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あかね雲

□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

※名前


バッドエンド直行コースの存在が、明らかに……(回避済み)
時期的に同人誌二巻のすぐ後あたり。同人誌を読んでなくても大丈夫です。



「好きだよ」
 囁かれる声に、眩暈がする。

「愛しているよ」
 陶酔は、ますます深くなる。

 肉を穿たれ、揺さぶられ、こんな行為で得られるはずがないと思っていた快楽をいやというほど与えられた。
「あ……ん……ッ、ジョカ……っ」
 苦しさと紙一重の快感に、情人の肩に指を立てる。ぱさりと、黒い髪の帳がリオンを覆う。
 貪るように口づけられ、体を貪られる。
 至近距離で、黒い瞳がリオンを見つめていた。あえぐような吐息が囁く。
「なまえ。もっと、呼んで」
 意識の有る限りそれに応えた。
 呼ぶたびに深く体を穿たれ、幾度も繋がった。
 何度名前を呼んだのか、憶えていない。



 幾度も出入りを繰り返した後孔は、抜け出たあとも小さく口を開いている。そこから白い液がこぼれ出て、シーツを汚した。
 ジョカは引き抜いたあとのこの場面を見るのが好きで、いつも眺めている。
「……やりすぎだ、馬鹿」

 蹴ってやろうかと思ったが、やめた。楽しんだのはこっちもだ。
 愛していると囁かれながら、体を重ねること。
 愛しい相手に刺し貫かれ、揺さぶられ、体温と吐息を共有することは、繋がった体の芯から溶けていきそうな心地良さがある。

 ジョカはへらへらと笑っている。
「いや、つい」
 その様子を見て、リオンはふと疑問が湧いた。
「……なんで、ジョカなんだ?」
「ん?」
「サウザンというのが、ジョカの本当の名前だろう?」

 魔術師は真名を隠す。
 隠さなければ、大変なことになることは、ジョカ自身が証明している。ジョカが秘して誰にも語らぬままなら、あの幽閉は無かったのだ。
 しかし、人には名前が必要だ。個体識別のための名が。
 いちいち「黒髪の細身の黄色い肌の長身の人」なんて面倒で仕方ない。だから個体識別のための名前を付けた。
 それが「通り名」だ。

 先日、ジョカの「同僚」が現れ、彼はジョカをこう呼んだ。サウザン、と。
「あなたの生まれたときからの通り名は、サウザンだろう? そう呼んだ方がいいんじゃないか?」
 ジョカは、同僚に、「サウザンではなくジョカと呼べ」と言っていたが……。
 思えば、ジョカ、という名前はほんの三年前にリオンがつけた名前である。
「ん? 俺は、ジョカの方がいい。お前がつけてくれた名前だし」
「……」
 てらいもなく言われて、少し頬が熱い。

「そういえば……、何で、名前をつけさせるんだ? 何か、呪術的な意味が?」
「まったくない。ただ単に、これまでの経験的にそうするのが一番真名を呼ばれにくいというだけだ」
「どういうことだ?」
「俺がサウザンと名乗ったとする。その後、真名を教えられたとする。その王族は、真名でばっかり人のことを呼びやがるんだ」
 吐き捨てるような語調だった。

 魔術師は、自分が選んだ人間以外に真名を呼ばれることを極度に嫌う。ジョカいわく、『糞便に顔を突っ込まれるような』感じらしい。
 その逆に、リオンに呼ばれるぶんには『天使の羽根で撫でられているような』心地らしいが。

「ところが、そいつが俺に名前を付けると、その後、真名を教わっても、あんまり言わないんだ」
 リオンは頭の中で整理した。えーと、つまり。
「……真名を呼ばれたくないから、その対策?」
「そういうこと」
 ジョカは頷く。

「あなたのことだから、誤解の種になるような事を山ほど言ったんだろう?」
「もちろん」
 と、ジョカは平然と頷く。
 人間には口と知恵がある。なら活用しないでどうするのか。
 そしてジョカは魔術師だ。
 不思議な知恵と力の持ち主であり、魔法という力を顕現する、世界でたった一人の人間だ。

 たとえばこう言ったとしよう。
 ――お前は俺に名前を付けただろう。名付けによって俺は縛られた。その名を呼ばないと、俺を縛る縄は力をなくすぞ。

 お伽話の中には、「名付け」をして、魔物を従える話がある。かなりポピュラーな、よくある定番の設定だといっていい。
 まして、魔術師なんていうお伽話のなかの登場人物がそんなことを言うのだ。
 ジョカの口から出まかせであったとしても真偽を見極める方法はなく、信じるしかない。なまじお伽話の中にそういう話があるだけに、信憑性が出てしまう。
 魔物なんて、子ども向けの脅しの道具だけれど。

 ……え?

