた。

「馬鹿みたいだ、わたし……」
 奉公帰りに疲れたからだに鞭打って、二人分のご飯をつくっていた自分が滑稽で笑えてくる。

 私は到底食欲なんてないし、お父さんのぶんを作る気ももちろんない。
 どうせ二か月後は私はいなくなる。その時の練習でもすればいいんだと、私は食事の支度を放棄して床に潜り込んだ。

     ◆

 とても寝付けないと思ったけれど、横になってすぐに私はすとんと寝入ってしまった。

 それが不意に破られたのは、体に衝撃を感じたためだ。
 ガンッ! と粗末な木の寝台全体が揺れ動いた。

「……っ、な、なに!?」
 私が目を擦りながら起きると、暗がりの中に黒い影があった。

「俺の飯はどこだ? ああ?」
 それが誰で、何を言っているのか、一瞬私は理解できなかった。
 明かりはほとんどない夜の室内だ。すべては輪郭の滲んだ影でしかない。

 それでも、家族だ。
 声を聞けば、それが誰なのかはわかる。
 私は理解したけれども逆に理解できなくて頭が真っ白になった。
「何とか言えよ! ふっざけた態度とってんじゃねえぞ!」

 ……これ、だれ?
 お父さん?
 ほんとうに、これ、お父さん?
 娘を酒代のために娼館に売って、その娘に自分の食事を作れって言ってるの? うそでしょ?

 私が絶句していると、その態度を無視と受け取ったのか、お父さんはますますいきりたった。
「この家は誰の家だと思ってんだ! 置いてやってんだから食事をつくんのが当たり前だろ、なめてんのか!」

 何度も何度も寝台を蹴りつける。
 そのたびに振動が私の体を揺らした。私を目覚めさせたあの衝撃はこれだったらしい。
 私は寝台の柱に手を廻して体を支えながらたずねた。
「お、お父さん……お父さんなの……?」

「ああ、おまえの父親だよ! あったりまえだろうが、この馬鹿が! 実の父親の顔もわからなくなったのか! 馬鹿だと思ったけどほんものの大馬鹿だな!」
「だってお父さんのはずない! お父さんがこんなこと言うはずないもん!」

 私は必死に言い募った。
 これがお父さんのはずがない。お父さんであるはずがない。

「私のお父さんは優しくて頼もしくてお母さんが死んじゃった今もお母さんを愛している人だもん! 私を娼館に売ったり娼婦にさせたあともご飯作れっていう人じゃないもん!」

 泣きじゃくりながら言うと、黒い影から一切の動きが失われた。
 辺りには私のしゃくりあげる声だけが響いた。

 鼻水やしゃくり声、それらは意志の力で止めようとしてもなかなか止まってくれない。
 止めようとして格闘してしばらくしてやっとそれが果たされたあと、私はその事に気づく。

 ……もう罵声が聞こえない。

「…………」
 黒い影は、止まっていた。微動だにしない。
 粗末なあばら家の一室に、深い森のなかのような沈黙が広がった。
 私は戸惑って辺りを見回すけれど……周囲は闇に包まれている。この闇の中では目はほとんど役割を果たしてくれない。
 さっきまで人影に見えていた影も、そう見えていたのはそれが動いて人語を話していたからだ。

 今となってはもう、それが人であるかどうかも定かでない濃淡でしかなかった。

 もう、私を罵り、責める声は聞こえない。
 私は心細くなってたずねた。
「お父さん……? いるの?」

 長い苦悩するような沈黙がつづいた後に、やっと答えが返ってきた。
「……ごめんな、リンカ」

 その言葉だけは、以前の通りの『お父さん』の言葉だった。



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Date:2016/01/14
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