 リオンは、ジョカを見た。つい先日まで、誰もが空想の生き物だと思っていた相手を。
 お伽話の登場人物、さまざまな童話に出てくる名脇役。魔物と並んで童話の主要登場人物。不思議な力をもつ魔法使い。……あれ?

「俺はお前にジョカって呼ばれるの、気に入ってる。リオンがつけてくれた名前だしな。だからそれでいい。……いや、それが、いい」
 リオンはそんなので変えていいのだろうかと思ったが、考えてみれば、彼の人生でその名で呼ばれた期間はとても短いのだ。
 生まれてから、幽閉されるまで。
 三百五十年の生涯の中で、たったの二十年ほどしかない。

「……エルウィントゥーレ」
 そっと囁くと、ジョカは少し驚いた顔をした後に、幸せそうに笑った。

「うん」
 魔術師にとって真名は特別なもの。リオンにはその辺りの感覚がよくわからないが、とにかく特別らしい。
 ――こんな、幸せそうな顔をするぐらいに。

「お前だって、名前を呼ばれるの好きだろう?」
「……まあ……」
 最中に名前を耳元で呼ばれると、ぞくりとするのは否定しない。
「最初のころ、ずーーっと俺はおまえのこと、名前で呼んでないぞ」
「そういえば、そうだな。いつも王子、だった」
 思い出し、リオンも頷く。ジョカが名前を呼ぶようになったのは、その地位を投げ捨ててからだ。

「嫌じゃなかったのか?」
「私は王族だぞ? 名前を呼ばれる方が珍しい」
 「殿下」とばかり呼ばれる生まれなので、気にならなかった。
「……そういやそうだった……」
 どうやら、嫌がらせというか、嫌味というか、壁の一種だったらしい。

 ふと、リオンは猛烈に不吉な予感にとらわれた。
「……その、もしも私があなたから教えられる前に、あなたの真名を口にしていたら……」
「ああ……まあ」
 ジョカは言いづらそうに言葉を濁し、髪をかきあげた。
「――お前への好意はその時点で消滅。お前がいくら止めようと無視してルイジアナ滅亡、お前自身も見境なくなった俺によって殺されてたと思う」

 リオンは心底思った。――呼ばなくて良かった!

 父に教えられた名前を一度でも呼んだらおしまいだったのだ。
 ジョカが自分に抱いていた友情もその時点で消滅。そうなればいくらリオンが懇願しても取引は不成立。頭に血が上ったジョカによって八つ裂きあたりか。

 ジョカはぽんぽんと、リオンの頭を撫でた。
 その、お互いにとって最悪の可能性は、回避された。リオンの、「縛られていた名前で呼ばれるのは嫌だろう」という配慮によって。
 ……そういう思いやりができる人間だから、ジョカはリオンに恋をしたのだ。
「俺の名前は、ジョカだから。お前がつけてくれた、俺の名前。お前が死んだあとも、この名はずっと残る。俺という意識が残るかぎり、この名は決して変えない。俺の名前は、お前がつけたこの名前だ」




 後日、リオンがこっそり聞いたことがある。
「……ジョカ、あの……ひょっとしてと思うんだが……、お伽話に出てくる魔物は……、嘘、だよな」
 ――ジョカはしばらくリオンを見ていたが、横を向いて、吹き出した。
「い、いきなり、何を言うかと思ったら……!」
「あ、ああ、そうだよな」
 ほっとして、リオンは頷く。
「いない、いない。……まあ、化け物に見える猛獣や未知の生物はいるけどな。そういうのを誤解したんだろう」
「ああ、うん。そうだよな。島ほどの大きさの化け物とか、人より大きい人を食う魚なんていないよな」
「――それはいるぞ」
「いるのか!」
「ああ、ルイジアナは、海への港がないからなあ……。知らないでも無理はないか……」
「…………」
 お伽話の産物と思っていた魔法使いもいて、魔物(のような生き物)もいる。
 常識と思っていたものの儚さに、がっくりと首を折ったリオンだった。





 ジョカの真名をもしリオンが呼んでいたら……というのは最初からの設定です。
 教わった直後、「御機嫌麗しゅう、王子さま」とジョカが迎えたとき、面白半分で呼んだだけでもアウト。
 真名は魔術師の逆鱗ですので、ジョカがリオンに抱いていた友情なんて雲散霧消します。
 リオンの思いやりが、悲劇を回避しました。こういう「小さな善意で悲劇を回避していた~」的な裏話、わりと好きです。



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Date:2015/10/24
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